第7章 隠された微笑み
「ねえ……ライラのパパのことで、そんなにニヤニヤしてるの? まるで宝くじにでも当たったみたいな顔して」
サスキアの声には明らかなからかいの色が混じっていたが、その瞳は鋭い観察眼を光らせていた。
彼女は私の行く手を阻むように廊下の真ん中に立ちふさがっている。
「な、何言ってるの……違うわよ。彼とは何の関係もないわ」
私は食い気味に否定した。
早すぎた。
熱い感覚が首筋から頬へと一気に駆け上がっていくのがわかる。
最悪だ。私の体は、こういう肝心な時にいつも言うことを聞かない。
サスキアは首を傾げ、獲物を見つけた猫のような目つきで私を凝視した。
彼女は周囲に聞こえないよう声を潜め、わざとらしい恋する乙女のような口調を真似る。
「じゃあ、さっきの手の振り方は何? 『おはようございます、お父様』って感じじゃなかったわよ。あれは完全に『いってらっしゃい、あなた。お仕事頑張ってね、ちゅっ』って感じだったわ」
息が詰まった。
喉がカラカラに乾くような感覚に襲われた。
「サスキア! 変なこと言わないでよ!」
反論しようと口を開いた瞬間、誰かが私のブレザーの裾を小さく引っ張った。
「エラ先生!」
二人で視線を落とすと、そこには瞳をキラキラさせたライラが立っていた。
「今夜もまた一緒に勉強しようね! パパが、先生がいてくれると楽しいって言ってたもん!」
ドキン!
時が止まったような気がした。
私は恐る恐るサスキアの方を見た。
彼女の目はこれ以上ないほど見開かれ、目を丸くし、口をあんぐりと開けて、今にも今にも吹き出しそうだ。
「ほう……ほう……ほう……」
サスキアは一音一音を強調するように、ドラマチックに頷いた。
「一緒に……べ・ん・き・ょ・う?」
心臓が口から飛び出しそうだった。
「さあ、ライラ! 教室に入るわよ!」
私は問答無用でライラの小さな手を握った。
ライラを優しく急かして、サスキアという名の危険地帯から遠ざける。
「あそこに長くいると、キア先生に噛みつかれちゃうからね」
適当な嘘を吐きながら、私は早足で歩いた。
ライラは楽しそうにクスクスと笑い、小さな足で私の歩幅に合わせようと一生懸命についてくる。
背後からは、サスキアの満足げな高笑いが廊下に響き渡っていた。
一年A組の教室に入ると、私はようやく深く長い息を吐き出した。
チョークの粉の匂いと床用洗剤の香りが、高ぶった神経をわずかに鎮めてくれる。
「ライラ、席に座って準備しましょうね」
私はライラのランドセルを下ろすのを手伝いながら声をかけた。
「はーい、先生!」
私は教卓へ向かい、仕事用のバッグを置いた。
その横には、家から持ってきた茶色の紙袋がある。
中には、午前四時に起きて丁寧に洗濯し、アイロンをかけたディオさんのデニムジャケットが入っていた。
それはまるで、手渡される瞬間を待っている時限爆弾のようだった。
「よし、みんな! おはようございます!」
自分の動揺をかき消すように、私は努めて明るい声を出した。
「おはようございまーす、エラ先生!」
授業が始まった。
私はプロとしての意識を保とうと必死だった。
簡単な算数の足し算を説明し、黒板に文字を書き、机の間を回って生徒たちのノートをチェックする。
けれど、集中力は散漫なままだった。
ギィィ……
わざと少しだけ開けておいた教室の扉が、かすかな音を立てた。
私は反射的に振り向いた。
そこには誰もいない。ただの空っぽの廊下だ。
十五分後、ガファが間違えて書いた数字を消すのを手伝っている時、また誰かの視線を感じた。
私は素早く扉の方を見た。
ドア枠の陰から、ひょこっと頭が出ていた。
顔の半分だけ。サスキアの目が鋭く光り、片方の眉を吊り上げて「話さないと承知しないわよ」というテレパシーを送ってきている。
私は吹き出しそうになるのを必死でこらえた。
彼女はまるで三流ホラー映画の下手なストーカーだ。
私は気づかないふりをして、ガファの指導に戻った。
一時間が経過した。
休み時間のチャイムが鳴る直前、私は黒板に宿題を書きながら、視界の端でまた動きを捉えた。
同じ場所。同じ高さ。
またあの頭が現れた。今度はさらに目を細め、執念深い光を宿している。
もう限界だった。
私はチョークを置き、足早に扉へと向かった。
サスキアの頭は電光石火の速さで消え去った。
廊下を覗き込むと、彼女は壁に背を預け、知らん顔でマーカーペンを指でくるくると回していた。
「キア、自分の授業は?」
私は声を潜めて尋ねた。
「今は体育の時間。子供たちは校庭よ」
彼女は何の罪悪感もなさそうに答えた。
「私はただ……廊下の安全を確認していただけ」
「廊下の安全? それとも私の私生活の偵察?」
サスキアはニヤリと笑った。
彼女は持っていたマーカーをマイクのように私の顔に突きつける。
「だから、話しなさいよ、エラ。一人で抱え込むと体に毒よ」
私はこめかみを押さえた。
「わかった、わかったわよ。後で話すから。今は私の教室の前で幽霊みたいにうろつかないで、いい?」
「約束よ?」
「約束するわ」
「よろしい。授業頑張ってね、未来のお母さ……」
「サスキア!」
彼女は私が黒板消しを投げる暇も与えず、楽しそうに笑いながら走り去っていった。
キーンコーンカーンコーン
放課後のチャイムがけたたましく鳴り響き、それを合図に子供たちが目にも留まらぬ速さで荷物をまとめ始めた。
私はいつものように教室の入り口に立ち、お迎えの名簿を手にする。
もう片方の手には、あの茶色の紙袋をしっかりと握りしめていた。
一人、また一人と保護者がやってくる。
教室内は賑やかな話し声に包まれた。
「さようなら、ガファ。車に気をつけてね」
ガファのお母さんが来たので、私は笑顔で見送った。
彼女は丁寧にお辞儀をした。
「ありがとうございます、エラ先生。あ、それからディオさんにもよろしくお伝えください。昨日の件、無事に解決して安心しましたわ」
「はい、承知いたしました。伝えておきますね」
教室は次第に静まり返っていった。
換気口から差し込む午後の光の中で、小さな埃がキラキラと舞っている。
残っているのはライラだけだ。
彼女は一番前の席に座り、床に届かない足をぶらぶらと揺らしている。
「ライラ、お片付けは終わった?」
「うん、終わったよ!」
私がライラを連れて守衛室へ向かおうとしたその時、背の高い影が入り口を塞いだ。
「こんにちは、エラ先生」
そのバリトンボイス。低くて、落ち着いた響き。
胸が早鐘を打った。
振り返ると、そこに彼がいた。
今日のディオさんは、がっしりとした肩幅にぴったりの、半袖のチェック柄フランネルシャツを着ていた。
風に吹かれたのか髪が少し乱れていたが、それがかえって彼を……親しみやすく見せていた。
「こんにちは、ディオさん」
私は思春期の少女ではなく、模範的な教師としての声を出すよう努めた。
「パパ!」
ライラが椅子から飛び降り、父親の足にしがみついた。
ディオさんは小さく笑い、愛おしそうに娘の頭を撫でた。
「学校はどうだった? いたずらしてないか?」
「してないよ! ライラはいい子だもん!」
ディオさんは微笑み、それから視線を私へと移した。
私の手にある紙袋を見て、彼の目がわずかに細められる。
「あの……これ」
私はぎこちなく袋を差し出した。
「ディオさんのジャケットです。洗濯してアイロンもかけておきました。昨夜は本当にお貸しいただき、ありがとうございました」
ディオさんが袋を受け取る。
その際、指先がほんの一瞬だけ触れ合った。
静電気に打たれたような衝撃が走る。
「ああ……すみません、先生。わざわざ洗っていただかなくてもよかったのに。かえって気を使わせてしまいましたね」
「いえ、そんな。ちょうど洗濯するタイミングでしたから」
嘘だ。私はこのジャケットのために、わざわざ早起きして丁寧にアイロンをかけたのだ。
ディオさんは真っ直ぐに私を見つめた。
その瞳の奥に、茶目っ気のある光が宿る。
「先生にわざわざお洗濯までしていただいたお礼に……もしよろしければ、ランチでもいかがですか? 感謝の気持ちです」
呼吸が止まった。
ランチ?
「あ、もちろん私のカフェで、という意味です。今日からメニューが新しくなったんですよ」
彼は私がデートの誘いだと勘違いするのを恐れたのか、慌てて付け加えた。
私は腕時計に目をやった。
確かにお腹が空いていたし、親切な保護者の誘いを断るのも失礼だ、と言い訳を自分に言い聞かせる。
「……喜んで」
私は顔が綻ぶのを必死で抑えながら答えた。
「でも、書類の整理が少し残っているので、自分の車で追いかけますね」
ディオさんの顔がぱっと明るくなった。
「わかりました。店でお待ちしています」
「バイバイ、先生! 早く来てね!」
ライラが父親の手を引いて歩き出す。
「ええ、すぐ行くわね」
二人の後ろ姿が廊下を遠ざかっていく。
ディオさんの逞しい背中と、ライラの小さな背中。
それは見ていて心が温かくなるような光景だった。
彼らが角を曲がって見えなくなった瞬間、私は我慢できずに小さくガッツポーズをした。
「よしっ!」
ゴホン!
背後から、わざとらしいほど大きな咳払いが聞こえた。
私は凍りついた。
錆びついたロボットのような動きで、ゆっくりと振り返る。
隣の教室の入り口に、サスキアが立っていた。
彼女は腕を組み、壁に寄りかかって、顔いっぱいに勝利の笑みを浮かべている。
その目は「証拠は掴んだわよ」と言わんばかりに輝いていた。
探偵サスキアは、決定的な証拠を手に入れたらしい。
「話しなさい」
短く、重みのある、脅迫めいた言葉が放たれた。
「今すぐに」
私は諦めて笑い出し、両手を挙げて降参のポーズをとった。
「わかったわよ。職員室で、書類を片付けながらね」
「決まりね!」
彼女は嬉々として出席簿を掴むと、私の腕を引いて職員室へと連行していった。
職員室の天井で回る扇風機が、単調な音を立てて生暖かい風を送っている。
私は自分の席に座り、手早く生徒たちのプリントを束ねた。
隣では、サスキアが椅子をこちらに完全に向けて陣取っている。
顎を手に乗せ、瞬き一つせずに私を監視していた。
「それで……レイとのデートから逃げ出して、そのイケメンパパさんと密会してたってわけ?」
「密会じゃないわよ、キア。偶然会っただけ」
ホッチキスをパチンと鳴らしながら訂正する。
ガチャン。
「それで? 彼は車で送ってくれたの?」
「ええ。道端で降ろされて、タクシーも捕まらなかったから」
「じゃあ、そのジャケットは?」
「私が寒そうにしてたから、貸してくれたの。あの時のドレス、露出が多かったでしょう?」
サスキアは机を軽く叩いた。
驚きと感心の混ざった、何とも言えない表情をしている。
「信じられない。それ、完全に恋愛ドラマのシナリオじゃない、エラ! 自覚ある?」
頬がまた熱くなるのを感じた。
「ただの親切よ」
「親切っていうのは、バス停まで送ることよ。家の前まで送って、ジャケットを貸して、翌朝学校の門で微笑み合う……それは『アプローチ』って言うのよ、お嬢様」
私は唇を噛み、溢れそうになる笑みを必死で隠した。
昨夜のことや今朝のことを思い出すと、確かに……甘酸っぱい感覚が胸に広がる。
「それで、さっきのお迎えの時、彼はなんて言ったの?」
サスキアの追及はまだ終わらない。
私は最後の書類をまとめ終え、引き出しに入れて鍵をかけた。
バッグを肩にかけ、立ち上がる。
「ランチに誘われたわ」
一瞬の沈黙。
「はぁ?!」
サスキアが椅子から飛び上がらんばかりの声を上げた。
その声は職員室中に響き渡り、隅で昼寝をしていた体育の先生が飛び起きたほどだった。
「ちょっと! うるさいわよ!」
私は笑いをこらえながら彼女をたしなめた。
「マジで?! いつ? どこで?」
急ぎ足で出口へ向かう私を、サスキアが必死に追いかけてくる。
私は扉の前で立ち止まり、彼女に向かって最高のドヤ顔を見せた。
「今から。彼のカフェで」
「エラ! 待ちなさいよ! まだ詳細を聞いてないわ!」
「続きは夕方にね! バイバイ、探偵さん!」
私は校舎を飛び出し、駐車場へと走った。
やがて、私の愛車が校門を抜けて走り出す。
目的地は、ライラのパパのカフェだ。
Thank you very much for reading to the end.
As this is written in a foreign language, there may be some unnatural expressions or word choice.
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