閑話休題 天逆衆ってなんですか?
「天逆衆について知りたい?」
そう言ったのは1年D組の担任、島戸那智だ。彼は現国の教師だが、歴史学にも詳しい。その島戸先生に質問をしてきた生徒がいた。
「はい、先生は天逆衆を知っているんですよね?」
島戸先生に質問しているのは由良瀬里奈だ。彼女はほんの少し前自分が口走った『天逆衆』と言う言葉に島戸先生が反応したのを覚えていた。
「……天逆衆というのは、千年以上昔から、戦国時代後半くらいまで存在してたと言われている、妖術師の集団だ」
額を押さえ何かを思い出すような格好で話を進めていく島戸先生。
「妖術師集団……? それって、魔法みたいな力を使える人達って、ことですか?」
「そうだな。まあ、妖術っていうのがどういうものなのかはわからないけどね。ま、様々な幻術を使って世を騒がしたって書いてある資料があるくらいだから、魔法みたいなことができたのかもしれない」
島戸先生は生徒の質問に対し、丁寧に答えてゆく。
「tamia☆KARI書房なんかの資料には、だいぶ詳しい事が書いてあるけど今は手元にはないからなぁ。……それらの資料によると、天逆衆は雲に乗って空を飛んだり、ありもしない物をあるように見せたりと、様々な事が出来たという。特に、その能力を使った暗殺なんていう、ひどい行いをやっていたらしい」
「暗殺!?」
瀬里奈がびっくりした声を上げる。
「ああ、特に朝廷に占いを献上していたという人々――『占星部』――の人達はかなりの人数が天逆衆によって命を落としているとか。朝廷、特に天子様……天皇陛下の事だが、に逆らう連中だから天逆衆なんて名がつけられた、っていう説もあるほどだ」
「『占星部』……?」
聞き慣れない言葉だが何か魔法的な響きがあるなと、瀬里奈は思った。
「昔は占いというものも一つの学問として成立していた。遠くの出来事が知りたい、まだ見ぬ未来が知りたい――これはどんな時代でも人々が持っているかなわない夢だ。占いはそれを可能にする一つの方法だった。そんな占いを学ぶ人間の中でも、占星部は国家の行く末さえも左右するほどの占いを行える、占いのエリート集団だった。ちなみにその占星部の始祖は、あの卑弥呼だと言われている」
「卑弥呼……」
瀬里奈の頭の中に昔漫画で読んだ卑弥呼の姿が浮かぶ。綺麗な髪が長い純和風美女が巫女装束で未来を言い当てている、そんなイメージだ。占星部というのも、似たような人達がたくさんいたのだろうか?
「そんな占星部を、天逆衆が暗殺していた……。でも占いって未来がわかる……未来予知の能力ってことですよね? それだったら暗殺を防ぐことって可能なんじゃないですか?」
「過去の話だよ。そもそも占いは当たってるかどうかなんてわからないものだ。当たるも八卦当たらぬも八卦、そう言われている。だから占星部は天逆衆の暗殺を防ぐことができなかったのかもしれない。また天逆衆自身が占星部の占いを覆す方法を知っていたかもしれない。まあ歴史的な事は真実を確かめることなんてできないからね」
島戸先生は頭をポリポリと掻きながらそう言う。
「それで天逆衆は……占星部を滅ぼした後、どうなったんですか?」
「いや、占星部は天逆衆に滅ぼされようじゃないよ。ただ黙ってやられてるような連中じゃなかったらしくある集団を雇い入れて、天逆衆に対抗していたんだ」
「あの集団?」
「それが天逆衆の敵となったわけだ。占星部を守るためにその集団が天逆衆と何百年も争っていた」
「……天逆衆の敵……」
瀬里奈はそこで自分達の事を思い浮かべる――そう、天逆衆の敵といえば――
「忍者だ」
「え?」
島戸先生の答えにほんの少しズッコケる瀬里奈。
「忍者? 魔法少女じゃなくって!?」
「魔法少女とは、えらくファンタジーな物を想像するな。だけど天逆衆は日本の妖術師集団だ。まあ、ファンタジーと言えばファンタジー世界の物なんだが、どちらかというと和風ファンタジーの物だな。だから、天逆衆の敵もまた、和風ファンタジーの物になる。だからこそ忍者だ」
瀬里奈は全身黒づくめで塀の上を走り抜けていき、手裏剣をバシュバシュ投げる忍者の姿を想像する。
「ああ、皇賀忍軍っていう忍者達が天逆衆と激しい戦いを繰り返していたという」
「皇賀忍軍?」
「古くは今川義元に仕えていたという乱破が大元と言われている忍者集団――皇賀――、今川が同盟を結んでいた武田家の武田忍軍、北条家に仕えていたと言われている風魔忍軍、支配下に置いていた松平(徳川)家の服部忍軍、果ては長尾(上杉)家の軒猿忍軍などより良いところばかりを吸収したと言われている忍者集団だ」
「なにか、物凄い集団みたいですね……」
瀬里奈はあまり歴史には詳しくない。今川義元と言われても、どんな人間なのかわかるはずがない。戦国時代人間なんて織田信長と豊臣秀吉と徳川家康くらいしか知らなかった。
「tamia☆KARI書房の資料にはそう載っていた。だが、それだと歴史的に見て占星部と天逆衆の争いに参加できないから実際はもっと昔から存在してたんだろう。その皇賀忍軍が占星部に雇われて天逆衆と戦っていた。そして――現代ではその三つのッ集団すべてがもう滅んでしまったと言う訳だ――」
島戸先生はそう締めくくった。が、
「……滅んでない、天逆衆は滅んでない……」
「? 何か言ったか? 由良」
「いえ、なんでもないです。あの、仮面をつけて人を操るって……そんな事できるんですか?」
瀬里奈は今まで見てきた天逆衆のやり口を思い出していう。
「仮面……? そんな資料はないが……幻術を得意としていたって話だから、催眠術みたいなもので人を操っていたのかもしれないな」
「……やっぱり!」
「それにしても、歴史的にそんなに有名じゃない天逆衆の事を、聞きに来るなんて……時々そんな生徒がいるが、教師冥利に尽きるよ」
笑いながら島戸先生はそう言った。
ちなみに島戸那智は歴史的なものを調べるのが好きだがそこに自分なりの解釈を入れてしまう悪い癖があった。
だからこそ正しい歴史を教えてくれるわけじゃない――だからこそ彼は現国の教師なのであって歴史学の教師ではないのだ――
そこんとこをちゃんとわかっていてもらいたい。




