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君と歩く永遠の旅  作者: 夜野うさぎ
第一章 時を超えて愛する君のもとへ ―第一の現代編―
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15 years later

――――十五年が過ぎた。


 あれから春香のことを忘れることができず。独身を貫き通している。おそらく一生このままだろう。それでいいと思っている。正直、春香のほかの誰かと一緒になるつもりはない。


 俺は、文化人類学と考古学者として博士号を取得した。今はチベット・ラサのポタラ宮殿から奥地の洞窟に向かっている。今回の探索行は、表向きはチベット仏教遺跡の調査として大学の補助を受けてきたものだ。


 発端は、今から一年前に神田の古本屋で一冊の古い写真集を見つけたことだった。

 そこの古本屋はろくに整理もしていないようで、無造作に古本類が積み重なっており、欲しい本を店主に見せてその場で値段をつけてくれるような店で、宝探しをしているみたいで、ひそかに気に入っていた。


 いつものようにその店でごそごそと探していると、上から一冊の古い写真集が出てきた。『西蔵乃秘奥、補陀落之道』とあるタイトルに俺は心を奪われた。残念ながら奥付はもともと無かったようで、いつの本なのかはわからない。その場で立ったまんまでページをめくると、ポタラ宮の古写真や雪山の写真などが収録されていた。


 お店のお爺さんに聞くと、「こんなのあったっけ?」と首をかしげながら、「う~ん。1万円でいいよ」というので喜んで購入した。が、そんな値段のつけ方で大丈夫なのかと心配になる。


 自分の研究室に戻って他のチベット遺跡の写真を見比べてみると、一枚だけ今は失われた壁画が写っているのがわかった。そこにはチベット文字よりも古い文字が記されていた。デーヴァナーガリー文字の亜流のようにも見える。お陰で不完全ながら何となく意味を解することができた。


 その壁画にはどうやら補陀落浄土へ通じる門がチベットにあると書いてあるようだ。ポタラ宮よりチベットの奥地にあり、因縁に導かれた者だけが到達できるとある。そこにはどんな願いも叶えることのできる霊水があるらしい。

 まあ客観的に見て、どこの地方にもあるような桃源郷伝説の一つと言えるだろう。だが不思議とその本を手にした俺はそれが運命の神から示された天啓のように感じた。この本は俺に見つかることが決まっていた。不思議とそう信じてしまえる。


 補陀落の門か……。


 それから俺はチベット行きを計画し、大学側に認めさせたのだ。


 現地の案内の人とともにポタラ宮殿よりも西側の山に向かって車で移動する。途中で何回か検問があるが、あらかじめ提出しておいた許可証通りの行程なので問題は無い。

 目指すは西側の山にある寺院だ。ガイドが言うには山の入り口で車を駐車し、そこからは歩いて登っていくそうだ。現地の人もまず行かない寺院だというので行くのにも非常に苦労する。幸いに空気の薄さには慣れたが、気温がどんどん下がっていくので寒い。


 登りだして3時間。目指す寺院まであと1時間くらいだろう。何度目になるかわからないが、休憩をすることにして道端の石に座り込んだ。ガイドは水筒を取り出してお茶を飲んでいる。

 標高が高く、今の季節だとこのあたりは雪が残っている。


「それにしても、こんなところまで来るなんて大変ですね」

 ガイドの青年が俺にそう言った。

「普通はここまで来る人はいないでしょうね。ただ、この寺院の裏手の石窟にある壁画を見たいんですよ」

「あ―、そうですか。私も初めて行く寺院なので楽しみです。できれば少し時間をいただいてお祈りがしたいです」

 熱心な仏教徒でもあるガイドは、せっかくだからお祈りをしたいという。彼のいうお祈りは五体投地だ。

「ええ。壁画を見ているのに時間がかかりますから、その間にどうぞ」

「それはありがたいです。あはは」

 そんな会話を交わして、そろそろ出発しようかと腰を上げた。


 予想通り、そこから寺院まで一時間ほどかかった。ガイドを通して僧侶にお願いし、奥の石窟を調査させて貰うことに。ガイドはそのまま僧侶と共にお堂に入っていき、俺は一人で石窟に向かってさらに二十分ほど山を登る。

 岩壁に一つだけ開いた洞窟のような入り口が見える。きっとあそこだろう。


 中は明かり取りの窓があるとはいえ薄暗くなっており、持参した懐中電灯をつけて中に入る。ひんやりとした空気に包まれ、それが清浄な空気であるように感じられた。

 目指す壁画は前室の右側にかつてあったようだが、今はそこだけが剥落しており岩肌が顔をのぞかせている。その剥落箇所の前でリュックを下ろし、例の写真集を取り出す。写真のページを開いて剥落箇所に重なるように本を掲げてみた。


 壁画では、観音菩薩と思われる女性的な人物が左の方角を指さしており、その先の壁画は写真集の端っこで切れていた。人物の指先をたどって写真集から壁画へと視線を移動して確認すると、そこには一つの泉が描かれていた。さらに向こうに2本の柱が立っており一人の僧侶の姿が描かれている。2本の柱のところに文字が描かれている。早速、持参したカメラでその壁画を撮影する。

 この文字は確か……、ポ、ポタラ、カ?


 改めて石窟内を観察してみると、この石室から奥に続く二つの入り口がある。入り口から入って、一つは正面の壁の右側に、もう一つは左壁に。

 なんとなく観音菩薩がいくべき道を示しているような気がする。その指先が示す正面から奥に続く回廊に入っていった。


 そこは5メートル位の回廊になっていて、多くの天人が描かれていた。うん。これはあまり知られてはいなかったが、極めて状態のよい壁画であり歴史的にも美術的にも価値が高い。学者としての血が騒ぐ。こんな新発見をできるとは! なんとなくザワザワと心が沸き立っている。


 回廊の終わりは一つの石室になっていた。石室の正面には花咲く木々と仏が描かれており、その前にひざまずく菩薩の姿が描かれている。天井には所狭しと花びらをまく天女が描かれており、西域の仏教美術と共通する技法が感じられる。


 ふと見ると仏の足下に何か文字がある。かすれてよく読めない。近づいてしゃがみ、何とか読み取ろうと、いろんな角度から懐中電灯を当ててみる。

「う~ん。これはちょっと無理かなぁ」

 ため息をついて、とりあえず撮影をしようと思ってカメラを構えた。


 ファインダーをのぞいてピントを合わせる。ピピッと音がして画像が鮮明に。


 ガコン。


 次の瞬間。俺の足下の石が崩れて落とし穴に俺は落ちていった。


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