カケラ版-4『小鳥隆幸』
「どうしたの? そんなんじゃまだ、剣聖には程遠いわよ」
隆幸より、ほんの少し年上の少女が、竹刀をかまえてそういう。
「まだだ! まだ俺は負けていない!! 美風姉! もう一本だ!!」
隆幸は勢い良く立ち上がり落ちた竹刀を拾いかまえ直す!!
(だいぶ、元気になったじゃない)
その隆幸の様子を見て美風が微笑む――
美風は隆幸が通っている剣道道場・黄路道場の黄路師範の娘だ。上に二人兄がいるが、道場で最も若い隆幸の面倒は彼女がみていた。
その隆幸がここ数日間、酷く落ち込んでいた。
原因は、小学校の剣道大会一回戦で同じ学年の少年に負けたからだという――
「…………次にやるときは絶対にあいつに勝つ…………」
隆幸の目には炎が宿っていた!
「見ていろ!! 御陵!! 次こそお前を倒す!!」
目標ができると人は強くなる。
彼は、美風の家の剣道道場で一年間、みっちり修行した――
そして……
一年後……
「小学生剣道大会で、優勝できたのに、なんであいつ、落ち込んでいるんだ?」
美風の兄、烈風が剣道道場の隅で落ち込んでいる隆幸の様子を見て言った。
「なんでも、去年負けた相手が今年はこなかったらしいわ。あの子の中じゃ優勝よりその相手に勝つことが重要だったみたいね」
美風が両手の手のひらを上に向けてお手上げのポーズをとる。
「なんだそれは……よし、俺がいっちょしめてやろう!」
烈風が竹刀を両手に立ち上がる。
「まあまあ、あの子も大会で疲れてるんだし、去年も三日で立ち直ったんだからほっとけばいいんじゃない」
美風は烈風が手加減できないことをよく知っていた。
だから、兄を止める事を選んだ。
「うん?」
その時だ。烈風は美風の首元に揺れる光に気が付いた。
「美風……? お前、イヤリングなんかつけていたのか?」
烈風は妹の美風が、剣一筋の飾り気のない少女という事がほんの少しだけ心配だった。その妹が、イヤリングをつけている―――
「え? ああ、これ?」
「そうか美風、中学3年生になってようやく色気が出てきたのか――兄ちゃんは嬉しいぞ」
一人で納得する烈風――
「いや、別に……後輩の子からもらったからつけているんだけど?」
「後輩の子って……もしかして男?」
「え、何? ボクネンジンの美風姉に、やっと春が!?」
兄妹の会話が気になったのか、落ち込んでいたはずの隆幸が横から声をかけてくる。
「そんなになわけないでしょ! っていうか隆幸、あなた朴念仁なんて言葉どこで覚えたの!?」
男2人に突っ込みを入れる美風!
「これをくれたかもめちゃんはれっきとした女の子よ! ホラ!」
美風は、自分の携帯端末スマヴォを操作し剣道着を着込んだ2人の少女が写された画像を出す。
そこには、黄路と書かれた前たれをつけた美風自身と、風祭と書かれた前たれをつけた少女が並んで微笑んでいた。
「2年の女の子なんだけど、なかなか筋が良くてさ。私もそろそろ高校受験に本腰を入れないといけないから、次期部長は彼女にしようと考えているの」
そういう美風はすごくうれしそうだ。
「……美風姉って、女の子にモテるよね」
「ああ、自覚は無いけどな」
隆幸と烈風は、写真の中の少女――風祭かもめ――がほんの少し顔を赤らめて美風を眺めているのに気がついていた。が、美風本人は気がついていないようだ。
「……どうだ? 隆幸。俺と一試合やってみないか?」
烈風は竹刀を隆幸に向ける。
「大会優勝者の実力を見せてもらいたい――!」
「わかりました! お願いします!!」
隆幸も竹刀をかまえる――2人は、よく知る少女の後輩がどんな考えているのかを想像し――それを、否定したかった。
「あ、じゃあ私が審判をやるね――」
立ち会う小学生の門下生と高校生の兄――
美風は審判として試合の合図を――――
ポワァ……
「「え?」」
いざ、試合を開始しようとした時……2人は、目を見開いた――
美風が、つけているイヤリングが淡い光を放っていたからだ――
「み、美風姉? 何それ?」
「へ?」
美風自身は気がついていなかったようだ。
しかし、イヤリングから生まれた光は美風を注ぎ込んでしまう。
そして、ゆっくりと消えていった……
「?」
「?」
「?」
隆幸、烈風、美風は、今起こった事についてそれぞれ考えを巡らせる。
しかし、何かわかること言う事はなかった――
この時、ほんの少し変わったことがあるとするならば、美風のスマヴォの画像が美風だけのものに変わっていたことだけだろうが…………




