交渉 2123
「で、どこまで話したかな。そうそう、僕の父方の家系までだね。我がシン家はかのハルシャ・ヴァルダナ王に勝利したチャールキヤ朝の王、プラケーシン二世に仕えた戦士にまでさかのぼる。そして、僕の母親の家系はだね、英国で騎士の称号を得た名家にさかのぼる。一族の姓は、マグナ・カルタを国王に突き付けた貴族集団のなかにも現れていて……」
「失礼します、デヴェーンドラ将軍。こちらの提案がまとまりましたので、よろしいでしょうか」
珍しく英語が分かるためか、デヴェーンドラの家系自慢を聞かされていた兵士が、ほっとした表情で逃げていく。ステファナは、カブール総督の目の前の席に着いた。ソラヤを除く独立軍の幹部や、緊急に招集された旧アフガニスタン共和国の元高官たちも一緒だ。
「こうしてお話しするのは二十年ぶりですね、ステファナさん」
「申し訳ありませんが、世間話をする暇はありませんので。これから始める交渉の模様を、インド中央政府に中継していただけますか」
「心外ですね、アイスブレイクになるかと思ったのですが。交渉については、総督兼準州行政官たる僕がすべての権限を任されています。首相から種々の判断基準は示されているので、それに従うだけです」
「では、こちらの資料をどうぞ。先ほど、データもソーシャルメディアに公開しました」
分厚い紙の束を渡されたデヴェーンドラは、それをはらはらとめくった。
「主張の概要はわかりました。不揃いだが、要点はわかりやすい。説明をお願いします」
「そうですか。『アフガニスタン自治領』の設置、それがわれわれの要求です」
「なるほど。続けてください」
「はい。自治領の詳細について説明します。受け入れられない点や疑問点があれば、その時点で伝えてください。修正にかけられる時間は、多ければ多いほどよいので。
自治領の範囲は現在の西方第二準州、旧アフガニスタン共和国をそのまま引き継ぐものとします。
次に、政治体制について。行政の責任者は自治領首席大臣とし、自治領議会の過半数の賛成で指名され、インド連邦大統領によって任命されるものとします。自治領議会は二院制とします。上院は定数二百で比例代表制、任期は八年とし、四年ごとに半数改選。下院は定数三百二十で小選挙区制、途中解散ありで任期は五年になります。下院は上院に対し優越が認められます」
「上院に四十、下院には七十議席が中央政府の指名枠になりませんか」
あまりに多くの議席が中央政府に取られると、独立した立法ができなくなる。必死で暗算をして、妥協点を探す。
「上院に二十、下院に三十五でどうでしょう」
「三十と五十は譲れませんね」
「二十六と四十一ならいいですか」
「いいでしょう。それから、これでは中央政府の統制が甘くはありませんか。通常の州と同様、中央から出向する知事の設置と、連邦上院の決による立法権の停止は認めてください」
「州ではなく自治領である以上、知事の設置は必要ないとの考えです。また、上院議決については完成法案に組み込みます」
「それでは、知事の代わりに、自治領議会の立法および予算案への拒否権を持つ監査官などを設置させてください」
「自治領議会で再議決されれば拒否は無効、という条件でしたら」
「通常過半数の議決は五分の四以上、通常三分の二なら十分の九以上で再議決、ということでしたら」
「それでは、中央による指名枠の反対だけで否決されてしまいます。五分の三と七分の五でどうでしょう」
「いいでしょう。さて、次を頼みます」
「はい。第一回の選挙は今から半年後、今年の秋を目標として、遅くとも年内の実施を目指します。出馬にあたっての条件などは設けません。
選挙までの暫定政権は、アフガン独立軍のメンバーが主に務めます。首席大臣はソラヤ・シャハラミ、軍務・警察相はミル・ラスーリ、外務相兼財務相兼経済開発相が私、ステファナ・フィーガード。その他の閣僚については、資料の参照を願います。
選挙権および被選挙権は、十八歳以上で、自治領の市民権を持つ者に保障されます。市民権は、この条約の発行時点でインド領西方第二準州に籍を持つ者に加え、所定の方法で申請を執り行った者にも与えられます」
「次、お願いします」
「はい。軍事について。まず前提として、アフガン独立軍は自治政府の樹立が叶い次第、二十四時間以内に解散します。逆に言えば、それまでは独立軍の軍備を維持させてください。自治領直属の軍員は一万人まで、軍備はインド本国から購入しますが、核兵器は配備しないものとします」
核兵器の不保持。ソラヤがこだわったことのひとつだった。ステファナが続ける。
「また、自治領内の軍事基地はインド軍が自由に使用できるものとします。ただし、インド軍が平時に基地から出ることは認めません」
「そこに関して、二点頼みたい。まずひとつ、軍人の治外法権を認めてほしいです。なにも犯罪者を庇うわけではなく、一般人向けの生やさしい刑罰では済ませない、というだけです。次に、駐留軍の経費を一部自治領側でも負担してほしいのです。われわれの軍事力があってこその経済発展ですから。すべてとは言わない、八割負担をお願いしたい」
「五割でどうでしょう」
「七割は譲れません」
経済発展のためには、軍事費はなるべく抑えたい。ステファナは、妥協点を必死に探し求めた。
「六割でどうですか」
「六割五分でどうでしょう」
「……わかりました」
ステファナが手元の資料を赤で直す。交渉によって変更が生じるたびに、試算を修正して各所に反映させ、場合によってはデヴェーンドラへの提案も直すために兵士たちが走り回った。
「それでは、次をお願いします」
「自治領内の抗鉱山や油田などから採掘される天然資源は、現在と同じくインド中央政府の鉱業省、天然資源省の管轄とします。利益の四十パーセントにあたる鉱産税を自治政府が徴収し、残額は中央政府の処分に任せます」
「いいでしょう」
ここでデヴェーンドラが交渉に出なかったことは、すこし意外ではあったが、それによってステファナはいっそう、自らの推論への確信を深めた。
「次に、経済についてです。インド本国とのあいだに関税など経済的な障壁は決して設けないものとし、インド企業によるアフガン経済への新規参入には補助金を出します。また、本国から最大限輸入をするものとします。
自治領の最低賃金は本国の三分の二未満とし、出稼ぎ労働者についても本籍地の賃金基準を適用するものとします」
「輸入額について、『最大限』などという曖昧な表現ではなく、自治領のGDPに占める最低割合を数値化したいです。僕的には……名目GDPの三十パーセントでどうでしょう」
「あまりに輸入に頼っても、健全な地域運営は立ちいきません。十五パーセントでどうでしょう」
「それは、明らかに少なすぎる。自治領設置が認められるのは、二十五パーセント以上のときのみ。例外は認められません」
「二十三くらいなら……」
「いえ、二十五は絶対です」
「わかりました」
やはり、そういうことなのだろう。ステファナの推察は、確信に変わった。
「最後に、税制について。自治領の管轄になる税は、本国の州に認められた、地租、農業関連の税、鉱産税、酒税、奢侈税などに加えて、所得税の半分、法人税、資産税、遺産・相続税、印紙税の三分の一とします」
「州並みでもいいのではないですか」
「それでは、GDPの二十五パーセントを占める膨大な輸入や、本国から参入する企業への補助金を賄いきれません」
「一般の州と同様に、中央政府から補助を受ければよいのでは」
「それでは、自治になりませんから」
「……所得税の三割、その他各税の一割五分ならば自治領の取り分にできる。それ以上は厳しい」
「四割と二割五分でどうでしょう」
「三割三分と一割九分までなら」
「それならば、受け入れられます。これで終わりでいいでしょうか」
「うん、僕からは、特に言うことはありません。交渉の結果をニューデリーに伝えます。結果が出るまで、しばらく待っていてください」
交渉が終わるころには、時計は二十時過ぎを指していた。日はすっかり沈んでしまっている。細い月が、寂しげに浮かんでいた。
「お疲れ様です、皆さん。おかげさまで、うっ、ぐふっ、想像以上の成果をあげられました」
皆を出迎えたソラヤは、昼間よりずっとひどい顔色をしていた。
「ソラヤ議長!」
慌てて駆け寄ったラフマトが、いまにも崩れ落ちそうなソラヤを支えた。
「うっ、どうやらわたしも、そろそろ終わりが近いらしいです。いえ、まだ死にはしませんよ。自治領が正式に設置されるまでは、悪魔に魂を売ってでも生き延びてみせます。……そう、ステファナさん。教えていただけませんか、どうやって答えを見つけ出したのか」
ステファナは、一歩進み出た。部屋に居並ぶ仲間たちを見る。まだ勝利が決まったわけではない、けれども彼らの表情には、疲労よりも達成感が強く感じ取られた。
ソファに座り、苦しげに息をするソラヤ。彼女のかつらは、あるべき場所からすこしずれてしまっていた。
「そもそも私が思うに、インドははじめからこの国を侵略するつもりはなかったのだと思います。パキスタンへの侵攻は綿密に計画されたものでした。インド政府は数年間、おもて向き融和を装ってパキスタン側の油断と軍縮を誘い、そのじつ裏では着々と侵攻の準備を進めていたのです。核爆弾の投下で、在パキスタンのインド人も数十万人が亡くなりました。それを覚悟の上で、インド政府は建国以来の因縁に決着をつけた。経済停滞が長く続いていたインドと、二十年前当時には世界でもっとも豊かな国のひとつになっていたパキスタン。圧倒的な人口を持つ大国でも、敗北への強迫観念に襲われるには十分でしょう。
インドは、わずか一日でパキスタンを占領しました。そこまでは計画通りだったのでしょう。しかし、彼らにとって計算外だったのはそのあとです。パキスタン亡命政権の要請に応えたアフガン政府は、持てる軍事力のすべてをつぎ込んでパキスタンを援護してしまった。最大でもその半分の規模までしか想定していなかったインド軍は前線を後退させ、有志軍はパキスタンの首都奪還まであと一歩のところに迫りました」
「あのときのことは、よく覚えている。儂は当時、アフガン軍の中級士官として作戦に従事していた」
ステファナを遮って、ミルが話し出した。
「はじめ、儂らの作戦は順調に進みました。国境を越えた有志軍はインド軍を蹴散らし、パキスタンの残存兵力を吸収して肥大化しました。そして儂らは、イスラマバードに到達した。核兵器による惨状は、言葉に絶するものでした。ソラヤ議長が経験されたものでもありますが、あれはあまりにむごかった……兵力の大半が街に入り、必死の救命をしていたとき。郊外で哨戒をしていた儂は、都市の上空に閃く光を見た。世界を覆いつくすような、巨大なきのこ雲も。
彼らは反撃を予期していなかった、しかし十分対応できたのです。ひとつの街がほんの数日で、二度も被爆しました。
インド軍の地上部隊が再び来襲し、有志軍の生き残りは散り散りになりました。辛うじて生き延びた儂は、故郷のカンダハール市に戻ってレジスタンス組織を結成しました。そうして今、儂はここにいます。……ステファナさん、続きをお願いします」
「……はい。
そのあとインド軍はカブールを空爆し、私の夫を含め多くの方が亡くなりました。あのときのことは、正直思い出したくもありません。しかし、あのときの進駐軍の行動は、今考えればかなり行き当たりばったりでした。占領してみても扱いがわからずに、不満のはけ口くらいに使っていた。そんな時、私を訪ねてきた将校がいました」
「それが、デヴェーンドラさんですか」
ソラヤの相槌にうなずいて、ステファナは続けた。
「当時、インド軍で師団長の地位にあった彼は、会社を売却するよう私に迫りました。夫を亡くしたショックでまともに考えられなくなっていた私は、二束三文ですべてを売り払ってしまった」
ドン、と机をたたく音がした。ラフマトが、拳を震わせている。
「そのせいで、あなたが考えなしに会社を手放したせいで、路頭に迷った人間がいた。私の両親も……」
「ラフマト……ステファナさん、彼が失礼をしました」
慌てるソラヤを遮って、ステファナはラフマトの前に立った。頭ひとつ背の高い彼の眼を、ステファナはしっかりと見つめた。
「私が謝ってすむことではありませんが……申し訳ありません。どのような謝罪も、力を持たないでしょうが。ほんとうに、申し訳なく思っています。私からはひとつだけ。あなたのご両親は、私の命を守ろうと体を張ってくれました。ふたりには、感謝してもしきれません」
「……あなたを許したわけではありませんから」
すこし湿った声で言ったラフマトは、部屋から駆け出していった。
「あ……」
「彼は大丈夫ですよ。すみません、咳がひどい。続けてください」
ソラヤに取りなされて、ステファナはとりあえずまた話し始めた。
「デヴェーンドラはあの後、ほかにも複数の大企業を買収して総督府の管理下に置きました。彼は工業の徹底的な効率化を進めると、その工場をインドの企業に貸し出しました。この工場などは、その過程で放置されてしまいましたが。アフガン経済が築き上げたものをアフガン人不在で借用し、デヴェーンドラはインドに多大な経済利益をもたらしました。原価を著しく安くして商品を生産できるわけですから。我が国の生産体制は崩壊し、インドからの大量の輸入を余儀なくされ、この国は高度成長でせっかく高所得に手が届きかけたというのに、あっというまに貧困地域へ転落してしまいました。
デヴェーンドラは、軍に身を置いていながらとても経済的な人間です。南アジアの財界では最高レベルの知略家でしょうし、中央政権の非公式なブレーンでもあります。彼はアフガンを植民地に作り替えるとすぐ、軍の経営長官へ栄転しました。彼に率いられたインド軍は、ミャンマー、タイ、カンボジア、マレーシア、そしてインドネシアまでを支配し、アフガンと同様の経済的な地域破壊をおこなった。
しかし、半年前。デヴェーンドラは突然、カブール総督に就任しました。地位としては大きく落ちますが、左遷されたわけではありません。それでは、彼はなぜアフガニスタンへ舞い戻ったのか」
いつのまにか、ラフマトも部屋へ戻っていた。ステファナの言葉を待って、誰もが固唾をのむ。
「これがデヴェーンドラ自身の結論か、中央政権の指図かはわかりません。ただ、ひとつ確かなことはあります。インド政府が守ろうとしているのは、鉱業権でも徴税権でも、ましてや軍事的な利益でもない。デヴェーンドラが築き上げた、植民地から搾取し宗主国に利益をもたらすシステムそのものです。だからこそ、不平等な選挙制度への不満が爆発寸前にまで膨れ上がった今年になってデヴェーンドラはアフガニスタンへ赴任したのだと、私は推測しました。彼らとしては、その権益さえ守られればそれ以外のすべては些末なことなのでしょう。
そして、その推察を確信に変える反応がいくつも、彼との交渉のなかにはありました。もし彼らの目的が鉱業なら、相場の数十倍にあたる四十パーセントという鉱産税を認めるはずはありません。しかし、デヴェーンドラはそれを受け入れた。これは、鉱業は彼の眼中にないということを示します。つぎに、徴税権も、私はかなり無茶な要求をふっかけました。もちろん彼は抵抗をしましたが、それはあくまでも形式的なものであり、私たちに圧倒的な有利な結論が出ました。軍備についての証拠はありませんし、それが彼の大きな目的であることは否定しませんが、あまり極端な要求はされませんでした。その一方で貿易に関して、彼は主張を譲らず、極端にインド有利な条件を獲得しました。もう明らかですね、デヴェーンドラの目的は。もちろんこれは全て、状況証拠からの推論です。けれども、私は自信をもってこの説を推します」
独立軍の幹部面々が息を呑む音が広がった。ソラヤが、ラフマトの助けを借りて立ち上がる。
「さすがです、ステファナさん。あなたがいなければ、われわれはおそらく独立を果たすことはできなかったでしょう。たとえできたとしても、財源を中央政府に依存する弱い政権になってしまっていたことは明らか。ほんとうに、ありがとうございます」
「いえ、大したことはしていませんから。そして最後に、まだひとつ謎が残っていますよね」
「……そもそもなぜ、デヴェーンドラ将軍はこのキャンプへやってきたか。そうですね」
ソラヤの答えに、ステファナは満足げにうなずいた。部屋はもう完全に、ステファナの独壇場と化していた。聴衆のニーズを完全につかんだうえで、それ以上を魅せる。かつてのステファナが得意としたことだ。
「そもそもこのアフガン独立軍は、デヴェーンドラも言っていたように、インド中央政府にはまったく認められていない非合法組織です。ほんらい、交渉のテーブルに着けるかどうかすらも怪しかった。それがどうして、自治領の首班を占めることができるのか。
これもやはり、状況証拠からの推察でしかありませんが……現在アフガニスタンは、総督と行政官を兼ねるデヴェーンドラを頂点とした、準州行政府に統治されています。そのメンバーの大半は、インド本国から派遣されたエリート官僚です。しかしこの仕組みはあまりにも短所が多い。まず、統治される側のアフガニスタン人にこの組織はひどく嫌われています。侵略者の組織ですから、好かれるはずがない。行政側は教育を通じて市民に親インド感情を醸成しようとしましたが、地域社会の強い抵抗によって失敗に終わりました。
一方でこの、ほとんど功を奏していない植民地支配のために、有能な公務員がおおく動員されています。みな、インド本国の発展に必要とされている人材です。とうぜん彼ら自身のやる気も上がりませんし、ニューデリーは慢性的な人手不足に陥る。
それならばいっそのこと、細かい行政は現地勢力に任せてしまって、軍事と貿易による利益だけを手にしたい。じつに経済的な性格をしたデヴェーンドラならば、そう考えてもおかしくはありません。
そして、政治を任せるのにちょうどよい現地勢力として彼がはじめに思い浮かべたのが、このアフガン独立軍なのでしょう。大小多くのレジスタンス組織が結集してできたこの集団は、いま現在アフガニスタンに存在する諸勢力では最強のものです。向こうとしてはおそらく、こちらの用意ができない内に訪ねて、インド有利な条件を引き出したかったのでしょうが、われわれの努力がそれを覆せたのでしょう。皆さん、今回は私の案に乗ってくださりありがとうございます。しかし、自治領の制度を作っていくという意味ではこれからが本番です。忙しくなるでしょう。
われわれの提案は、認められないかもしれません。その時は、徹底して戦うまでです。しかし、このメンバーに加えて、これから国じゅうの才能を集めれば、向かうところ敵なしだと確信しています」
わっ、と歓声と拍手が巻き起こった。
その時。部屋の扉が、勢いよく開かれた。
「ああ、失礼。盛り上がっているところでしたね。首相からの伝言は、また改めてお持ちします」
デヴェーンドラだった。場の空気が、急速に冷える。
「はは、ノックを失念していました。それでは、失礼して……」
「いえ、ここで教えてください」
「あなたは……」
皆が、声の主のほうを向いた。
「ソラヤ・シャハラミです」
多少たどたどしい英語の発音ながら、ソラヤが最前に進み出た。
「あなたが、独立軍の議長どのですか。ずいぶん苦しそうにされていますが、体調はいかがですか」
デヴェーンドラにつかみかかろうとするラフマトを、周囲が必死で抑える。
「大丈夫です」
「……まあ、何はともあれ。首相からは、一文のみ。『デヴェーンドラ・サマルジット・シン行政官の決定を尊重し、アフガニスタン自治領の設置を認める』とのことです」
静かな歓喜が、さざ波のように人々のあいだを伝わった。
「さて、僕としては明日にでも条文を策定する作業に入りたいのですが。これから一月程度で、制度だけでも完成させたいところです」
「ええ、よろしくお願いします。ですが、ひとまず今宵だけは喜びに浸からせてください」
ステファナが、ソラヤに代わって答えた。
「いいでしょう。僕としても、朝はやくから働きづめで疲れているところです。それでは明日、カブールで待っています」
デヴェーンドラが立ち去ってから、数秒間の沈黙があった。そして、大きな歓声が部屋じゅうを、キャンプじゅうを、そして国じゅうを沸かせた。
新たな時代のはじまりを、誰もが歓迎していた。たとえそれが、完璧なものでなくとも。昨日より今日が、今日より明日がすこしでも良くなれば、世界はきっと素晴らしいものになる。
大時計が、十一回目の鐘を鳴らした。




