システムオールグリーン
今日の天気は雨。ときどき、雷。
計器の乱れはとくになし。
僕の調子も問題ない。
システムオールグリーン。
今日もすべて正常運転。
○
「ウィロー、悪いけどちょっと手伝ってくれない?」
「はい、今行きます」
自分の背丈よりも高い梯子をかつぐエカルラートに呼ばれて、僕は観葉植物の水やりをしていた手を止めた。
「書斎にある本をとりたいんだけど、この梯子ぐらぐらしてるから下で支えてほしいのよ」
「僕が上りましょうか?」
「落ちてどこか壊れたら修理が大変でしょう」
その小柄な身体に似合わない腕力で、彼女は古びた梯子を天井まで届く本棚へとたてかける。そして僕が支えるのを確認するより先に、ひょいひょいと上り始めてしまう。
「届かないなら、本棚を低いものにしたほうがいいんじゃないですか?」
「そうしたら、本が家じゅうにあふれかえるでしょう」
「せめて新しい梯子を買うとか」
「そんなお金うちにはありません」
スカートのまま上ったものだから、エカルラートを見上げる僕は目のやり場に困ってしまう。でも万一足を滑らせたときのことを考えるとうつむいてもいられず、みしみしと嫌な音を立てる梯子にはらはらしながら彼女の探し物が早く終わることを祈った。
「何の資料を探してるんですか?」
「東洋の医学書よ」
「それならきっとここの本棚じゃないと思いますよ。地下の倉庫かと」
「どうしてわかるの?」
「地下の点検をしている時に見た気がします。あの臙脂色の表紙をした古い本ですよね?」
僕がそう言うと、エカルラートはすんなりと梯子から降りてきた。なかば飛び降りるようにして僕に受け止められ、お礼も言わずに一目散に地下の倉庫へとかけていった。
エカルラートは、この館の主であり、僕を作ってくれた生みの親でもあった。毎日こうしては館中を駆け回っては資料を集めて回り、自分の研究室にこもってなにやらうんうん唸っているのだった。
僕はこの館で唯一の人型ロボットであり、館の警備や管理を任されている。郊外にぽつんと立った古びた洋館の中が、黴臭い書斎と最先端のコンピューターが入り乱れている奇妙な空間であることを知っているのは、僕とエカルラートだけだった。
「エカルラート、晩御飯はなにがいいですか?」
地下への階段に向かってそう叫べば、僕の声が廊下を反響してだんだんと消えていく。そしてややあって、彼女の「ポトフがいいわ!」との返事が届いた。
外は土砂降りの雨。叩きつけるような雨音が、館の中に響いてくる。僕はポトフの材料が冷蔵庫にあったか考えながら、雷でときおり明るくなる窓ガラスの前を歩いた。
料理はエカルラートが作った料理ロボットがすべてやってくれる。掃除もまた、彼女が作ったロボットがやってくれる。僕は警備という名目で一日中館の中を歩き回り、ほかのロボットに異常がないか点検をするのが仕事だった。
台所のロボットに今日のメニューをお願いして、僕は鳴りやまない雷の音に耳をふさぎたくなる。視力も嗅覚も聴覚も正常に作ってもらったはずなのに、どうも雷の音はうるさく感じてしまう。
これが、『苦手』というものなのかと気づいて、僕はひとりでなるほどなとうなずいた。
エカルラートが熱心に研究しているのは、精巧な人工知能についてだった。
多彩な分野があるロボット開発の世界で、人型ロボットはもうすでに、外見だけは十分に人間に近づいていた。できる限り人間に近づけることができるよう、骨も筋肉も皮膚も人間のそれとまったくそっくりに作っている。口から食べ物を摂取して、自分の中でそれをエネルギーに変えることができるようにもなった。自分で自分の熱を生み出すことができるようになったので、体温だって人間のそれとほぼ同じだ。
けれどまったく同じようにできないのが、中身だった。
さまざまなロボットが開発される中、人工知能も日々進化している。ロボットに感情を持たせるのは専門家たちの間で議論の種になるようだけど、エカルラートが真っ向から取り組んでいるのはまさしくそれだった。
僕はこの館の警備ロボット兼、彼女の実験体だった。
「ウィロー、ちょっと頭かしてくれない?」
「どうぞ」
エカルラートに言われて、僕は腰をかがめて頭を向けた。
僕の後頭部には、小さな扉がついている。それを開けると、人工知能の回路をチェックすることができる。僕の黒い髪をかき分け扉を開き、エカルラートは慣れた手つきで頭の中をいじりはじめた。
「最近、調子が悪いとかはない?」
「大丈夫です」
「身体に違和感とかはない?」
「……右腕がちょっと動かしづらいです。油が切れかけているかもしれません」
「右腕はまだ機械だし、それはしかたないわね。あとで見てあげる」
「そんなにひどいわけじゃないので、時間があるときで大丈夫ですよ」
僕の身体は、未完成な部分が多々ある。右腕と右脚はまだ、人工骨などに変えられていない。昔ながらの機械の手足で、動かすとかすかに部品のきしむ音がした。
「昨日から人工知能をちょっと変えたんだけど、変化はない?」
「とくに……今までと変わりないです」
「そっか。残念」
うつむく僕の視線の先で、エカルラートの小さな足が懸命に背伸びをしている。頭の中の基盤や配線をいじるかちゃかちゃとした音が、頭の中で響いてうるさかった。
「今日もちょっといじったから。また変化があったら教えてくれる?」
「わかりました」
「腕と、足と。ちゃんとしたのつけてあげられなくてごめんね」
「大丈夫です、動くぶんにはとくに問題はないですから」
研究所らしい研究所もなく、古びた館でひとり研究をしているエカルラート。彼女の生活が決して豊かでないことは、僕が一番分かっている。この腕も足も、動かなくなるまでとことん使い続けて消耗テストをすればいい。もともと彼女は、こういった身体のパーツを作ることを専門にしていたのだから。
「何か必要なものがあったらチェックするけど、家の中に異常はない?」
「それも大丈夫です。システムオールグリーンです」
「異常があったらすぐに教えてね。大事な家だから」
僕の頭の蓋を閉じて、エカルラートはようやくかかとをおろした。
「なにか僕に手伝えることはありませんか?」
「明日人工知能のテストがしたいから、その時呼ぶわ。腕のオイルもそのときにさすから」
「わかりました」
頭のふたがぐらつかないか、手で触って確認して、僕はこくりとうなずいた。
「今日はベッドのシーツを変えておきました。ぐっすり眠れると思いますよ」
「ありがとう、ウィロー」
長い赤毛の髪を揺らしながらにっこりとほほ笑んだエカルラートを見て、僕は胸にみょうな違和感をおぼえた。
○○
実はエカルラートに言えない違和感が、僕の中で頻繁に起こるようになっていた。
とくに何の問題もなくすごしていた毎日に、ふとしたときにエラーが起こる。でもそれは、僕が正常に動くにあたって支障が起きるほどのものではない。自分なりに違和感のある胸を調べてみたけれど、機能にはなんの異常もなかった。
本当なら、エカルラートに報告しなければならないこと。なのになぜか、僕はそれをなかなか切り出すことができず、ずっと嘘をつき続けていた。
「じゃあ、ウィロー。このパズルをやってみてくれる?」
「はい」
差し出されたばらばらのパズルを手に取って、僕は素直にそれを組み立て始めた。
ピース数が少ない、簡単なパズルだ。でも最初のころ、僕はこれを組み立てるのがとても遅かった。何度も繰り返した結果、今は簡単に完成させることができるようになり、彼女はその様子をノートに書き記した。
「じゃあ、この本を読んでみてもらえる?」
そして次に取り出されたのは、昨日彼女が探していた分厚い医学書だった。僕はその黴臭いページを開き、細かい文字に目を通した。
「それを読んで、なにか感じることはある?」
「……エカルラートが、この本の内容を学習しろというのなら全部覚えますが」
「そう」
あっさりと、彼女は医学書を片付ける。これが、頻繁に行われる僕の人工知能のテストの一環だった。
彼女の研究は、それなりに成果を上げている。人型ロボットの人工知能としては平凡な成果しか挙げていないけれど、それを応用して医療に役立てる研究は実用化されつつあった。痴呆症の老人など、脳に障害を負った人に回路を埋め込み補助をさせ、機能を回復させる実験はもう治験の段階にあるようだった。
でも僕は、彼女の最大の目標を知っている。
「じゃあ、自分のことについてしゃべってみてくれる?」
「僕の名前はウィロー。エカルラートが作った人型のロボットです」
彼女の書斎も兼ねた研究室には、いろんな資料に混ざって、小さな写真たてが置いてある。その写真たての中にうつっているのは、僕と全く同じ顔をした一人の青年だった。
「僕のモデルは、この館の前の主、ウィロー・コリンズ。彼は二年前に事故で亡くなったと聞いています」
この館の、前の主。ウィロー・コリンズ。若き医師であった彼は、この館で小さな診療所を営んでいた。
そしてエカルラートは、彼が診た患者の義手や義足を作る仕事をしていた。今やもう、義手も義足も自分の脳の命令で動くようになっている時代。彼女の作る義手の精巧さは有名だったそうだ。
「エカルラートは、彼が研究していた人工知能の研究を引き継いでいます。僕はその人工知能のテストをするためにいます」
そして彼女は自分の手で、ウィロー・コリンズを蘇らせようとしていた。
僕は、ロボットのウィロー。ウィロー・コリンズのことは何も知らない。そんな僕にエカルラートは人工知能をとおして彼の記憶を入れる研究もしている。
成果は、まだ出ていないけれど。
「今日はここまで。ありがとうね、ウィロー」
「いえ」
片付けを手伝おうと、僕は医学書に手を持つ。それを彼女に渡そうとしたところで、指先がエカルラートの手に触れた。
そこでまた、僕の胸に違和感があった。
「ウィロー、どうかした?」
「……いえ」
急に動きを止めた僕を見て、エカルラートが不思議そうなまなざしを向けてくる。僕はとっさに、「腕の調子がいまいちで」と嘘をついた。
僕はいつの間にか、主人であるはずのエカルラートに嘘をつくのが当たり前になっていた。それにきっと、彼女は気づいていない。
「今朝油をさしたばかりなのに? 昼ご飯の後に見てあげるわね」
「お願いします。システムのほうはオールグリーンです」
頭を下げて、僕は自分の顔の温度がおかしいことに気づく。彼女のまなざしを感じて、また違和感が広がる。この違和感は一体何なのか。その答えに、僕は気づいていた。
これが、恋というものなのだと思う。
普段の生活にはなんら支障がないのに、エカルラートのそばにいると自分がおかしくなる。
彼女の燃えるような赤毛にまどわされるように、僕の胸がエラーを起こす。まるで赤いそこにランプがそこで灯っているかのように、わかりやすいくらい、胸がおかしくなった。
人工知能は頭にあるはずなのに、なぜ胸なのか。それはよくわからない。
エカルラートと話していると、胸が熱くなる。見つめられると、頬が赤くなってしまう気がする。彼女の笑顔を見ると、なぜだか自分まで嬉しくなってしまう。
僕に感情が芽生えているということは、エカルラートの研究が順調に進んでいるということだった。
「エカルラート、なにか手伝うことはありますか?」
ここ数日、嵐が近づいてきているので天気が悪く、僕は外に買い物に行くこともできない。暇を持て余して研究室にこもりっきりの彼女に会いに行くと、返事がなかった。
どうやらソファーの上で資料を読み漁っているうちに、そのまま眠ってしまったらしい。胸の上に本を置いて、しどけない姿で目を閉じている。あとでコーヒーを持ってきたほうがいいだろうかと考えつつも、僕は息を殺して彼女に歩み寄った。
エカルラートはいつも夜遅くまで研究をして、短時間の睡眠をとり、朝は日の出とともに目覚めてまた研究を再開する。だから寝顔というのをあまり見たことがなくて、それが新鮮だった。
ぽってりとした唇をちょっとだけ開いて、そこからかすかな寝息と声にならない声を漏らしている。伏せられたまつ毛はとても長くて、目じりがかすかに濡れていた。
泣いていたのだろうかと、僕は彼女の顔をさらに覗き込む。息がかかるほど近くにいても、エカルラートは目を覚ましそうになかった。
僕がエカルラートのことを好きと言ったら、きっと彼女は喜んでくれるだろう。
けれどその喜びは、僕が求めているものではない。
「エカルラート?」
呼びかけてみても、彼女は返事をしない。完全に深い眠りに落ちているのを確認して、僕は彼女が読んでいた本をそっと手に取った。
いつもの医学書だと思っていたそれは、たくさんの写真が貼ってあるアルバムだった。
エカルラートと、ウィロー・コリンズがそこには映っている。仲睦まじく寄り添ってほほ笑む二人が、恋人同士だったことを僕は知っていた。
エカルラートは、自分の恋人であるウィロー・コリンズを求めている。僕の告白を聞いたとしても、それはただ自分の研究が順調に進んでいくことに対する喜びしか感じてくれないだろう。
彼女は僕のことをちゃんと見ていない。僕を通して、恋人の姿ばかりを探している。
だから僕は、彼女に自分の気持ちを伝えることができなかった。
「エカルラート、風邪をひきますよ」
そう声をかけて頬に触れれば、彼女のやわらかい肌からぬくもりを感じることができる。そして僕の胸にまた、違和感がうまれた。
この違和感にも、いくつか種類がある。彼女と話してあたたかい気持ちになれる違和感と、まるで胸が引き裂かれるような、痛みを感じることがあった。
「エカルラート」
「……ウィロー?」
名前を呼ばれて、僕ははいと返事をした。
「帰ってきてくれたの?」
きっと彼女は、寝ぼけているのだろう。目をつぶったまま、僕のてのひらに猫のように頬をすりよせてくる。
「待ってたのよ」
いつもなら決して使わない、甘い声。ウィローと、耳元をくすぐるようなかわいらしい声で僕を呼ぶ。その声に導かれるように、僕はそっと彼女の唇にキスをした。
「ウィロー……」
甘くささやく、その声。それが僕には苦しくてたまらなかった。
彼女が呼んでいるのは僕ではない。恋人の『ウィロー』を呼んでいる。
僕の気持ちは決して報われることがない。
「エカルラート……」
彼女の手を握り、僕はしばらく、その穏やかな寝顔を見つめ続けていた。
○○○
嵐が館を直撃して、建物のあちこちがダメージをうけている。それを修理するのもまた、僕の仕事だった。
強い雨風にさらされて、古くなっていた屋根が一部はがれてしまう。レインコートを着てそこを直しにかかれば、今度は飛んできた石で窓ガラスが割れる。僕一人であたふたと館の修理をしている中、エカルラートは相変わらず研究室にこもってばかりだった。
風圧で勝手に開いてしまう裏口の扉を、ベニヤ板を打っておさえつける。雨に濡れてすっかりびしょびしょになってしまった髪から、しずくが滴って目に入りなかなか作業が進まなかった。
「……あっ」
手が滑って、僕は金づちで自分の指を叩いてしまった。
幸い、骨に異常はないらしい。ただ、爪が割れて浸出液がでてきてしまっている。まるで人間の血液とそっくりな赤い液体は、雨にさらされてあっという間に流れ落ちていく。
館の修繕作業で、あちこちを負傷してばかりだった。修繕が終わり次第エカルラートに直してもらわないといけないけれど、きっと彼女はぼろぼろになった僕の手を見てとても怒るのだと思う。
目に入る雨をぬぐう僕の頭上が、一瞬、まぶしく光る。そしてややあってから、轟音がびりびりと館を揺らした。
嵐で、また雷が鳴っている。
「かみなり……」
雷が鳴ると、なぜかこの義手が動かしづらくなる。金づちを握る手に力が入らなくて、僕は館の修繕を早々とあきらめた。
そして館に戻り、濡れた体をタオルで拭きながらエカルラートのいる書斎へと向かう。あちこち傷ついてしまっていたようで、あっというまにタオルが浸出液で汚れてしまった。
「あの、エカルラート……」
遠慮がちにノックをして、返事がないまま僕は扉を開いた。
「エカルラート!」
そして、部屋の異変に気づいて思わず声を上げた。
「ウィロー! いいところにきたわ、お願い手伝って!」
書斎の窓ガラスが割れ、部屋の中に雨風が吹き込んでしまっている。研究資料やコンピューターが雨に濡れ、彼女は身を挺してそれを守ろうとしていた。
「お願い、板で窓をふさいでほしいの!」
「それよりも、エカルラート!」
割れたガラスで切ってしまったのだろう、彼女の腕に大きな傷ができてしまっている。そこから大量の血が流れていて、それなのに彼女は止血をするよりもコンピューターを守り続けていた。
「傷の手当てをしないと!」
「いいから早く、窓を直して! このままじゃデータがみんなダメになっちゃう!」
僕は彼女の命令に逆らえず、板をもってきて窓の穴をふさぐ。外では雷が鳴り響き、僕はうまく動かない腕で金づちをふるった。
「私のことなんてどうでもいいのよ。データを守らないと……」
血が滴る腕のまま、エカルラートはパソコンの動作を確認しようとする。書類は濡れてインクがにじみ、もう読めない状態になってしまっている。コンピューターもまた、電源を入れても立ち上がりそうになかった。
「エカルラート、まずは手当てが先です。データならきっと、バックアップが生きてるはずですから」
「でも、もし復帰できなかったら……」
「今は自分の身体のほうが大事です!」
パソコンからはりついて離れようとしない彼女の肩をつかみ、僕はむりやりこちらを向かせる。そして目にいっぱい涙を浮かべたその顔を見て、思わずひるんでしまった。
「だって、これはウィローのための大事な……」
あふれる涙が、ぽろぽろとこぼれはじめる。いつもの気丈な彼女はどこへ行ったのか、その弱弱しい姿に、僕はまた胸がざわめくのを感じた。
「そんなに、亡くなった恋人のことが大事ですか?」
「ウィロー……?」
「エカルラートの目の前にいるウィローのことは、やっぱりただのロボットなんですよね」
彼女の求めている、ウィロー・コリンズに、僕はどうしてもなれなかった。
それよりも、その彼に嫉妬してしまう自分がいた。
「どうしてウィローは、ウィローになってくれないの……?」
涙をこぼしながら、彼女は言う。その言葉を聞いて、僕は深くうなだれた。
「エカルラート。僕はあなたのことが好きです」
ずっと言えなかったこと。でもそれを、ずっと自分の中で抑えるのはとてもつらいこと。胸の痛みは日に日にひどくなるばかりだった。
「でも僕は、あなたの求めているウィローとは違います」
そして、抱いていた肩を離す。いてもたってもいられなくて、僕は館を飛び出した。
より一層強さを増した雨風に打たれて、僕はびしょ濡れになりながら外を走る。息が切れるまで走り続け、雨に濡れて身体が冷たくなっていくのを感じた。
できるものなら、彼女の求めるウィロー・コリンズになりたかった。そして、彼女の愛情を一身に受けてみたかった。
「エカルラート……」
息を喘がせ、僕は館の裏にある木の下で雨宿りをする。その背の高い木に、僕は身体を預けて息が整うのを待った。
「――ウィロー!」
そして、僕を追ってくるエカルラートに気づいた。
「ウィロー、そこは危ないわ……!」
その声が届くよりも早く、僕がいる木に雷が落ちた。
○○○○
消毒液のにおいがして、僕は目を覚ました。
「気づいた? ウィロー」
「……エカルラート」
腕に包帯を巻いたエカルラートが、僕のことをのぞき込んでいた。あたりを見回して、僕はここが医務室であることに気づく。ふかふかのベッドに横になり、僕は彼女の看病を受けていた。
「よかった、もう起きないんじゃないかと思った……」
僕の額をタオルでぬぐってくれながら、エカルラートは心底安堵した声でそうつぶやく。外の嵐はだいぶおちついたのか、雷の音も遠くなっていた。
「僕は、雷に打たれて……それから?」
「義手と義足が、うまく電気を逃がしてくれたから大丈夫だったみたい。ちょっと火傷してるけど、大丈夫。すぐに治るわ」
右手を動かそうとすると、まったく動かないことに気づく。どうやら電流が流れたときに、回線が焼き切れてしまったらしい。
「人生で二回も雷に打たれるなんて、すごいわね、ウィロー」
「……え?」
「きっと、今のあなたに言ってもわからないと思うけど」
僕の義手の様子を確認しながら、エカルラートは言った。
その彼女の顔を見ながら、僕はぼんやりと靄のかかる頭をふって意識をしっかりさせようとする。どうやら人工知能は無事のようだけど、雷の影響か、うまく思考回路がまわってくれない。
「最初の時も、こんな日に館の外に行って、雷に打たれたのよ。あの時は電流を放出してくれるものがなくて、右手と右脚の熱傷がひどくて切断せざるを得なかったわ。脳も損傷を受けて、目を覚ましてくれなかった」
無事なほうの腕の火傷に、エカルラートは消毒液を塗ってくれる。包帯を巻いてくれながら、はからずしもおそろいになってしまった腕を見て、彼女は苦笑した。
「腕と足のほかに、異常はない? ウィロー」
「…………」
「ウィロー?」
返事をしない僕の顔を、エカルラートがのぞきこむ。僕はその吸い込まれそうな黒い瞳を見つめているうちに、靄のかかった頭がすこしずつ晴れていくのを感じた。
「……エカルラート」
「なあに?」
小首をかしげる彼女を見て、僕は深く呼吸をする。僕を息苦しくさせていた胸の違和感が、靄とともに晴れていくのを感じた。
「思い出せたよ、エカルラート。雷のおかげだね」
どうして今まで、こんな簡単なことに気づくことができなかったのだろう。
包帯が巻かれた腕で、僕はそっと彼女の頬を撫でる。真ん丸に見開かれた目を見つめながら、僕はかみしめるように言った。
「僕の名前は、ウィロー・コリンズだ」
その瞳に、みるみるうちに涙が浮かんでいくのを見て、僕は片腕で彼女を抱きしめた。
二人で研究した人工知能。それは、傷ついた脳の補助をするものだった。
エカルラートは、昏睡状態に陥ってしまった僕の頭に、その人工知能を入れた。そして、あくまでもロボットのウィローとして接して、僕が自発的に目覚めるのを待っていた。僕にはじめから真実を教えずに、脳が自然に回復するのを待ち続けてくれていた。
ロボットのウィローだったころの記憶も、ちゃんとある。ロボットであった自分が消えたわけではなく、溶け合うようにうまく融合されているようだった。
はじめは肩を震わせていたエカルラートが、こらえきれずに声をあげて泣きだしてしまう。その小さな身体を、僕はただただ抱きしめた。
「ずっと、帰ってきてくれるの、待ってたんだから……」
「遅くなって、ごめん」
まさか自分が、自分で研究の成果を確かめることになるとは。それに内心苦笑しながらも、専門外だった人工知能を勉強し、必死に研究を続けてくれた彼女に心から感謝した。
「……どこにも、異常はない?」
「うん、大丈夫。手と足は動かないし身体もあちこち痛いけど、ほかは万事問題なしだよ。システムオールグリーンだ」
言って、僕は思わず笑ってしまう。システムオールグリーン。それは『ウィロー』の言葉だった。
エカルラートも同じことを思ったようで、腕の中で嗚咽を繰り返しながらもくすくすと笑っている。その頭を撫でながら、僕は消えてくれない胸の違和感が、また違うものに変わっていることに気づいた。
「私、『ウィロー』に告白されたわ」
「知ってる。だってそれは僕だから」
照れくさいのを笑ってごまかして、僕は彼女の唇にそっとキスをした。
今の僕なら、この違和感にはっきりと言葉をつけることができる。
「すべてを忘れても、僕はまた君に恋をするよ」
この腕の中にいる彼女のことが、たまらなく愛おしい。
END
文章などおかしな点がありますが、あえて投稿したときのまま公開しています。文章については指摘されております……直したかったけど、そのまま公開します。
選評とあわせて読まれる方が多いのではと思います。拙い作品ですが、参考にしていただけると幸いです。