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序章 社畜、転生する

 30連勤。

 普通の人間なら、とっくに壊れているらしい。

 だが――俺はまだ働いている。


 俺の名前は黒沢啓太。29歳。ブラック企業勤務。

 そして今日も、当然のように会社にいる。


「黒沢君、ちょっと来なさい」


 来た。一番面倒なやつだ。


「……はい」


 部長の前に立つと、分厚い原稿を机に叩きつけられた。


「黒沢君。君が持ってきた原稿だがね」


 あ、終わった。


「誤字脱字が多すぎる。こんなもので、我が社の製品をアピールできると思っているのか?」

「……申し訳ございません」


 ――長いな、これ。


 頭の中でため息をつく。

 他にも仕事が山ほどあるのに、これで一時間は潰れる。

 ……いや、もっとか。

 


 ――二時間後。


「……だから、もう一度書き直せ」

「……わかりました」


 やっと終わった。

 予定より長い。最悪だ。


「はぁ……」


 自席に戻り、椅子に腰を下ろす。


「怒られる時間、伸びてないか……?」


 そんなことをぼやいた、その時だった。


 ――ズキン。 


「……っ?」


 頭に、これまで感じたことのない痛みが走る。

 やばい。直感で分かる。

 これは、普通じゃない。 


「……くそ……」


 視界が揺れる。

 立っていられない。


 そのまま―― 


 バタッ。


 机に倒れ込んだ。


(ああ……これ、終わりか……)


 意識が遠のいていく。


(どうせなら……もうちょっと……マシな人生、送りたかったな……)


 最後に浮かんだのは、そんな後悔だった。 


「――なら、やり直す?」


 声がした。

 いや、違う。

 頭の中に、直接響くような感覚。 


「……誰だ……?」


 かすれる声で問いかける。


「私は…この世界でいう神。あなたの願いを聞き届けに来たの」


 ……神?


「……願い?」

「言ってたでしょ? “もうちょっといい人生を送りたい”って」


 ああ……確かに言った。

 さっき。


「……そんなの、叶うのか……?」

「私は、不可能は言わないわ」


 やけに自信満々だな。

 ……どうせ死ぬなら、乗ってみるか。


「……じゃあさ」


 少し考えて、口を開く。


「今度は……ちゃんとした環境で働いてみたい」


 どうせなら。


「俺が……変えてみたい」 


 一瞬の沈黙。そして――


「いいわ。その願い、叶えてあげる」


 そこで、意識は途切れた。

 

 ――――――――――


 目を覚ます。見知らぬ天井。


「……ここ、どこだ?」


 体を起こす。

 やけに身体が重い。

 ベッドから降り、周囲を見渡した。


「……なんだこれ」


 広い。やたらと広い。

 そして、豪華だ。どう見ても――


「貴族の部屋、だよな……?」


 違和感。

 いや、それどころじゃない。


「……まず、自分の状態を確認するか」


 近くにあった鏡へ向かう。そして――


「……は?」 


 映っていたのは、見知らぬ“化け物”だった。

 軽く2メートルは超える巨体。頭には、大きな角が二本。


「なんだよ……これ……」


 ――魔物。

 どう見ても、人間じゃない。


「……はは」


 乾いた笑いが漏れる。


「転生って、こういうパターンかよ……」

「魔王様、いかがなさいましたか?」


 声がした。俺は振り返る。

 そこにいたのは――白髪の女性。思わず息を呑む。


 整いすぎた顔立ち。非現実的な美しさ。


「……魔王様?」


 今、なんて言った?


「え……魔王?」 


 つい口に出してしまう。

 すると、彼女はほっとしたように微笑んだ。


「ああ、よかった」

「……?」

「新しい魂に、きちんと入れ替わったようですね」

「……は?」


 何を言っているのか分からない。


「魔王様。私のことは分かりますか?」

「いや、全然」


 即答する。 


「ここはどこだ。あんたは誰だ?」


 女性は一礼した。 


「私は、魔王軍四天王筆頭――そして魔王様の秘書」

「ムーンヴェイル・リリアと申します」


 四天王。

 秘書。

 ……情報量が多い。


「ここは、魔王ノワール様が支配する魔王領でございます」 

「……ノワール?」 


 それ、俺か?


「え、ちょっと待て。俺の名前、それ?」


 厨二病かよ。


 内心でツッコミを入れていると、リリアが口を開く。


「ノワール様。転生前の記憶は、どの程度残っていますか?」

「……神みたいなやつと話したのは覚えてる。願いがどうとか」


 一拍。 


「――あれ、私です」

「…………は?」


 思考が止まる。 


「いやいやいや。神って言ってなかったか?」

「はい。ですから私です」


 意味が分からない。

 だが、リリアは真剣な表情で続けた。


「ノワール様には、この魔王軍を――」 


 一瞬、言葉を区切る。


「 “改革”していただきたいのです」

「……は?」


 またそれか。 


「いや、状況が全く分からないんだが」

「……そうですね」


 リリアは小さく頷いた。


「本日はお休みください」

「明日、他の四天王をご紹介いたします」


 そう言い残し、部屋を出ていく。


「……なんなんだよ、これ」


 静まり返った部屋で、ひとり呟く。


 

 ブラック企業で過労死して――気づけば、魔王に転生。


「……いや」


 少し考えて、息を吐く。


「悪くない、かもしれないな」


 どうせやり直せるなら。


「今度こそ、まともに生きるか」


 そう呟いて、ベッドに倒れ込んだ。


 その頃、別の部屋にて。


 ――だが、この時の俺はまだ知らなかった。

 この魔王軍が。

 かつての職場よりも――


 よほど“ブラック”だということを。 


 そして。


 その地獄を、俺自身の手で変えることになるということも。

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