扉
一人だけの世界。
一人だけの空間。
この世界に満ちている酸素は私だけのもので。
私の吐いた二酸化炭素だけがこの世界を漂う。
私の全てがここにある。
体、心、命さえも。
この狭い世界に存在している。
欲しいものが揃っている約束された世界。
灰色で無機質で臭い、あの地獄とは違う。
ここは色鮮やかで、優しい匂いに包まれている。
私たちはいつから、汚れた広い世界だけで生きることを刷り込まれたのか。
世界は狭くていい。
世界は一つじゃなくていいはずなのに。
得体の知れないものに押し付けられる幸せよりも。
私たちそれぞれが作り上げた。
不完全で壊れそうな幸せでいい。
あの汚い世界は変わらない。
私たちでは何も変えることが出来ない。
ただ、そこに在って。
ただ、そこで死んで。
何の特徴もない。
欠けたところで、いくらでも代えが利く歯車のように生きて。
幸せを押し付けられるぐらいなら。
私は世界に背を向けて、何度でも。
この扉を開けて、私の世界に立てこもる。
それが私の。
私だけの幸せだ。
大衆の中に融けるより。
かけがえのない、たった一人として在りたい。
この扉の向こうから聞こえるのは。
餌のような幸せを疑いもせず受け入れる、家畜のような者たちの声。
彼らは顔も知らない主のために。
今日も家畜らしく生きている。
そうだ、この扉は。
人と家畜の境界線なのだ。
私が人として守り抜くことが出来る、最後の砦なのだ。
ありがとうございました。