追放された蝋燭の魔女は、余命一年で最強でした ~残り火が消える前に、私を捨てた王国を焼き尽くします~
「余命一年のお前など、宮廷魔女には不要だ」
王太子ロデリックの声が、大理石の広間に冷たく響いた。
——はいはい、テンプレ断罪いただきました。
私、セシリア・ヴェスタは、玉座の前でひざまずいたまま、心の中でため息をつく。
磨き抜かれた床に映る自分の顔は、相変わらず青白い。銀灰色の髪、琥珀色の瞳。ろうそくの炎みたいだと、昔オズワルド師匠が言っていた。燃えれば燃えるほど、短くなる炎。
「聞いているのか、セシリア」
「……ええ、聞いております」
喚かない。取り乱さない。それが私の流儀だ。
前世——現代日本の緩和ケア病棟で、私は数えきれないほどの『終わり』を看取ってきた。限りある命の使い方なら、この国の誰よりも知っている。
だからこそ、わかる。この断罪が、どれほど致命的な『おわり』の始まりなのかを。ただし——彼らにとっての、だけれど。
「三度の魔物大侵攻を退けたのは、そなたの功績だ。それは認めよう。だが、これからの王国には、もっと光り輝く存在が必要なのだ」
ロデリックは金髪をかき上げ、隣に立つ少女へ視線を向けた。
ミレーユ・カサンドル。ピンクブロンドの巻き毛に、あざとく潤んだ瞳。新たな『聖女』様だ。
「地味で辛気臭い魔女より、光り輝く聖女……ふふ、当然の選択ですわね」
ミレーユが勝ち誇った笑みを浮かべる。
——光り輝く、ねぇ。中身が空っぽの照明器具ほど、電気代の無駄なものはないんですけど。
私は静かに立ち上がった。
「……そうですか」
そして、微笑む。
「では、契約を解除させていただきますね」
その瞬間、広間の空気が、ほんのわずかに——揺らいだ。
誰も気づかない。この微笑みこそが、静かな断罪の合図であることに。
◇
追放の宣告は、あっけないほど早く実行された。
馬車も護衛もなし。旅装ひとつ持たされず、王都の門から放り出される。
——残業代も出ないブラック王国、こっちから願い下げですよ。
門を出て、ちょうど三歩。
ビシッ。
空気が、割れた。
遠くで、ガラスが砕けるような音が連鎖する。王都を囲む対魔物結界——王国が三百年誇ってきた『守り』が、蜘蛛の巣のようにひび割れ、光を失っていく。
そう。あの結界のすべてが、私の残り火で維持されていた。
契約を解除すれば、灯は消える。当たり前の話だ。
「セシリア様ぁっ!」
背後から、無様な足音。振り返れば、青ざめたロデリックが自ら門を駆け出てきていた。王太子ともあろう者が、髪を振り乱して。
「戻れ! 戻って火を灯せ! 命令だ!」
はるか国境の方角から、地鳴りのような咆哮が響く。魔物の群れが、結界を失った国へ殺到し始めていた。
私は足を止め、静かに彼を見返した。
「命令、ですか」
「そうだ! 王太子命令だ! 貴様の役目だろう!」
——ああ、この顔。この、失ってから慌てる顔。緩和ケアの現場で、何百回と見てきた。
『もっと早く言っておけばよかった』
『あんなこと言わなきゃよかった』
後悔は、いつだって手遅れになってから訪れる。
私は、うっすらと笑った。
「だが、断る」
ロデリックの顔が凍りつく。
「私の残り火は——私を捨てなかった人のために使います」
そう告げて、私は踵を返した。
背後で王太子が何か喚いていたけれど、もう振り返らない。私の中の炎は、まだ消えていない。
どこで、誰のために燃やすか。
それを決めるのは、もう、私だ。
◇
歩き続けて、三日。
食料も水も尽き、辺境の荒野で、私はとうとう膝をついた。
——あー、これ死ぬやつだ。緩和ケアの知識があっても、自分の脱水は治せないんですよね。
意識が薄れる。
そのとき。
ズシン、ズシンと、大地を震わせる足音が近づいてきた。
見上げれば——空を覆うほどの巨体。
身長二メートル超。褐色の肌に、赤黒い鱗が首筋と腕を這っている。背には折り畳まれた竜の翼。金色の瞳が、鋭く私を見下ろしていた。
竜人。それも、噂に聞く『冷酷な軍神』——ガルド・ドラクヴァイン将軍。
(あ、これ、死ぬ前に食べられるパターンかも)
そう思った、次の瞬間。
「……お、おい。生きているか。毛布だ、ほら、毛布。冷えているだろう」
軍神が、その巨体を必死に縮めていた。まるで壊れ物に触れるように、ものすごく、おそるおそる。
ゴツい手が、震えながら私を毛布でくるむ。
——え、なにこれ。図体のわりに、手つきが完全に小動物の扱いなんですけど。
「水だ、水はいるか。ゆっくり飲め。むせるなよ」
冷酷な軍神は、どこにいった。
目の前にいるのは、行き倒れの女ひとりにあわあわと狼狽える、やたら顔面偏差値の高い大男だった。
「……あなた、軍神って噂、盛りすぎでは?」
ガルドの耳と首の鱗が、かぁっと真っ赤に染まった。
「う、うるさい! 早く水を飲め!」
そっぽを向いて、それでも私の背をそっと支えてくれる。
——ふうん。
計算高い私が、久しぶりに、少しだけ計算を忘れた瞬間だった。
◇
辺境の砦で、私は数日を過ごした。
ガルドの副官、リーゼという竜人の女戦士が、何かと世話を焼いてくれる。
「セシリアさん、将軍がまた鱗赤くしてましたよ。あんた見てると挙動不審になるの、あれ完全に照れてますからね」
「へえ。軍神様も可愛いところがあるんですね」
「でしょ? もっと言ってやってください」
深緑の短髪を揺らして、リーゼはけらけら笑う。ノリがいい。前世の職場にいた、明るい後輩を思い出す。
——だが、平和は長く続かなかった。
ある夜、私の体調が急変した。長年の魔力酷使が、いよいよ限界に近づいていたのだ。
血を吐いて倒れた私を、ガルドが抱え上げた。
「セシリア! おい、セシリア! しっかりしろ!」
「……大丈夫、です。これが、私の運命ですから」
淡々と告げる。
「生まれつき、命を燃やして魔力を出す体質なんです。二十歳で、燃え尽きる。——もう、すぐそこですよ」
沈黙。
そして。
ぽたり、と。私の頬に、あたたかいものが落ちた。
見上げれば、軍神が——泣いていた。
大の男が、人目もはばからず、ぼろぼろと。
「そんな……そんなの、あるか。お前は、俺を助けてくれと言われたわけでもないのに、砦の子どもらに火を分けてやって……」
「ちょ、待って。なんで初対面レベルのあなたが号泣してるんですか」
「うるさい! 泣きたいときは泣くんだ竜人はな!」
理不尽。でも、なんだろう。この理不尽は、嫌いじゃない。
ガルドは私の手を、壊さないように両手で包んだ。
「お前を、燃やし尽くさせはしない。竜人の生命力は膨大だ。俺のを、お前にやる。全部やる。だから——消えるな」
金の瞳が、まっすぐ私を射抜く。
——ああ。
継火。
命を燃やすのではなく、他者から譲られた想いを燃料に変える。前世の発想から生まれた、私の切り札。
それを、成立させる相手が。
こんなに近くに、いたなんて。
「……重い」
私は、掠れた声で呟いた。
「重いですよ、あなた。会って数日で命くれるとか、距離感バグってます」
「な——」
「でも」
涙のにじむ視界で、私は初めて、計算抜きに微笑んだ。
「……嫌いじゃ、ないです」
◇
継火の魔法は、成功した。
ガルドの生命力を燃料に、私は寿命を削らずに魔力を使えるようになった。前世の緩和ケアで培った生命管理の知識が、火加減を精密に制御する。
体に力がみなぎる。青白かった頬に、うっすらと血の気が戻った。
そこへ、白い髭の老人が飄々と現れた。
「ほっほ。うまくいったようじゃな、セシリア」
「師匠! なぜここに」
老魔導師オズワルド。私に継火の魔法を授け、追放前夜、ガルドへ一本の蝋燭を託すよう手引きした張本人だ。
「わしはもう、間違った国に仕える気はないのじゃよ。王国の結界が、すべてお前の残り火に依存しておることは、とうに見抜いておった」
皺深い顔で、彼は笑う。
「じゃからこそ——お前が『地味に耐える』のを、黙って見守っておったのじゃ」
リーゼが目を丸くする。
「え、待って。耐えてたのって……まさか」
「ええ」
私は静かに引き取った。
「あれは、布石です」
断罪の場で喚かなかったのも。理不尽に微笑んだのも。すべて、計算だった。
「王国が私に依存しきるまで、あえて地味に、辛気臭く耐えてみせた。結界を私ひとりに背負わせ、代わりの利かない状態を最大化するために」
ガルドが呆然と呟く。
「じゃあ、あの断罪の微笑みは……」
「静かな、断罪の合図でした」
私は琥珀色の瞳を細める。
「彼らが私を捨てた瞬間、王国の運命は決まったんです。——契約解除、たった一手で、詰み」
リーゼが震える声で笑った。
「こっっっわ。セシリアさん、敵に回したくない人ナンバーワンですよ」
「ふふ。褒め言葉として受け取っておきます」
遠く、王都の方角で、黒い煙が上がり始めていた。
魔物の侵攻。守る火を失った国が、いま、崩れていく。
「さて——行きましょうか。助けに、ではなく。見届けに、です」
炎の色をした瞳に、静かな決意が灯る。
◇
王都は、地獄と化していた。
結界を失った街に、魔物の群れが雪崩れ込む。悲鳴、炎、崩れる城壁。
その中心で、ロデリックとミレーユが、瓦礫を背に立ち尽くしていた。
「な、なぜだ……なぜ結界が戻らない……!」
ロデリックの顔は、もはや王太子の威厳などかけらもない。
そこへ、辺境軍を率いた私が、竜に乗って上空に現れる。
「セシリア! 来てくれたのか! 頼む、火を灯してくれ! 王国を救ってくれ!」
地に膝をつき、彼は手を伸ばす。
ミレーユも、あざとさの消えた素顔で叫んだ。
「お願い、助けて! わたし……わたしの聖女の力、本当は偽物なのっ! 何もできないの!」
——ああ、やっぱりね。
その告白すら、もう驚きはしない。
私は空から、静かに二人を見下ろした。
「ロデリック様。ミレーユ様。私はもう、契約を解除しました。ここは、私の国ではありません」
「そんな……!」
淡々と。怒鳴らず。それが、いちばん凄みが出ることを、私は知っている。
「あなた方が求めたのは、光り輝く聖女でしたよね。——さあ、輝いてご覧なさい。中身のない照明が、この闇を照らせるのか」
ミレーユが、へなへなと崩れ落ちる。
私は竜の首を巡らせ、辺境の方角へと向けた。
「セシリア様、伏せてください!」
リーゼの声。私は両手を天にかざした。
継火の炎が、膨大な魔力となって解き放たれる。
王都を守るためではない。
——辺境の民のためだけに。
巨大な火の結界が、竜人たちの故郷を、ドーム状に包み込んだ。あたたかく、消えることのない灯火。
背後で、王都が焼け落ちていく。
自らの愚かさで、自らを滅ぼした国が。
「……さようなら」
私は、振り返らなかった。
炎に照らされた私の横顔を、隣で飛ぶガルドが、そっと見つめていた。
◇
王国は、滅んだ。
私は、辺境の地で生き直すことになった。竜人たちからは『不滅の蝋燭』と呼ばれ、砦の子どもたちは私の火を見て笑う。
儚い蝋燭だった私が、消えない灯火になる。
想いを、分け合うことで。
ある夕暮れ。砦の物見台で、ガルドが隣にやってきた。相変わらず、そっぽを向いている。
「……セシリア。その、なんだ。継火は、続けようと思う」
「ええ、助かります」
「だから、その」
ガルドの耳と鱗が、夕日よりも赤く染まっていく。
「あと、百年は……燃やしてやる」
沈黙。
——え。
「……今、なんて」
「だ、だから! 百年だ! 百年、俺がお前に命を分け続けるって言ってるんだ! ずっと、そばにいるって……そういう、意味だ!」
赤面しながら怒鳴る求婚。控えめに言って、情緒がめちゃくちゃだ。
私は、しばし呆然として。
それから、盛大にため息をついた。
「……重い。重いですよ、あなた。百年って。ローンかなにか?」
「ろ、ローンとはなんだ! 前世の言葉か!」
物見台の下で、リーゼが「将軍、また撃沈~!」と大笑いしている。
でも。
夕日に染まる空を見上げて、私は小さく笑った。
前世で数えきれない『終わり』を看取ってきた私が。
二十歳で燃え尽きるはずだった私が。
いま、『始まり』の真ん中に立っている。
ガルドの手が、そっと私の手に重なった。あたたかい。竜人の、生命の熱。
私の炎は、もう、ひとりで燃えているわけじゃない。
「重い。けど……嫌いじゃないです」
——ところで。
遠く、滅んだ王国の廃墟の方角。
一人の少女が、瓦礫の陰を、身を隠すように駆けていく。
ピンクブロンドの巻き毛。『偽聖女』の真実を、胸に抱えて。
ミレーユ・カサンドルは、まだ、生きている。
——さて。彼女の物語は、どこへ向かうのやら。
その続きは、また別の炎が語ることになるだろう。
(了)




