AS版その4『魔法少女の帰還』-1
魔女には、異名という物が存在する――
それは、魔女の『名』というものが、一種の召喚魔法になっており、魔女を名を呼ぶことが、魔女を呼び寄せる儀式になると言われているからだ。
有名な魔女にはもちろん、異名が多い――
この世界で最も低俗で最低下劣なクズ魔女と呼ばれる『イルダ』――
イルダの異名は『クズの魔女』『最低女』『下劣魔女』『エラードウィッチ』などがあり、魔女の中で最も最低のものといえばイルダの事だとすぐにわかる。
イルダは敵に回せば勝利確実、味方にすれば敗北必至と呼ばれる魔女だから、絶対に味方にしたくない戦場では、絶対に名前を呼ぶなと厳命されている。
もっとも、魔女イルダ自身は『イルダ・ワシントン』だの『イルダ・ケネディ』だの歴代のアメリカ大統領の性を自分の名前の後につけ、自分の異名は『魔女大統領』だなどとのたうち回ってるようだが……
他の魔女にも異名は存在する。
召喚術師の中でも最も高位の存在と呼ばれる魔女『ファロ・ヴェルバーン』。彼女は異名は『ワールド・リンク』――世界をつなぐ者という意味でつけられている。
また、『怪盗王の弟子』と呼ばれる『アキア・オータム』、『天逆の黒兎』と呼ばれる『黒斗リク』など、さまざまな異名が魔女たちにはつけられている。
その中で最も有名で、その異名を持つ魔女のフルネームを、絶対に呼ぶことが許されないと言う者がいる――
『天覇の魔女』
――ジョアンナ――
彼女にはもう一つ最も有名な異名があり、それを呼ぶ事は禁忌とされている。
というか彼女のフルネームすら、呼んではいけないとされている。
最強、最高、そして最凶……その存在は天災と同レベルと呼ばれる史上最強の魔女ジョアンナ。ほとんどの場合人はその恐怖を知らずに一生を終える。
が、もし生涯のうちでその魔女に関わることになったら……それは、魔女という存在に一生おびえて暮らすか、乗り越えるか――その二つしかない……
「その『天覇の魔女』ジョアンナが、数十年前にワーボワールを襲った……」
そこで、平和だった異世界に生まれたばかりの赤ん坊が避難のため送り込まれた。
「それが私……ロイヤルセレナ……由良瀬里奈であり、ベル・ホワイト……白鈴愛美先輩……」
瀬里奈は自分にそのことを言い聞かせながら歩いて行く。
「ワーボワールは、故郷――いずれ、私はそこに帰る――ベル・ホワイト、白鈴先輩もそれは同じ……」
「あれ、由良じゃないか。今日も大活躍だったのに何を、しょぼくれているんだ?」
「あ……隆幸君……」
瀬里奈は声をかけてきた男子生徒を見る。彼の心が自分の中にもあるので自然と受け入れられる。
「元気がないじゃないか。何かあったのか?」
「……ねぇ、隆幸君……」
「……?」
瀬里奈は隆幸の胸に、顔を埋める……
「お、おい……!」
焦って顔を赤くする隆幸――
「あなたは、大切な人がいなくなるってわかったら……どうする?」
「え? どういうことだよ?」
答えが欲しくて聞いたわけじゃなかった。ただ、誰かにこの悲しみを一緒に持ってもらいたかった。
「グレン・ナジャ様、例の手紙をきちんと届けてきました」
「ありがとう、トルオ・ニュウ……それにしても、こういう役目はマジュ・リッツのはずなのに……マジュ・リッツはどうしているのかしら?」
三毛猫のヌイグルミ、グレン・ナジャはメガネザルのヌイグルミとカピバラのヌイグルミに声をかける。
「そういえば、しばらく姿を見せませんね」
「またどこかでさぼっているのでしょう。よくあることです」
二つのヌイグルミは軽く返すだけだった。これから起こることに気持ちが行っているからだ。
「グレン・ナジャ様、そろそろ、魔法少女二人が来る頃です」
そこへ、パクとレオがやって来る。
ここは、媛崎中学校の屋上――時刻は午後9時……もう生徒や大半の教師は帰ってしまった後である。宿直の教師はいるはずだが、グレン・ナジャの魔法で今は夢の中だ。
今夜ここで、この世界と異世界ワーボワールがつながるゲートの儀式が行われる――
そしてワーボワールが天覇の魔女によって滅ぼされるかけた時に平和な異世界に避難させられてきた赤ん坊が、生まれた故郷へと帰る―――
「何なのよ? この手紙……」
草薙苺は、一人媛崎中学校への道を走っていた。理由は、家に帰った時に自分の部屋にあった手紙だった。そこには、
「愛美……異世界に帰るって一体どういうことなの?」
手紙には仲の良いクラスメイトの白鈴愛美が生まれた異世界に帰る、などと言うことが書かれていた。
「愛美が魔法少女だってのは、この間のことでわかったけど……異世界生まれって、どういうことなのよ? そして、異世界に帰るって……なんなのそれ?」
単なる悪戯、ということにして、忘れてしまうのも良かったかもしれない。
しかし、言いようのない胸騒ぎが苺の中に湧き出てたまらなくなって家を飛び出した――
そして今苺は、媛崎中学校の道を一人で走っている……
「あれ? 苺先輩じゃないですか? どうしたんですか? こんな夜中に?」
そんな苺に突然声をかけてきたものがいる。
「……魅咲? こんな時間に何でこんな場所にいるの?」
それは、苺の新聞部の後輩、新浪魅咲だった。
「ジョギングをしているだけです」
そういう魅咲の姿は学校の制服ではなく、ウィンドブレイカーを着込んでいる。本当に、ジョギングをしていただけのようだ。
「雪魅姉様や里魅姉様みたいに高校に行ってもスリムな体型を維持するには、それなりの努力が必要ですから」
「……誰それ?」
聞き慣れない名前に、思わず、聞き返してしまう。
「片津雪魅姉様と大槻里魅姉様……二人とも、私の大切な修行仲間です」
「……修行仲間? ……花嫁修行か何か?」
「アハハハ、そういうことですね。ところで、苺先輩はどこに向かってるんですか?」
笑顔でそういった魅咲は苺にそう聞いてきた。
「……学校よ……」
苺はそう答えた。
「大切な、友人のことで急がなきゃいけないの……!」




