第11話 帰還と報告
孝太郎は森の中を探索していた。
大型の緑肌の死体の地点と小型の緑肌の死体の地点の間を弧を広げるように、その地域を広げていく。
死体はそのままにしてある。
死体を漁りにくる肉食獣や、仲間の死体を回収に来る同族がいた場合に先制することができる。
ファンタジー世界であればアンデッド化する可能性もある。
探していたのは水場だ。
しかし、見つけた水場はどうみても飲んではイケナイ色をしていた。
試しに大木に絡まる蔦を切ってみる。
滴る水分の量は十分だ。
シッピングの後、少しだけ飲んで見る。
半日もして、体調が悪くならなければ飲水として使えるだろう。
森の中が更に暗さを増す。
外では陽が大きく傾いた時間であろうが、森の奥は夜の支配下となる時期が早い。
今日の探索はここまでと、夕食の準備に取り掛かる。
安全に食べられそうな物も見つけられなかったので、干し肉をナイフで削ぎ、スライスしたパンに挟んで齧る。
干し肉の塩味がきついので、喉が乾く。
蔦の水分で喉を潤しす。
小型の緑肌の死体が見える木の上で気配を殺す。
暫く観察していたが、アンデッドとして立ち上がるような事はなかった。
大きな犬ぐらいの四足の獣が集団で現れて、死体はあっという間に持ち去られてしまった。
大型の方に移動してみたが、そちらも何者かに食い散らかされた後だった。
特に観察する物もなくなったので、大木の天辺に近い辺りまで登り、自分の体重が支えられるギリギリの太さの枝に横になる。
万が一、寝ている間に強襲されても枝が折れて、下へ落ちる隙に対処ができる。
翌朝、朝日の登る前に目を覚ました孝太郎は、即探索を再開した。
朝露で柔らかくなった草を喰みに来たのか、夜行性の肉食獣が寝た頃を見計らったのか、小型の草食獣の姿が多く見らられた。
兎を見つけた。
額から角が生えていることを除けば、元の世界の兎となんら変わらない。
『陰飛礫』で飛苦無を放つ。
ある意味緑肌の時よりも本気である。
躱されるはずもなく、兎は仕留められた。
孝太郎の朝飯となるのだ。
乾いた木の板と棒で火を熾す。
生糸を使って弓を作り、その弓で棒を高速で回す。
火口は生糸を解したものを使い、枯葉、細い枝へと順に火を大きくしていく。
兎の腿の肉を木の枝に刺して、遠火で炙るように焼く。
石を積み簡単なかまどを組み上げ、フライパンを取り出し、蔦からの水を集める。
それを火に掛け、干し肉を小さく切って幾つも入れる。
残りの兎肉も小さめにばらして、生糸でかまどの上に吊るしておく。
時間が足りないので燻製にはならないが、表面を乾燥させながら煙で燻すことで、多少の殺菌効果が期待できる。
一日ぐらいは、腐らずに保たせることができるだろう。
フライパンの中身が十分に温まったところで、朝食タイムだ。
塩分が抜けて柔かくなった干し肉を摘み、塩分の出たお湯にちぎったパンを浸して食べる。
兎の腿肉は火が通った箇所からナイフで削ぎ、パンと同様にフライパンのお湯を付けて食べる。
材料が新鮮なので、それなりの味ではあるが、美味とは言い難い。
「岩塩の塊とか欲しいな」
味付けはともかく、発汗などによって減少する体内のミネラルの補給は必要である。
朝食を終え、再び探索と狩りを始める。
森を彷徨い、襲ってくる人型を倒し、左耳を回収する。
合間に次の食事の食材を確保する。
日が暮れれば、食事を摂り、木の上で眠る。
孝太郎はその後3日間を森の中で過ごした。
2日目からは、中型緑肌の人型とも遭遇するようになった。
これも強さという点では、似たり寄ったりであり、遭遇したその悉くを倒して耳を回収している。
3日目の夕方、孝太郎は森の入口に戻っていた。
木箱の中の耳の数は、大型のものが3、中型のものが16、小型のものは実に74に登る。
森から少し離れ、街道沿いで残ったパンと干し肉を使い切るようにスライスし、パンに干し肉を挟み込み、懐へ入れておく。
荷物を片付け、長柄を担ぐと、街へ向けて歩き始める。
懐からパンを取り出し、齧りながら歩く。
来た時とは違い、街道には人影がちらほらと見える。
街の門が閉まる前に辿り着きたいのだろう、足早に歩いている。
孝太郎は特に急ぐでもなく、のんびりと歩いてる。
今まで自分が身に付けてきた技能や知識がこの世界でどこまで役に立つのかを考えながらパンを齧る。
「動植物の名前は覚え直さないとだな。生き物の形がまるごと違う」
そもそも元の世界に角の生えた兎はいない。
「サバイバル系はなんとかなりそうだけど、食材が確保できないのが痛いな」
見たこともない植物の実が食べらるのか、そうでないのかの判断もできない。
食べて経験で覚えるのは、元の世界で碌な知識もないのにキノコを取ってきて食べるぐらいリリスクが高い。
「戦闘はとりあえず、通用してるな。生き物の体の仕組みはそう変わらないみたいだし」
体の仕組みが変わらないということは、急所も同じ様にあるということだ。
ここに至り、今後どうするべきかを考えながら歩いていたが、答えがでる前にカフェルの街に到着した。
孝太郎はそのままギルドへと報告に向かった。
取ってきた耳に自身がない孝太郎は、カーシャの姿を探す。
丁度、依頼の受付を終えたところで手が空きそうだ。
「カーシャさん、ちょっといいですか?」
「あ、コタローさん。何日か見かけませんでしたがご無事でしたか」
「ああ、常時依頼の達成のために森に篭ってましたので」
「そうですか。どなたと行かれたんです?」
「え?ひとりですけど」
「え?」
「え?」
「森に何日か篭ってらしたんですよね?一人で」
「そうです。で、ですね、取ってきた耳がゴブリンの物かそうでないか自信がないんで見てもらいたいんですよ」
テーブル席からは失笑が起こる。
ゴブリンの耳かどうか自信がないということは、今までゴブリンを見たことがないということだ。
そんな者がハンターになってどうするのかという意味だろう事は孝太郎にも解っている。
「わかりました。本来は買取り担当のしごとですが、ゴブリンの耳かそうでないかの判定ぐらいは大丈夫でしょう」
「これなんですけど」
孝太郎は、木箱をカウンターに置く。
カーシャは中を確認すると、呆れたように言った。
「はい。間違いなく大量のゴブリンの耳ですね」
「良かった。合ってたよ」
「本当に自信がなかったんですか?」
カーシャにしてみれば誂われた様に感じても無理はない。
「ホントだって、大きさとかも知らないから、でっかい奴も狩ったりしたんだって」
カーシャの顔色が変わる。
「ちょっ、ちょっとこちらへ」
カーシャは、木箱を抱えると隣の部屋へと入っていく。
孝太郎は、何事か分からずに着いて行くしかない。
「ドーヘルさん、これお願いします。常時依頼の分です」
カーシャは、屈強と呼んでいい体躯の男に木箱を渡す。
ドーヘルと呼ばれた男は、ギルドの買取担当だ。
「はいよ。常時依頼ね」
ドーヘルは、木箱の中を覗き頷くと、テーブルの上に中身を振り出していく。
明らかに大きさの違う耳が幾つも出て来る。
「ほう、ホブゴブリンにオーガのまであるな」
「やっぱり。この人ゴブリンが判らないからって、大きいのも狩ったって言ってたから……それにしたってオーガまで……」
「はっはっは、そりゃあ豪気なことだ。実力のあるいいパーティーなんだな」
ドーヘルは、そう言いながら耳を数えやすい様に並べていく。
「森に篭ったんですって」
「ほう、北東の森かな?」
「そうです。ゴブリン討伐はそこがいいって聞いたんで」
「そうだな。あそこはゴブリンが多いからな」
「しかも一人でですって」
耳を並べていたゴーヘルの手が止まる。
「ひとり?それで森に篭ってこの数か。おまけにオーガまで3体も……」
孝太郎の規格外ぶりに、ギルドの職員ですらドン引きである。
それほど強くはなかったという言葉を飲み込む孝太郎。
「いやあ、流石にもう一度はやりませんけどね」
この3日間は、実験の意義もあった。
自分が通用する基準が欲しかったのである。
「ゴブリンが74で銀貨7の銅貨4だ。ホブゴブリンとオーガは常時依頼の対象じゃないから本来支払われないんだが、
そうもいかないだろう。そうは言ってもギルドも余計な出費は抑えたいんでな。ホブゴブリンが倍でオーガが5倍で勘弁してくれ」
「ええ、構いません。なんならゴブリンと同じ値段でも構いませんよ」
「そうはいかない。それはギルドの価格の設定が適当だという話になるのでね。ホブガブリンが銀貨3の銅貨2で、オーガが銀貨1の銅貨5と、合わせて銀貨11の銅貨9だな」
「カウンターでカーシャから受け取ってくれ」
「依頼でしたら、何倍も儲かりましたのに」
「あんな広い森の深いところの討伐依頼なんて出ないでしょ」
カーシャの残念そうな顔を見て、孝太郎はそう言って笑った。




