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風花  作者: 日向あおい(妹の方)
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5.自分だけ良ければいい、って言いたい

「……死んだ」

「え?」

「死んだんだ」

 誰が? という言葉を呑み込んで、直久はゆずるを振り返った。

 ゆずるの顔から表情が消える。

「私か?」

 言葉なく、早季が頷いた。

 なぜ、とゆずる。

「妖猫に殺された」

「そんなに強い妖猫がいるなんて。――急に強くなるなんて考えられない。そんなに強いのなら、今の時代でも噂くらい聞こえてきそうなものだが」

「その妖猫はB級妖怪だった」

「なら、その日は運悪く満月だったとか?」

「違う。――私のせいだ」

「早季ちゃん……」

 頭を左右に振る夢月。

 だが、慰めの言葉はない。

 早季は上着を捲り、横腹をゆずるに見せる。

 ゆずるの顔がハッとなった。 直久も目を疑う。

 そこには黒ずんだ染みのようなものが浮かび、染みはまるで猫の顔のような形を作っていた。

「妖猫は死に際、私に呪いをかけた。――初めはもっと小さな染みだった。黒子ほくろかと思っていた。だけど徐々に大きくなってきて、今では、あの妖猫の顔そっくりに……」

 ゆずるの腕が伸ばされる。

 そっと、腫れ物を触るように、早季の脇腹に触れた。

 瞼を閉ざす。

「……これは死に至る呪いだ」

 早季にとって、言われずとも分かっていたことのようだ。

 これ以上晒したくないと、早季はゆずるの手から逃れると、脇腹を隠した。

「だが、九狼の名を継いでいる者ならば、すぐに死ぬという呪いではない。その間に解く方法を捜せば……」

「捜している、ずっと!――だけど、見つからないっ」

「諦めるな。きっと見つかる。もっとよく捜すんだ!」

「ない! だから、あなたは死んだ」

「何?」

 ゆずるは顔を顰めた。  

「どういう意味だ?」

「今になって分かった。パノンは私に追い詰められて、この時代に逃げてきた。九匹の妖狼すべてを式神にしている私を倒せないと知ったアイツは、私を消すために、この時代であなたを殺そうと思い付いた。――そして、たぶん私はあなたと共にパノンをやっつけた」

 やっつけた、と過去形で言った早季に、ゆずるはますます怪訝な顔をした。

 だが、何かを感じ取ったらしい。顔色を変えた。

 早季は言葉を続ける。

「私はここに来るべきではなかった。来てはならなかった」

「どういう意味だ?」

「あなたは呪われた私と出会って、私の呪いをその身で引き受けてくれた。そして、24年後、妖猫が現れた時、妖猫はあなたにかかった呪いに気付き、その呪いでもってあなたを殺した。――死を目前にした妖怪がかけた呪いだ。すぐに死に至らないものだとしても、それは強力であって、更に力が加われば、即死する」

「そうだな……」

「そうだなって、ゆずる。――そんなのウソだ!」

 ――ゆずるが死ぬ?  

「俺はそんなの信じねぇっ!」

「直……」

「ゆずるは信じたのかよ?」

「信じる、信じないも、娘が言っていることだぞ?」

「そんなら、早季が俺の娘だってことも信じない!」

「……」

「……死なせない。あなたのこと、二度と」

 ポツリと、早季は零した。

 驚いて、直久とゆずるは早季を振り返った。

 早季は己の脇腹をきつく両手で押さえて、下唇を噛み締めた。

「早季ちゃん?」

「……渡さない。この呪いをあなたに渡さなければ、24年後のあなたが死ぬことはない」 

「だけど、そしたら早季ちゃんが……」

「……」

「ダメだよ、早季ちゃん。私も夕樹も、九堂家の分家の者として許さないよ。本家の人間がみすみす死んでいくのを黙って見ていられないっていうのが、分家の人間なんだから」

「私が死んでも、直とゆずるが生きていれば、二人が私の弟なり妹なりを生んでくれる」

「産めないよ。ゆずるさんは早季ちゃんを産んだ時に、もう子どもを望めない躰になったって聞いたよ。父さんから……」

「ウソ。そんな話聞いてない」

「早季ちゃんの前の子どもを流産しているから。それも二回も。――だから、早季ちゃんが死んじゃったら、本家の血筋が途切れちゃうんだ!」

「太一さんがいる」

「妖狼たちは鬼の血を認めないっ」

「だったら、どうしろと?!」

 夢月はグッと口を閉ざした。

 その答えは聞くまでもない。

 解ける見込みのない呪いなど、早季に持ち続けて欲しくないのだ。

 瀕死の妖怪の呪い。

 普通の者なら耐えられない強力な呪いを、九狼の名を継いだ者ならば耐えられるというそのわけは、治癒能力に優れた刀守りと防御力の優れた迷い土を式神にしているからだ。

 だが、いつかは、呪いは彼女たちの力よりも勝り、死を招くだろう。

 早季を救いたいのならば、ゆずるに早季の呪いを引き受けて貰えばいい。

 ゆずるを救いたければ、ゆずるが早季から呪いを引き受けるのを止めればいい。

 直久は頭を左右に振った。

「例えばの話だけど、もしも今、ゆずるが早季の呪いを引き受けなかったとする。んで、24年後、その妖猫が早季に呪いをかけようとする前に、妖猫を倒したらいいんじゃねーの?」

「それができるのならば、いい案だと思う。――けど、それでは、今、目の前にいるこの早季が救われない」

「そういうもんなの?」

「パラレルワールドの話を知っているだろう? ちょっとした行動の違いで、いくつもの世界が生まれてしまうという話を。一度生まれた世界は消えない。異なる次元で流れ続ける。もしも私たちの時間の流れで24年後の早季を救うことができても、今この早季を救わなければ、もう二度と、この早季は救われないんだ。この早季は妖猫の呪いで死ぬことになる」

「――なら、俺はゆずるか、この早季の命を天秤に掛けろって言われているのか?」

 24年後にゆずるを失うことになるか。

 それとも、いくつかあるパラレルワールドの中の一人の娘を失うことになるのか。  

「俺はお前を失いたくない……」

「だけど、もしも、お前の娘を別の次元が救ってくれるとしたら?」

「俺は……」

 分からない。

 ――ウソ。分かってる。ちゃんと。

 だけど、認めたくない。

「自分だけ良ければいい、って言いたい」

「……うん」

 目頭が熱くなった。

 ゆずるが直久の歪んだ顔を隠すように、抱き締めてくれた。

 なんだか、ますます泣きたくなった。



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