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風花  作者: 日向あおい(妹の方)
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4.助けに来たから、元の姿に戻ってくれる?

 瞼を開くと、見知った天井が見えた。

 つい先程までいた部屋と、まったく同じ部屋だ。

「ここ、ゆずるの部屋だ」

 ここは本当にゆずるの夢の中なのだろうか。

 疑いたくなる程、先程とまるで変わらない風景。

 ――だが、部屋の中央に横たわっていたはずのゆずるの姿がなく、夕樹の姿も側に見えなかった。

 直久は繋がった早季と夢月の手が離れないように、そっと上体を起こした。

 さすがに両手不自由な状態で起き上がるのは、辛い。

 とりあえず起きて貰おうと、名前を呼んだ。

「早季ちゃん、起きろ。夢月ちゃんも」

 ガバッと、ほぼ同時に二人は起き上がった。

 両腕を引っ張られて、直久は眉を寄せる。

「お前たち、双子か?」

 一卵性の双子である直久と数久は、時々、こういう風に仕草が揃ってしまったりする。

 夢月がケラケラ笑って、片手を振った。

「よく言われるけど、違うよ。私らはイトコなの。父親同士が兄弟で、そっちが双子だってわけ」

「なんだ。二人とも父親似か? 父親が双子で、父親似同士の従姉妹なら、そりゃあ、顔も似るわな」

「まーね」

 ちなみに、と夢月は人差し指を立てた。

「夕樹ともイトコだよ。夕樹の母親は、私らの父親のお姉さんだから」

「へぇ」

「夢月」

 低めた声が響く。

 早季に短く咎められて、夢月は肩を竦めた。

「ゆっくり話している場合ではない。急ごう」

 直久の手を放し、一人立ち上がった早季に直久は慌てる。

「手を放して平気なのかよ?」

「なぜ?」

「前にゆずると夢の中に入った時、時空の狭間で迷子になる可能性があるからって、ずっと手を繋いだままだったからさ」

「……必要ない。はぐれても、一人で帰れる。直も夢月も」

「帰れると思うけど……」 

 早季に、直、と呼ばれてドキリとする。

 声の響きがどこかゆずると似ているような気がした。

 夢月も直久の手を放し、立ち上がる。

 ここを開いたらいったいどんな景色が広がっているんだろうね、と笑いながら、襖を横に引いた。

 中庭。

 見慣れた景色に三人は肩すかしを食らったような顔になる。  

「普通だ」

「夢としては、つまらないよね」  

 同意してくれたのは夢月で、早季は無言で廊下に足を出した。

 しばらく家の中を捜し歩いたが、ゆずるもパノンの姿も見つからなかった。

 家の外には出られない。

 玄関はまるで絵に描かれているかのように凹凸がなく、押しても引いても開く気配がないからだ。

 裏口の方も同じ。

 どうやら、この夢の舞台は家の中だけのようだ。  

「そう言えば、この家の周りって、結界が張ってあったはずだよなぁ。なんでパノンの奴、侵入できたんだ?」

 直久が問うと、夢月は小首を傾げた。

「悪魔には通用しなかったんじゃない? ――それか、パノンの力の方が結界よりも勝っていたか。どちらにせよ、私らが駆け付けた時、結界は破られていたわけだし」

 結界は破られていた。

 だから、家の中に妖気が充満し、霊が彷徨いていたというわけだ。

「悪魔って、そんなに強いのか?」

「一言に悪魔と言っても、階級があるんだよ。それも実力を基準にした階級と、生まれの良さを基準にした階級。パノンの後者の階級がどれ程なのかは分からないけれど、前者はかなり上の方だと思う。S級とは言わないけれど、A級クラスくらいかな。――ねぇ、早季ちゃん」

「Bの上」

「ええっ。B?」

 どうやら階級は、CよりもB、BよりもAの方が勝り、Aの上をSと言うらしい。  

「生まれの良さの階級って言うのは?」

「ハッキリ言って、私らにとって悪魔は専門外だから詳しいことは知らないけれど、皇帝がいて、王がいて、公爵がいて、侯爵がいて、伯爵がいて……」

「貴族みたいなもんか?」

「そうそう、貴族階級。――日本の妖たちにも実力を表したABCはあるけれど、貴族階級は存在しないからね。強さこそが絶対な妖怪よりも、悪魔の方が上品というか陰湿なのかも」

 より力の強いものがその土地を支配する。

 駆け引きなどない。

 強いか弱いか。

 戦って勝てば、支配者となり、負ければ、殺されるか、自ら土地を去るか。

 基本的に群れず、実の子であっても、独り立ちできると判断すれば手放す。

 ――それが日本の妖だ。

 再びゆずるの部屋に戻ってきた。

 誰もいない部屋を見渡して、直久は眉を寄せる。

「なんでどこにもいないんだ?」

「隠れているのかも……」

「隠れる? なんで?」

「パノンが夢の中にいるから? 賢いゆずるさんなら、パノンに掴まらないように隠れているのかも」

「隠れると言ってもなぁ」

 ――果たして、いい隠れ場所なんてあっただろうか?

 そう言えば、すごく小さい頃にこの家で隠れん坊をしたことがあった。

 4歳か5歳か。直久の躰に朝霧の力の一部を封じられる前のことだ。

 鈴加と貴樹と、ゆずると直久と数久。

 あと数人、一族の子どもたちがいた気がする。

 その時、ゆずるはどこに隠れていただろう?

 直久は瞼を閉ざした。

 脳裏の奥に浮かんだ一つの場所。

 確か、あそこは――。  

「直?」

 二人を置いて、直久は小走りに廊下を行く。

 家の北東に位置する蔵に向かった。

 蔵の扉は薄く開いていたが、あれは『ひっかけ』なのだ。中ではない。

 蔵の後ろへと回り込み、直久は大きな松の木の後ろをひょいと覗いた。

「ゆずる」

 淡い焦茶色の髪の男の子。

 縮こまるように膝を抱えて座っている。

「あれ? ゆずる?」

 見上げてきた顔は確かにゆずるなのだが、どうも造りが小振りだ。

 どう見ても、5歳の男の子。

 このくらいの年齢の子どもは性別の見分けが付きにくいが、

身に付けている服の色彩で何となく区別を付けるものだ。

 この時から男装をしていたゆずるの服は、当然、男の子が好む色彩だった。

「ゆずるだよな?」

「直」

「あ。やっぱり、ゆずるか」

 聞き知った声よりもやや高い。

 だが、確かにその子どもはゆずるで、気まずそうな表情を浮かべている。  

「なんで、小さくなってんの?」

「小さい方が隠れやすい」

「ああ、なるほど」

 夢だから、ますます何でもアリなのかもしれない。

 深く考えるのはやめて、とりあえず頷いてみた。  

「ちっさいゆずるもすっごい可愛いんだけど、助けに来たから、元の姿に戻ってくれる?

――やっぱり、今のゆずるの方が可愛いし、好きだから」

「……」

 瞼を閉ざして、一言二言、ゆずるは何かを静かに呟いた。

 そして一瞬で手足が伸び、見慣れた姿に戻った。

 ようやくホッとして、直久はその身体を抱き寄せた。

「今さ、家の中すっげぇことになってんだぜ。妖気がどろどろに渦巻いてさ」

「結界が破られた」

「パノンに会ったのか?」

「夢に入られる時に、一瞬。――すぐに逃げたから」

「よく逃げたな。無事で本当に良かった」

「……うん」

 ところで、とゆずるの声音が変わる。

 両手を直久の胸に付き、躰を引き離すと、直久の後方を静かな目つきで見やる。

「お前はいったい誰を連れてきたんだ?」

「え? ……あ」  

 振り返ると、早季と夢月が少し距離を取って佇んでいた。

 直久とゆずるのラブラブに遠慮していたのだろう。ゆずるが目線を向けたことに気が付いて二人は近付いてきた。

「なんか、時空を越えてきたらしいぜ」

「時空を?」

「未来から来たって言ってた」

「未来……」

 早季を見て、夢月を見て、再び早季の顔をじっくりと眺める。

 ゆずるは考え込むような仕草をすると、目を細めて、早季に向かって言葉を放った。

「お前、私の娘か?」

 ――はぁ!?

 驚きの色を顔に浮かべたのは、ゆずる以外の3人皆だが、もっとも驚愕したのは直久だった。

 夢月はすぐにケラケラと笑いだしたし、早季は肩を竦めた。

「だからさ、気が付かないのは直久さんくらいだと思ったんだよ。父さんにはすぐにバレたし」

 夢月の爆笑は止まらない。

 ゆずるにバレたことよりも、今の今まで一緒に行動していたのにまったく気が付かなかった直久を笑っているらしい。

 直久は顔を顰めた。

「え、マジでぇ?」

「未来から来て、一族の者で、顔そっくりな二人の父親は双子と言ったら、普通気付くし、

言われなくとも一族の者なら気配で気付こうよ」

「双子ってことは、どっちかが俺の娘で、どっちかが数の娘ってことだよな? ――っていうか、さっき、ゆずるが自分の娘とか言ってなかったか? ……ええっ!? おい、ゆずる。どっちがお前の娘で、父親はどっちだよっ」

「直、ばか」  

 呆れ顔のゆずるに代わって、夢月が笑いながら説明してくれる。

「直久さんの娘は早季ちゃんだよ。私は大伴数久の子供だもん。んで、安心して。ゆずるさんの夫は直久さんだから」

「だぁーっ、良かった。……ていうか、マジでぇ〜?」

 頷くゆずるの顔を振り返って、本当のことなのだということを知る。

 直久は早季の再び早季の顔をまじまじと見つめた。

 ――道理で俺好みの顔をしているハズだ!

 一人は数久の子供なわけだし、もう一人はゆずるの娘なわけだ。

「うん。俺の娘だと思ったら、俄然可愛く見えてきたぁー。俺にも似ているけど、ゆずるにも似てるし、すげぇ可愛い!」

「直、抱き付くなよ。早季が困っているだろっ。このバカ!」

「ゆずるったら、妬いてる。自分の娘相手に。超可愛い。もう、ゆずるもギュウ」

 早季を解放して、ゆずるを抱き締めると、夢月はますますケラケラ笑った。

「この感じ懐かしいよねぇ、早季ちゃん」

「……」

「早季ちゃん?」

 振り返ると、早季は俯いていた。

 それに気付いて夢月の笑いは凍り付いた。

「大丈夫?」

 気付いて、直久もゆずるを放して、早季の顔を覗き込んだ。

「おい、どうした?」

「……」

「早季?」

 かくん、と早季の膝が折れ、早季はその場にしゃがみ込んだ。          

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