第一話 魔王軍、ブラックすぎる
朝。
目が覚める。
……いや、正確には起こされた。
「ノワール様。朝でございます」
静かな声。
目を開けると、そこには昨日の白髪美女――リリアがいた。
「……おはよう」
「おはようございます」
普通に返された。
なんだろう、この落ち着いた感じ。
昨日の“神です発言”が嘘みたいだ。
「……とりあえず確認したいことがある」
「はい」
「ここ、本当に魔王軍なんだよな?」
「はい」
即答だった。迷いが一切ない。
「……そうか」
軽く頭を抱える。
現実逃避しても仕方ない。
「で、その魔王軍ってのは……どんな組織なんだ?」
そう聞いた瞬間。
リリアの表情が、ほんのわずかに曇った。
「……ご説明いたします」
なんだその“嫌な予感しかしない前振り”。
「現在、魔王軍は大陸の三割を支配しております」
「おお、結構強いな」
「ですが――」
来た。
「慢性的な人手不足により、前線の兵士たちは長時間労働を強いられております」
「……は?」
「一日の平均労働時間は、およそ十八時間」
「は??」
「休暇は基本的に存在せず、戦況によっては連続徹夜も珍しくありません」
「いやいやいや」
思わずツッコミが漏れる。
「それ、普通に死ぬだろ」
「はい。実際、過労による戦闘不能者も多数出ております」
「ダメだろそれ!?」
思ったより酷い。
いや、前世より酷い。
「さらに、上層部からの命令は絶対であり、異議申し立ては許されません」
「ブラック企業のテンプレかよ……」
頭が痛くなってきた。
いや、今回は本当に物理的じゃない。
精神的にだ。
「……ちなみに聞くけど」
「はい」
「残業代とかは?」
「残業、とは何でしょうか?」
「あ、終わってるわ」
完全にアウトだ。
「なお、成果を出せなかった者には処罰が下されます」
「どんな?」
「減給、降格、最悪の場合は処刑です」
「重すぎるわ!!」
命の扱いが軽すぎる。
ブラックどころの話じゃない。
もはや地獄だ。
「……なんでこんなことになってるんだ」
思わず呟く。
すると、リリアは静かに答えた。
「前魔王の方針です」
「あー……」
納得した。
前任がクソだったパターンだ。
どこの会社も同じだな、おい。
「……で」
一度深呼吸する。
「俺に、それをどうにかしろって?」
「はい」
即答。逃げ道なし。
「ノワール様にしか、できません」
「なんでだよ」
「あなたは“外の世界”を知っているからです」
「……なるほどな」
確かに。
この世界の住人からしたら、それが“普通”なんだろう。
だから誰も疑わない。
「……でもさ」
ふと疑問が浮かぶ。
「なんで俺なんだ?別に俺じゃなくてもいいだろ」
そう言うと、リリアは一瞬だけ目を伏せた。
そして――
「魔王軍は、もう限界なのです」
静かに言った。
「このままでは、いずれ崩壊します」
その言葉には、嘘がなかった。
「……だから、変える必要があると」
「はい」
「そのために、俺を呼んだ?」
「はい」
迷いのない返答……本気、か。
「……分かった」
頭をかく。
覚悟を決めるしかない。
「やるよ」
リリアの目がわずかに見開かれる。
「ただし――」
指を一本立てる。
「やるからには、中途半端はしない。徹底的に変えるぞ。ブラック企業は、全部ぶっ壊す」
言い切る。
前世でできなかったこと。
それを、ここでやる。
リリアは、ゆっくりと頭を下げた。
「ありがとうございます、ノワール様」
「……まだ礼を言うのは早い」
「まずは現状把握だ」
「四天王、全員呼べ」
「かしこまりました」
リリアはすぐに部屋を出ていく。
行動が早いな。
秘書として優秀すぎる。
「……さて」
一人になった部屋で呟く。
「魔王軍、ね」
異世界。
魔王。
四天王。
普通ならワクワクする状況のはずだ。
だが――
「中身はブラック企業とか、笑えねえよ……」
苦笑が漏れる。
だが、やるしかない。
ここが俺の“職場”なんだから。
しばらくして扉が開く。
「失礼いたします」
リリアの声。
その後ろから、三人の影が現れる。
「ノワール様。四天王をお連れいたしました」
ついに来たか。
俺はゆっくりと顔を上げる。
「……へぇ」
思わず、そんな声が漏れた。
そこにいたのは――
明らかに“普通じゃない”連中だった。
「ガッハッハ!! 目が覚めたようだな、魔王様!」
大柄な男が豪快に笑う。
「ふん……本当に使えるのか? 新しい魔王が」
猫背の男がぼそりと呟く。
「えへへっ、それってさぁ……おもしろいことしていいってこと?」
小柄な少女が楽しそうに笑った。
……濃い。
キャラが濃すぎる。
「……なるほどな」
小さく呟く。
「これが、俺の部下か」
ブラック企業どころか、クセ強集団じゃねえか。
「よし」
一度息を吐く。そして――
「まずは話し合いだ」
三人を見据えて言った。
「これから、この魔王軍は変わる」
静まり返る部屋。
全員の視線が、俺に集まる。
「残業は禁止。無茶な命令も禁止。命の使い捨てなんてもってのほかだ」
言い切る。
そして、最後に一言。
「文句あるやつは、今言え」
一瞬の沈黙。
そして――
「……は?」
三人の声が、綺麗に重なった。




