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君と歩く永遠の旅  作者: 夜野うさぎ
第一章 時を超えて愛する君のもとへ ―第一の現代編―
54/132

永遠の旅のはじまり

第一章の最後です。これで、この小説が完結したわけではありません。

春香のセリフを1カ所変更しました。

――――。

 俺は休暇を取り、春香と一緒にチベット旅行を計画した。目的はもちろん、あの寺院の奥。天帝釈のいる補陀落ふだらくへの道だ。


 前回と同じように、ガイドを依頼し、旅行の日程を中国側に事前に連絡して検問通過の許可をもらっている。

 ポタラ宮殿から、おぼろげな記憶のある道を車で進み、目当ての寺院のある山へと無事に到着した。

 季節はもう5月。だが、高地であるここは空気も薄ければ気温も低い。

 「うわぁ。空ってこんなに青いんだね」

 駐車場で停めた車から降りると、春香がそんなことを言った。

 「ここは高地だし、空気が澄んでいるからね。日本じゃなかなか見られないだろ?」

 「うん」


 あの夜。俺は春香に言った。

 俺の眷属けんぞくとして、俺とずっと一緒にいて欲しい、と。

 春香は笑いながら、

 「なんだ。じゃあ、生まれ変わって見つけてもらう必要もないじゃん」

と言いながら、俺の首に腕を回して自分からキスをしてきた。そのまま俺を引き寄せて、耳元で、

 「わかった。私。あなたについていく」

とささやいた。

 俺は再び春香を強く抱きしめて――。


 ぽこんっと俺の頭が軽く叩かれる。慌てて叩いた人の方へ振り返ると、春香が、

 「ん~。何をぼうっとしてるのかな?」

と笑っていた。俺は頭をかきながら、

 「悪い悪い。……あの夜のことを思い返していてさ」

 すると、春香は赤くなりながら、

 「あなたに抱かれてあんなに心が満たされたのは、今まで一番かも……」

 「いや。その前のことをって、まあいいか」

 ニコニコと俺たちを見ているガイドさんの顔を見て、俺は気を取り直して車のトランクからリュックを取り出して背負った。

 春香の準備もできたので、俺たちは山道を寺院に向かって登りはじめた。

 今回は、こういう環境がまったく素人の春香が一緒だ。普段よりこまめに休憩を挟み、春香の体調を確認しながら上っていく。

 登りはじめて4時間が過ぎた頃、ガイドのおじさんが、

 「もうすぐそこですよ。……見学の間。私。お参りしていていいですか?」

と前と同じことを言った。俺は笑いながら、

 「ええ。そうしてください」

とうなづいた。

 それから一時間ほどで、ようやく目当ての寺院へと到着した。

 春香はもうくたっとしている。寺院の僧侶もガイドさんも心配そうに見ていたが、春香はにっこり笑って、

 「ふぅふぅ。……少し、休めば、大丈夫」

と言うので、その通りに通訳しておいた。

 春香の元気も出てきたところで、俺は僧侶に許可をもらって寺院の奥にある洞窟へと向かった。

 前の時と同じあの洞窟。中の壁画もあの時のままだ。

 ひんやりとした空気の中で、春香は壁画を見て感銘を受けたようで、

 「うわぁ。すごいね。こういうのテレビで見るのと実際に見るのじゃ、迫力が違うよ」

 俺は振り返って「だろ?」と言って、ここへ来るきっかけになった剥落箇所へ視線を動かすと、

 「えっ?」

と思わず目を見開いた。

 剥落していたはずの箇所にはちゃんと壁画が残っており、観世音菩薩が補陀落への道をちゃんと指さしていたのだ。

 「――そうか。俺はもうそっち側だもんな」

 俺はそうつぶやいて、春香をつれて、観音菩薩が指を指している回廊へと入っていった。


 俺が落ちた小部屋には、更に下へ降りる階段が姿を現していた。

 心配そうな春香の手をつなぎ、俺はゆっくりとその階段をおりる。

 「よかったな。春香。前の時はこんな親切な階段なんて無かったぞ?」

 「え? 本当?」

と話をしていると、階段の先から、

 「ああ。本当さ。なにしろ夏樹くんは落とし穴で落っこちたからね」

と声がする。

 春香が緊張して、俺の耳元で「誰?」と訊く。俺は、春香を安心させるようににっこり微笑むと、

 「帝釈天様だよ」

と言った。

 階段はすぐに終わり、あの補陀落へ通ずる回廊に出た。そこにはラマ僧姿の天帝釈の姿があった。

 天帝釈はほほえんで、

 「おかえり。……どうやら君の救いたいっていっていた女性ひとを無事に救えたようだね」

 俺は深々と頭を下げ、

 「はい。本当にありがとうございました」

そして、頭を上げると、春香の背中を押して前に出てもらい、

 「春香です。俺の眷属になることを了承してくれました」

と紹介した。

 天帝釈は目を細めて春香を見つめ、一つうなづくと、

 「うん。前にも君を通して見たけれど、いいひとそうだ。夏樹君にはぴったりだね」

と笑った。春香は慌てて頭を下げて、

 「よろしくお願いします」

と言うと、天帝釈は、

 「夏樹くんから聞いてるね? 私が天帝釈だよ。……ま、君たちの指導者ってところか?」

と言って、回廊を進みはじめた。それに俺と春香はついていく。


 回廊の先には、以前にも見た光景があった。

 一番奥の磨崖仏に、その手前の二本の柱。そして、こんこんと湧き出るアムリタの泉。今の俺の目には、二本の柱の間に光の渦が見えるし、アムリタの泉もほのかに青白く光っているのがはっきりとわかる。


 天帝釈は、以前も会話をしたテーブルのところへ行き、イスに座る。俺たちもその向かいのイスに座った。

 「さて、まず確認だが、君は本当にいいんだね? 神格を得て、夏樹くんの眷属となり、寄り添っていく覚悟は変わりないかな?」

 春香は即座に、

 「はい。ないです」

と答えた。天帝釈は満足そうにうなづくと、

 「では。愛しの伴侶に言った言葉をそのまま君にも伝えよう。ここは補陀落への道。神にいたる道の入り口だ。条件は一つ。私の指示に従って神天としての修業をすることだ」

 春香はうなづいた。

 「はい。わかりました」

 天帝釈は、

 「よろしい。では……」

と立ち上がり、アムリタの水を鉢に汲んで持ってきた。

 それを春香に差し出して、

 「これがアムリタ。飲めば神格を得る。彼と同じようにね」

 春香は俺の方を振り向いた。俺はうなづいて、

 「ああ。大丈夫だよ。これを飲んで骸骨になったり、体が黄金になったりとかはないから」

 安心したように春香はにっこり微笑むと、鉢を両手で持ち、そっとその縁に口をつけた。

 アムリタの水を飲む春香を見届けていると、俺の身を不思議な感動が包み込んだ。……ああ。これで春香を救うことができたんだな。それにずっと一緒にいられる。


 俺の目には、春香の飲み込んだアムリタの光が全身を駆け巡っているように見える。春香の体がほのかに光る。

 天帝釈がアムリタを飲んだ春香を見て、満足そうに、

 「うん。それでいい」

とつぶやき、空になった鉢を受け取った。

 春香は、少しぼうっとしていたが、気を取り戻すと、あわててきょろきょろと周りを見回した。

 「うわぁ。すごい。どこもかしこも光り輝いているわ」

 天帝釈は、

 「そうだろう。……で、これからのことを話そう」

と言い春香の前のテーブルをトントンと叩いた。

 きょろきょろしていた春香が、その音に気がついて、ばつが悪そうに天帝釈と俺の顔を見た。


 天帝釈が微笑みながら、

 「よいさ。だれでも最初はそうなる。それで、これから君たちには神通力の修業に入ってもらうよ」

 俺は素直に「はい」と返事をする。天帝釈は、

 「ただし、春香くんの方はアムリタの力が定着するまで少し時間がかかる。夏樹くんの方はもう充分だ。そして――」

 天帝釈が指をぱっちんと鳴らすと、その横の空間に四角いテレビ画面のようなものが現れた。

「神通力の修業には魔法感覚でやってもらうのが一番なじみやすい。そこで、君たちにはこの世界に行ってもらう」


 その言葉とともにスクリーンに映し出されたのは、どこかの孤島の風景だった。しかしそこに一人の女性が佇んでいて、なんとその額には第三の目が。


 俺と春香が思わず、

「え?」

と驚きの声を漏らすと、天帝釈は、

「ははは。あの女性は特別な役目を持った長命種の女性だ。ここは地球とは別の世界だ。それも君たちと同じように元日本人の神が管理をしている世界だから、きっといろいろと手助けしてもらえることだろう」

 俺は思わず、

「元日本人の神ですか?」

と聞き返すと、天帝釈はうなづいて、

「ああ。まずは世界を管理している元日本人の神のところへ送ろう。色々と指示をもらいなさい」


 天帝釈はそういうと立ち上がり、二本の柱へと向かう。俺と春香もそれにつづいていった。

 「夏樹くんはもうわかってるね? この柱の間の光の渦を進めばたどり着く」

 俺はうなづいた。俺は春香を振り向いた。

 「春香。一緒にがんばろう」

 「ええ。あなた」

 天帝釈のラマ僧姿が光り、次第に本来の武人のような姿へと戻っていく。

 「さあ、いきなさい。君たちが戻ってくるのを、楽しみに待っていよう」

 「「はい」」

 俺は天帝釈を見上げて、

 「天帝釈様。本当にありがとうございました」

と頭を下げる。すると春香も深々と頭を下げて、

 「お世話になりました。……行ってまいります」


 頭を上げた俺と春香は目を見合わせて微笑むと、ゆっくりと光の渦へと歩み出す。俺の腕をいつものように春香が腕を絡めて、体を寄せてきた。

 俺は春香に、

 「さあ、これから俺と春香の永遠の旅がはじまるよ」

 春香は俺に、

 「ええ。ずっと一緒よ。あなたとなら何でも乗り越えられるわ」

 二人寄り添って歩く俺たちの周りを光がぐるぐると回りながら囲んだ。

 目がくらんで何も見えなくなるなか、俺は寄り添う春香の存在を確かに感じていた。


――異世界ヴァルガンド。そこではどんな出会いが待っているのだろう。

 不安と期待がない交ぜになりつつ、俺と春香は光の中を、互いの存在を頼りに進んでいくのだった。


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