再起 2123
「失礼します、こちらにステファナ・フィーガード氏はいらっしゃいますか」
「はい、私がそうですが。何でしょう」
若い男が、雑貨屋の戸を開くなり店主の名を呼んだ。
「ソラヤ・シャハラミの使いとして参りました、ナディムと申します」
「帰って」
「そこをなんとか。あなただって、この国を変えなければいけないと思っているんでしょう。一度でいい、我々の拠点へ足を運んでくださいませんか」
「こういったときは、そちらから出向くのが筋というものではありませんか」
「議長は、各方面から命を狙われています。外出は難しいのです」
「そう、それなら話は終わり。商売の邪魔になるから、帰って」
「……そのガムをください」
諦めて帰るかと思われたナディムの注文を意外に思いつつ、ステファナは雑貨店主として為すべきことをした。
「ひとつ二百ルピー、二つ買うと一割引きだよ」
「パイナップル味とリンゴ味を一つずつ、支払いは現金でお願いします」
ナディムは小銭といっしょに、小さく折り畳まれた紙片をステファナに渡した。
「あなたは、こんなところで終わる人ではないはずだ。復讐の炎を、いま一度燃え上がらせてください」
ステファナにそう耳打ちすると、ナディムは口にガムを放り込んでから去っていった。
紙片に記されていたのは、ソラヤ・シャハラミの潜伏先とおぼしき住所。この田舎村からそう遠くはない地方都市の郊外だった。
思い出すのは、あの日のこと。ステファナは、人生をかけて築き上げたものを一夜にして失った。彼女には企業を再興して、急速に勢いを失いつつあったアフガニスタン経済を活気付ける将来もあった。しかし、ステファナはその責任から逃げた。
ナヴィードを亡くしたショックで意欲を失ったステファナは、占領軍に要求されるがままに利権を売り払うと、故郷に移り住んだ。
数年間は絶望のなかで引きこもっていた彼女は、起業家時代の貯蓄を元手にして小さな雑貨店を開いた。重税を支払うと手元にはほとんど収入が残らない。しかし、ステファナには田舎の慎ましやかな生活では一生をかけても使い果たせないほどの貯蓄があった。
その生活も、もう十数年になる。周囲の村人の困窮度合いは、しだいに増していっていた。国内産業が衰亡し、必需物資も輸入品に頼ることとなったため、物価の上昇もはげしい。
占領者によって設定された移行期間が終わり、アフガンが大国の一部として認められればこの苦難は終わる。市民の多くは、そう信じて十九年間を耐え抜いてきた。しかし、移行期間終了からおよそ一年後、先月の総選挙では、自治を訴えた「アフガン自由党」はじめ多くの政党の候補が、書類の不備を理由に立候補取り消し処分。人口比からみても明らかに僅少なアフガニスタンの小選挙区には、政権よりの政党にしか立候補が許されなかった。抗議デモは三桁にのぼる犠牲者を出して鎮圧され、人々はせめてもの抵抗として投票をボイコットし、法律に定められたものより幾分多い罰金を支払った。
際限なく膨らみ続ける支配者への反撥を燃料として、従前より山間部などに残っていたレジスタンス勢力が一致団結。中規模軍事組織「アフガン自由聖戦士隊」の隊長、ソラヤ・シャハラミが議長となって、「アフガン独立軍」が組織された。
反政府組織は急速に勢力を拡大し、いくつかの郡を占領。はじめに交戦した各州のアフガン人部隊はおしなべて士気が低く、インド本国から急遽派遣された部隊が投入され、戦局は膠着状態におちいった。
『復讐の炎を、いま一度燃え上がらせてください』
ナディムのひとことが、脳裏にこだまする。ナヴィードは死の直前、ステファナに「みんな」を託した。「みんな」とは、いったい誰なのだろう。ステファナ&ナヴィードの従業員、この国の人々、侵略者たち? もうずっと記憶の奥底にしまい込んでいたあの瞬間が追想される。手の平に触れる体温がすこしずつ失われていく、その感触。灰混じりで冷たい、冬の夜の空気が、まるでいまこの場のことのように感じられた。
このまま戦乱が長引けば、多くの命がまた喪われるのだろう。パキスタンとアフガニスタンへの侵略戦争の死者は、一億人に迫るともいわれる。一億通りの人生、一億通りの夢、一億通りの慟哭。あまりに大きな悲しみからようやく立ち直ろうとする人々を、無慈悲な死神は殺してしまおうというのか。
自分が生き残ってしまったのは、今この時のためではないか。この国を投げ出した者として、この国を救う責任が、自分にはある。ステファナはそう思った。
気がつけばステファナは、店のシャッターを下ろしていた。
中古の軽自動車で三時間、紙片に記された住所には巨大な廃工場があった。久しく目にしなかったロゴマークが、はんぶん色褪せてもなお輝いている。
かつてステファナが買収し、管理していたICチップの工場。屋内の機械は撤去されて久しく、沙漠の砂に埋もれるのを待つだけだった廃工場は、反政府組織の拠点としてあらたな生を得ていた。
「ようこそ、ステファナ・フィーガードさん。議長がお待ちです」
もうずっとその存在すらも忘れ去っていた工場に再会し、当時を思い返していたステファナは、声を掛けられるまでナディムが近づいてきていたことに気が付いていなかった。
「こちらです。足元が悪いので、お気を付けて」
装甲車の隙間に民兵のテントが並ぶ、生産ラインの広大な跡地。高い天井にところどころ見える風穴は、ブルーシートで覆い隠されていた。そこを突っ切った反対側に、工場の管理事務所がある。
ナディムのノックに応えて、扉が内側から開いた。扉を開いたのは、地味な風体をした若い男。その奥、小ぎれいに整ったデスクに、三十ほどの女が掛けていた。
「お待ちしていました、ステファナさん。すみません、聞き苦しい声で」
点滴に繋がれた左腕を押さえながら、ソラヤ・シャハラミはゆっくりと立ち上がった。包帯で巻かれた顔の左半分を隠す色素の薄い長髪は、つむじの向きが明らかに不自然で、かつらであることが見て取れた。
「議長、いいのですか、立ち上がって」
地味な男が、ソラヤを支える。
「大切な方をお迎えするのだ、失礼のないようにしなければ……うっ、ごほっ」
乾いた咳をどうにか収めたソラヤは、ステファナのほうを見据えた。
「お会いできて光栄です、ステファナさん。アフガン独立軍の議長、ソラヤ・シャハラミです」
「ステファナ・フィーガードです、よろしく。……私は、表舞台から退いてもう二十年になります。そんな私にいったい、何の用でしょうか」
「まず、事後になってしまい申し訳ないのですが、この施設の使用許可をいただきたいです。これ以上勝手に占拠しているのでは、これからこの国を救おうという組織として申し訳が立ちませんから」
「私はもう、この場所に権利もなにも持っていませんから。私に許可を求めることではありませんよ。それで、私を呼んだわけは、それだけではありませんよね」
「はい。ステファナさん、あなたにはインド政府との交渉をお願いしたいと思っています」
「私に?」
「ええ。あなたはかつて、高い交渉力と適応力で一時代を築きました。その能力で、このアフガニスタンに自治を勝ち取ってほしいのです。
かつて、大英帝国、ソビエト連邦、そしてアメリカ合衆国の支配を打ち破り『帝国の墓場』と呼ばれたこの国ならば、インド連邦からも独立できる。わたしはそう言って仲間たちを鼓舞してきました。しかし、現実的にみてそれは厳しい。彼我の軍事力の差は歴然です。消耗戦に持ち込まれてしまえば、わたしたちにはまず勝ち目がない。たとえ勝てたとしても、膨大な時間をかけ、莫大な犠牲を払ってしまってからでは意味がありません。ある程度の自治権を認めさせてから経済力と軍事力を育て、長期的な視野で独立を目指すべき。ステファナさん、あなたならば分かってくれますね」
早口でそう捲したてたソラヤは、一日分の覇気を使い果たしてしまったかのように、へなりと席になおった。
「……私も、その考えには賛成です。この国は、このままでは滅びてしまうばかり。搾取を止めることには協力しましょう」
そこまで言って、ステファナは言葉を止めた。ナヴィードの最期を思い返す。彼が伝えたのは……
「私がすべきことは、復讐ではない。私の夫は、インド軍に殺された。死の間際に彼は、私の母語で感謝を伝えてくれた。彼が、私のことを理解しようと言葉を学んでくれていたことは、嬉しかった。
彼は最期、私に『みんな』を託した。それはたぶん、この国で虐げられている人々すべてのことだと思う。
私が確かめたいことは、ただひとつ。あなたの戦う理由を聞かせて」
数秒、ソラヤは黙ってステファナを見つめた。そして、決意を固めたように深呼吸をすると、彼女はおもむろにかつらを脱ぎ、顔の包帯を巻きとった。
露わになったのは、毛髪のはげ落ちた頭。そして、岩のように変形した顔の表皮。離れて見ると、隕石に穿たれて穴だらけになった月面のようだ。彼女の左目は、膨張したあと硬化した瞼によって覆い隠されていた。
「……ケロイド……」
「正確には、その痕です。
わたしは二十年前、家族とパキスタン旅行に出かけていました。郊外のテーマパークで遊んだ時間、あれこそが生涯で最も輝かしい数日間でした。あの日、わたしははしゃぎすぎて風邪を引いてしまった。家族はみな市街地に出かけてしまい、わたしは郊外のホテルに残っていました。退屈に思いながら天井を見上げたその時、わたしの左に開いた窓から強烈な光と熱、しばらく遅れて爆風を受けた。インド軍がパキスタンの諸都市に落とした核爆弾のひとつです。
左半身にひどい火傷を負ったわたしは、朦朧とした意識のまま必死に、家族を求めて市街地へ向かいました。火傷は二年後にはケロイドになり、わたしの半身は目も当てられない状態になった。放射線量の高い地域に何日もとどまったための被爆は、わたしの身体を長年にわたって蝕みました。五年ほど前に発症した白血病は、この身分です、闇で手に入れる薬を飲むぐらいしか出来なかったせいで、みるみるうちに悪化しました。今では、こうして話をすることがやっと。わたしの命はもう、長くはないでしょう」
そこまで話して一息をついたソラヤは、地味な青年の差し出したコップから水を飲んだ。ステファナも、それに倣ってボトルを空ける。
「街の中心に近づくほど、被害は増していきました。全身に、わたしとはくらべものにもならないほどひどい火傷を負って、水を求めてさまよう人たち。沙漠地帯です、もともと多くはない水にようやくありついた人々は、けれどもばたばたと死んでいきました。死体、死体、死体。頭を半分失って、四肢がもげ落ちて、正気を保てない痛みに襲われながら、それでも死なれずに助けを呼ぶ人間。だんだんと、何も感じなくなっていきました。家族が目的地に挙げていた名所旧跡、博物館、美術館。みんな、鉄骨が残っていればよいほうでした。爆心地近くでは、死体すら残らない。しばらく家族を探して、無駄と悟ったときは、ほんとうに絶望しました。
大勢の難民に紛れてカイバル峠を越えたときは、故郷に帰ればどうにか生きていけるだろうと、ほんの小さな希望を持っていました。しかし、地元のカブールにたどり着いても、自宅の近所はすっかり焼け野原で、友人や親戚も見つかりませんでした。ご丁寧に空爆を避けられていた小学校で、途方に暮れていたとき、声をかけてきた人がいました。おいしい食事をあげる、そう誘われたわたしは、占領兵に付いて行ってしまった。連れていかれたさきで行われていたのは、抵抗する手段を持たない少女たちにおぞましい凌辱を加える、口に出すことすらはばかられるような……わたしは隙をみてなんとか逃げ出せましたが、あの施設に囚われていた子供たちを救い出すことはできなかった。
わたしは、侵略者を心の底から憎んでいます。もちろん、わかっている。彼らにも生活があるし、故郷ではむしろ善良な市民かもしれない。彼らにとってはのっぴきならない事情があったのかもしれない。けれども、だからこそ、わたしの目標は十五億の侵略者すべてにこの苦しみを味わせることなのです。それが達せられるのはわたしが死んだあと、何年何十年も先でしょう。けれども、その大きな第一歩を踏み出すのは、わたしであるべきなのです。
感情に呑み込まれた愚か者、と謗ってください。どうせわたしの命は、長くはありませんから。わたしは、世界に示したい。無力だった少女の復讐劇を。徹底的に傷つけられた弱者の逆襲を。そして、死ぬ前に一度でいい、偉大な栄光が欲しい。くだらない勲章を欲しがっていた略奪兵どもが、地団駄でアスファルトを踏み抜くような。
わたし自身で交渉してしまえば、きっと怒りと憎しみで暴走してしまう。それでなくとも、私の経験値では老獪な敵から良い交渉結果を勝ち取ることはできません。
ステファナさん、わたしはあなたに親近感を覚えてきました。あなたはご存じないでしょうが、ステファナ&ナヴィードの創業日とわたしの誕生日は一緒なのです。これは、ただの偶然ですけれどね。そうでなくとも、あなたもわたしも、侵略者に大切なものを奪われた同士です。あなたにいつかお会いしたい、この苦しみを分かち合いたい、ずっとそう思ってきました。あなたならば。あなたならば、分かってくださいますね、この思いを」
ステファナが言えることは、なにもなかった。ソラヤの奥底に渦巻く、深い憎悪と渇望。ステファナはそれを痛いほど感じ取った。ステファナも、大切な存在を失った。悲しみ、嘆き、一度は世界に絶望もした。しかし彼女にはまだ、そんな自分を受け入れてくれる故郷と、生みの両親がいた。仲間がいる環境で彼女は傷を癒し、人生に再び希望を見出した。
それは、ソラヤには叶わないことだった。家族を失ってから彼女の人生には、おそらく何年ものあいだ味方は現れなかったのだろう。それが彼女を、決定的に変えてしまった。
そしてそれは、ひとつにはステファナの責任でもある。ステファナが企業を進駐軍に売り渡したことで、多くの人間が職を失った。そのせいで、命を失う羽目になった者もいた。
ステファナとナヴィードは、国じゅうの慈善事業への寄付を欠かさなかった。アフガンの私営孤児院は、その経費のかなりの割合をふたりに依存していた。インドによる侵攻後、寄付も公的支援もほとんど受けられなくなった孤児院は相次いで閉鎖され、都市の浮浪児はその数を大きく増やした。そのなかにはきっと、ソラヤもいたのだろう。ソラヤは、ほんらいなら孤児院で信頼できる大人に出会い、傷を癒すことができたはずだった。
ステファナが、あまりにもつらい現実から逃げ、自分ひとりだけの平穏を手にしようとしたこと、それは大きな罪だった。ソラヤだけではない。いったい、どれだけの子供たちが、世界を憎んだまま成人していったのだろう。
「……ごめんなさい。私が無責任で。力を、自ら進んで放棄してしまっていて。私とあなたの理想は少し違うかもしれない、けれども大枠は同じ。ここで対立してしまってはなにも手に入らない、私にできることならば協力しましょう」
「そう言ってくださると思っていました、ありがとうございます。うっ、ごほっ。ラフマト、ステファナさんに資料をお渡しして。すこし、無理をしてしまいました。続きはまた明日にさせてください」
ずっと部屋の片隅にいた地味な青年が、クリップで留められた分厚い紙束をぶっきらぼうにステファナへよこした。アフガンの諸勢力、南アジア各国とそれを取り巻く国際情勢についての詳細な分析や、インドとの自治交渉で使いうる条件の列挙。細かい英字でぎっしりと埋まった文章は、通読するだけで四時間は必要だろう。
「外にナディムを待たせてあります。彼が宿舎へ案内するでしょう。ゆっくり休養なさってください」
扉を開いたラフマトは、いくらか悪意の混じった目でステファナを見遣ると、室外を顎で示した。
「ソラヤさん、明日もよろしくお願いします」
「はい」
ラフマトが勢いよく扉を閉めるのを待って、ステファナは低い溜息をついた。今日は、どっと疲れた。だのに休めない、その感覚は二十年来なかったもので、どこか懐かしさもあった。
「その様子だとどうやら、あっしらと戦っていただけるようですね」
民兵たちと談笑していたナディムが、部屋から出てきたステファナに駆け寄った。
「荷物、お持ちしますよ。どうでした。ソラヤ議長があなたにサインを求める方に、今晩のデザートを賭けたんです」
「サイン?」
「ええ、議長はあなたの大ファンですから。あ、その様子だと隠しておいた方がよかったかな。議長は怒ると手の施しようがありませんから。あっしとそう変わらない歳であれほどの地位に就いただけあって、政治力も指導力も折り紙付きですがね。たまに恐いのが玉に瑕です」
「私はもうそんな歳でもないのに。あした彼女を、そのネタでからかおうかな」
「そいつはやめておいた方がいいですよ。ラフマトくんに殺されかねない。彼はソラヤ議長を崇拝していますからね。一部ではラフマトくんを議長の恋人みたいに言う者もいますがね、あっしは絶対にそんなことはないと確信しています。彼の議長を見る目は、この世の神を見る目ですよ。あんまりこういうことを言うと、あちこちから怒られますがね。しかもステファナさん、彼はあなたを心底嫌っている。あなたを招く案に最後まで反対していたのは彼なんですよ。ラフマトくんがソラヤ議長に逆らうのは、恐らくあれが最初で最後でしょうね。何があったか知りませんが。ああ、そうそう。今日の晩飯はですね、人参のたっぷり入ったパラウです。このキャンプの食事メニューは、議長の方針で直前まで厳重に隠されているんですがね、あっしの予想はなんと六割の確率で当たるんです」
「はあ」
「しかしですね、ここの料理はまったく不味いんです。町へ出かけることもできないし、なかなか辛いものがありますね。あああ、宿舎はもうすぐそこです。窮屈な部屋ですが、必要なものがあれば言ってください。食事はお持ちしましょうか、どうせみんな自分のテントで食べますし」
「それじゃあ、よろしく」
固い寝台に倒れ込む。ひどく疲れていて、けれどもわくわくするような気分だった。こういった交渉は二十年ぶりにするし、あのころと違って命が掛かっているぶんずっと深刻だ。むくりと起き上がったステファナは、部屋のがたついた椅子に座ると、埃っぽい机に資料を広げた。
ナディムが運んできた夕食はたしかにパラウだったが、人参はまったく入っていなかった。この料理を口にするときいつも、亡き夫と過ごした時間を思い出す。人生で一番幸せだった瞬間と、一番苦しかった瞬間を。パラウはステファナの大好物で、それでいてもっとも嫌いな料理だった。
スプーン片手に、資料を読み進める。もうずっと、ときたまテレビを見てはなんとなく把握するだけだった世界情勢が、実像を持って眼前に立ち上がるのが感じられた。自然と、状況を改善するための策も見えてくる。アイデアを出し、煮詰め、形にしていく。忘れかけていた感覚が、以前よりずっと冴えわたって脳内を駆け巡る。一晩経てば、アイデアの九割は荒唐無稽と看破されるだろう。しかし、残りの一割は珠玉の知恵だ。二十年前は苦手として、ナヴィードに任せきっていた広い視野の考えも、いまのステファナにはお手の物だった。それは、彼からの贈り物だろうか。
湧き上がるアイデアを余白にメモしながら、資料を読み進める。最後の一ページを読み終えたのは、東の空が白みはじめるころだった。少しでも休もうと横になる。心地よい疲れに、ステファナはあっというまに眠りに落ちていった。




