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風花  作者: 日向あおい(妹の方)
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2.貴方、直久さんですよね?


 数久と別れ、坂道を二人で歩く。

 坂上に朝霧神社と九堂家があるのだ。先見神社は坂下すぐ近くで、直久はこちらの家に帰ることを未だに許されていない。

 勘当されたというのではなく、単に『帰ってくる必要がない』と父親に言われてしまったのだ。そのまま婿入りしてしまえ、ということらしい。

 しばらく歩くと、石階段が現れる。それを上りきると、石の鳥居が姿を現し、その下は石畳が敷かれている。

 正面には無駄に立派な社が建っているのだが、二人は社の裏へと回り、神社に附属した古い家の方へと向かった。

 『家』と一言で言うと、イメージは一般家庭の普通の家だろう。だが、ゆずるが受け継いだこの家は、家というより屋敷である。『日本邸』という言葉の方が相応しい。

 べだーと広がった平屋で、玄関を入ると、ずっと奥まで見通すことのできる長い廊下がある。

 廊下と和室とを区切るのは、襖か障子のどちらかだ。洋室はない。トイレさえも和式しかないという徹底した和の家なのだ。

 直久は生前祖父が使っていたという部屋をゆずるから借りている。中庭の回廊に沿ってある部屋で、ゆずるの部屋とは庭を挟んで向かいである。

 その庭を突っ切ってしまえば7秒以内の距離だが、回廊を使うのであれば、建物沿いにぐるりと回り、更に渡り廊下を渡り、再び建物沿いにぐるりと回らないと行けない。

 広い家というのも、なかなか不便なものだ。会う努力をしなければ、例え同じ屋根の下に暮らしていてもなかなか会うことができない有り様なのだから。

 祖父が亡くなって以来、祖母は離れの方に引き籠もってしまった。食事も共にしないとなれば、めったに顔を会わせることはない。

 ゆずるの腹違いの弟――太一も一緒に暮らしているが、部屋が遠いおかげで、食事の時くらいにしかその姿を見かけるzことはない。

 この家には他に、家政婦として一族の女性とその家族が数人共に暮らしている。一族の者と言っても、本家の血筋から遠いようで、力はほとんどないのだという。  

 

 廊下の途中でゆずると別れ、自室に入ると、制服を脱ぎ捨てた。私服に着替えると、スポーツバックを手にする。

 学校が受験生の部活動の参加を禁止してしまっているので、近所の体育館にバスケをやりに行くつもりだ。

 約束はしていないが、木村も来ているだろう。もしかしたら深沢先輩も来ているかもしれない。

 玄関を出て、神社の方まで出てくると、社の扉が突然開き、中から青年がのっそり姿を現せた。

 漆黒の長髪を風に遊ばせてながら、髪よりもなお暗く、だけど、暗闇の中で輝く黒曜石のような瞳を直久に向ける。

 青年――朝霧は軽い足取りで直久に歩み寄ってきた。

「また玉遊びか?」

「バスケだ!」

「それの何が楽しいんだか……」

 言うと、朝霧は空に向かって両手を伸ばした。大きく伸び上がる。低く唸ったその仕草は、なんだか動物的だ。

 ――そういやぁー、狼だっけ。

 正しくは、妖狼である。

 久し振りに山から出てことをどう思っているのか、朝霧はあちらこちらをウロウロ歩き回っているらしい。

 社にいる今日は、かなり珍しい。  

「興味があるんなら、一緒に来るか?」

「俺がか?」

「一緒にやろうとまでは言わねぇけど……?」

 顔から笑みを消し、どうやら真剣に考えている様子を見せる。だが、次の瞬間、朝霧は目を見開き、空を見上げた。  

「何か来る」

「へ?」

「直久、両腕を広げて、正面に出せ!」

 朝霧の語気の強さに圧倒され、言われるままに両腕を前に差し出した時だった。頭上の空間がグラリと歪み、何か黒い影のようなものが真っ直ぐこちらに落っこちてくる。

 ドスッ。 重みに耐えきれず、直久は尻餅を着いた。

 何かを両腕に受け止めたという感触はあった。しばらく痺れるように肩が痛んだ。両腕もかなり痛い。

「痛っ」

 いったい何を受け止めたんだろうと、直久は自分の腕の中を見やった。

 女の子。――自分とさほど年の変わらない少女である。

 定規で引いた線のように真っ直ぐな黒髪が、まず目に映る。腰に届く程の長さで、直久の腕の中で扇状に広がっている。

 少女が俯いたまま口を開いた。  

「すまん。……よもや人がおるとは」

「俺もまさか空から降ってくる人間がいるとは思ってなかった。――ケガない?」

「ない」

 聞き覚えのある声だった。

 ゆっくりと直久を見上げた顔も、どこかで見覚えがあった。驚いたような表情。これも見覚えがある。

 ――誰だっけ?

 空から降ってくるような人間って、普通の人間じゃないよな。普通じゃないと言えば、やっぱりうちの一族のヤツなんだろうな。――だけど、こんな子、一族の中にいたっけ?

 もっとよく思い出そうと、気が付くと、顔を近付けて少女を覗き込んでいた。少女の瞳に自分の顔が見えて、ハッとする。

 ――やばっ。近過ぎ!

 慌てて距離を作ると、少女も慌てたように直久から躰を離して立ち上がった。黒髪が揺れる。サラリサラリと音を立てるように。

()()ちゃん!」

 こちらも聞き覚えのある声だ。黒髪の少女を呼びながら駆け寄ってきた少女。そして、その後ろには少年が。

「早季ちゃん、大丈夫だった?」

 こちらの少女――たぶん少女だと思うんだけど――ボーイッシュな少女は金髪と言っても良いくらいの明るい茶髪で、瞳の色も茶色の領域を突破して、ほぼ黄色。髪の長さは毛先がちょこっと肩に届く程度で、軽くウエーブがかかっている。

 ストレートとウエーブ、黒と茶色という外見の違いで、パッと見では分からないが、よくよく見えると、二人の少女たちは双子のようにそっくりな顔立ちをしていた。

 大きな瞳に、細く形の良い眉。小さな鼻に、薄い唇の控えめな口。

 ――数久に似ているのかもしれない。ゆずるにも似ている。つまるところ、直久好みの顔なのである。

 二人の少女の隣に立った少年も嫌いな顔ではない。むしろ親しみの湧く顔だ。やはり、どこかで会ったような顔。見覚えがあった。

 ――もしくは、誰かに似ているのかもしれない。

 直久は腰を上げると、尻に付いた土を払った。そうしてから、改めて突如として現れた三人の姿を見直した。

 12月である。なのに、三人の格好は些か薄着だった。

 少女たち二人は制服のスカートに、長袖のシャツ。上着は着ていない。少年の方も制服のズボンに、長袖のシャツ。こちらも上着はない。秋の装いだ。

 ――もしかして。

「うちの一族のヤツだよな? もしかして、今、時空を越えて来たとか? 空から落っこちてきたよな、お前……」

 もう一人の少女に早季と呼ばれていた少女を振り返り直久が尋ねると、早季は困ったように眉を寄せた。

「どうする、夕樹(ゆうき)?」

「どうするって。俺はまずここがいつのどこなのか知りたいな」

「どこって……、朝霧神社じゃん? 私らの知っている朝霧神社と変わらない。んで、たぶん、この人は早季ちゃんの……」

()(づき)……」

「余計なことを口にしない方がいい。混乱を招くだけだ」

「そっか」

 どうやら三人の中で決定権は早季にあるらしい。夢月と呼んだ少女を黙らせると、夕樹と呼ばれた少年に向かって早季は頷いた。

 夕樹が直久の問いに答えてくれるらしい。彼は振り向くと、表情を真剣なものにして、口を開いた。

「貴方、直久さんですよね? お察しの通り、俺たちは時空を越えてきました。未来から来たのです」

「未来?」

「直久さん、今、いくつですか?」

「年のこと? ――15だけど?」

「15歳。……それなら、24年後の未来から俺たちは来たことになります」

「24年後!?」

 驚く直久に、早季が無言で頷く。夢月は少し考えるような仕草をして、直久に尋ねた。

「15ってことは、中3? 高1?」

「中3」

「すげぇ! 同い年‼ やばい! 早季ちゃん、やばくない⁉」

何がすごいのか、何がやばいのか、にわかに騒ぎ出した夢月に早季は顔を顰め、夕樹も呆れたように夢月を一瞥し、それから再び直久に顔を向けた。

「俺たちはある夢魔を追ってここまで来ました。あと少しで退治できるという時に、夢魔が時空の穴を開いて逃げてしまったのです」

「夢魔?」

「パノンというピエロの姿をした……」

「パノン!?」

 どこかで聞いたことのある名前だと思ったのは一瞬。すぐに思い出して大声を上げた。

 それは春の出来事。 ゆずるの異父妹である優香の頼みから始まった事件だ。優香の友人が眠り続けたまま目覚めないというので、少女の夢の中に入り、夢魔と対決したのだ。

 だが、夢魔を倒すまでには至らず、追い払うような形で事件は解決した。

「あいつがまた現れたのか!?」

 ――やはりあの時に倒しておくべきだったのだ。

 そう思った直久だったが、その時のゆずるの言葉を思い出して、首を横に振る。

 あの時のゆずるは絶好調の状態だった。それでも逃げようとするパノンを追わなかったのは、パノンが本気を出していなかったからだ。

 その秘めた力は得体が知れない。ゆずるは己の力では退治できないと判断したのだ。

 あの時に倒せなかったために、未来にその負荷を押し付けているようで心苦しいが、無理だったのだ。

 仕方がない。直久は拳を固く作った。

 夕樹の話によると、優香の時同様、夢月の友人が何日も眠ったままになってしまったのだという。

 早季と夢月が夢の中に入り、夢魔の気配を追ったところ、パノンにたどり着いた。

 あと少しというところまでパノンを追い詰めたのだが、パノンは二人の目の前で時空の穴をあけ、逃げてしまったのだ。

 早季はすぐにパノンを追い、穴に飛び込んだ。そして、夢月は一度夢から覚め、夕樹と共に早季の気配を追って時空を越えてきたのだ。

「パノンを追って来たということは、アイツもこの辺りにいるってことだよな?」

「はい。――何のためにパノンがこの時代にやって来たのかは分かりませんが、早季はパノンを追ってすぐに穴に飛び込みました。飛び込んだ時間のズレで、多少は穴の出口にズレが生じていますが、パノンもこの近くにいるはずです」

「ズレ?」

「数秒遅いだけで、数日の遅れが出る場合もありますし、何十キロも離れた場所に出てしまう場合もあります」

「逆に、後から飛び込んだ方が先の時間に出て来ちゃう場合もあるんだよ」

 いたずらっ子のように目を細めながら、夢月が夕樹の説明に付け加えた。一瞬、その瞳が輝いたように見えた。瞳孔が黒を濃くし、大きく開いたように見えたのだ。

 ギョッとする。爬虫類の眼みたいだった。

「とりあえず、ゆずるに話した方がいいな。俺にはパノンの居場所なんてサッパリ分かんねぇーから」

 言ってから、ふと朝霧に振り返る。

「お前、何か感じる?」

「……」

「朝霧?」

 眉間に皺を寄せて、先程から黙って佇んでいる。

「おーい。目を開けたまま寝てんのか?」

「……ああ?」

「夢魔の気配感じるかって聞いてんだよ。なんか妖しい気配とかしねぇ?」

「……」

 朝霧は空気の匂いを嗅ぐように、斜め上を見やり、やや首を横に傾げた。そうして、すうっと目を細めた。

「先見だ」

「え?」

 顎で示された方を見やると、先見が空を駆けるように石段を上ってくる姿が見えた。その後を追って数久も現れる。

「直ちゃん、ゆずるは?」

「へ? ゆずる?」

「ゆずるはどこ?」

 石段を駆け上ってきた数久は直久に問いかけながらも足を止めず、返事も聞かずに神社の裏の方に駆けていく。  

「え? おい、数?」

 呆気に取られた直久だったが、数久を追って長い影が流れたのを見て、我に返った。

 長い影――早季の黒髪だった。早季、と呼んだのは夕樹で、夢月は言葉なく早季の後を追った。

「いったい何なんだ?」

「まさかパノンが……」

 自分たちも行きましょう、と夕樹。異論はなかった。 直久も後を追って駆け出した。


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