第36章 最後の家族
リビングの壁に掛けられた時計の針が、拷問のようなリズムを刻んでいた。
チク、タク、チク。
その一秒一秒が、私の残された時間を削り取るハンマーのように響く。夜の七時十五分。私は厚手のカーペットの上に座り、開かれたライラのノートを見つめていた。並んだ数字がぼやけ、熱を持った視界の中で泳いでいる。
「先生? 七引く三は、四だよね?」
ライラの甲高い声が、私を無理やり現実へと引き戻した。私は瞬きを繰り返し、焦点を合わせる。小さな女の子は鉛筆の端をかじりながら、可愛らしく眉をひ寄せ、私を覗き込んでいた。
「えっ? ああ、そうね。正解よ、ライラ。四だわ」
私の声は、砂を飲み込んだように掠れていた。
私は彼女の頭をそっと撫でた。柔らかい髪からは、ストロベリーシャンプーの甘い香りが漂う。指先に残るその感触を、私は必死に記憶に刻み込もうとしていた。小さな鼻の形、灰色に輝く瞳、考え事をするときに足をぶらぶらさせる癖。
すべてを、忘れないように。
今夜が過ぎれば、私は二度とここには座れないかもしれない。明日には、私は「ダルヴィアン夫人」という名の、ショーケースに飾られた動けない人形になる。自分の人生を歩む自由をすべて奪われた、レイ・ダルヴィアンの所有物。
「先生、どうしてずっと私を見てるの?」
ライラが不思議そうに尋ね、手を止めた。
私は無理に微笑みを作った。唇の端が引き裂かれるように痛む。
「なんでもないわ。ただ……ライラがすごく頑張っているから、先生、誇らしくて」
ライラは乳歯を覗かせて、満面の笑みを浮かべた。そして、うさぎの絵がついたパジャマのポケットをごそごそと探り始めた。
「そうだ! 先生に、あげたいものがあるの!」
彼女が取り出したのは、四つ折りにされた一枚の紙だった。画用紙の端が少し破れているのは、スケッチブックから急いで引きちぎったせいだろう。
「今日の図工の宿題なの。『理想の家族』を描いてくださいって言われたんだけど、学校には出したくなかったの。エラ先生にあげたくて」
紙を受け取る私の指が、わずかに震えた。ゆっくりと、その折り目を開く。
白い紙の上には、色とりどりのクレヨンで、不格好な三人の棒人間が描かれていた。
左側には、ディオの好きな色である青い服を着た背の高い男の人。右側には、長い黒髪にグリーンのドレスを着た女の人——それは、私が以前本屋へ行ったときに着ていた服にそっくりだった。そして真ん中には、二人の手をぎゅっと握りしめている、ツインテールの小さな女の子。
その下には、幼い筆跡で大きくこう書かれていた。
「わたしたち」
喉の奥が詰まり、息をすることさえ忘れてしまった。エアコンの効いた室内なのに、酸素が急激に薄くなっていく。
「上手でしょ?」
ライラが誇らしげに顔を輝かせる。
「それがパパで、こっちが私。そして、これが先生。みんなで本屋さんにお出かけしてるところなの!」
視界が歪んだ。母の罵倒やレイの脅迫よりも鋭い痛みが、胸の奥深くに突き刺さる。この絵は、私が決して手に入れることのできない未来。父の命を救うために、私が自らの手で殺さなければならない未来。
「素敵……。本当に素敵ね、ライラ」
私はその紙を、壊れやすいガラス細工を扱うように、慎重に畳み直した。
「先生、大切にするわね」
「うん! 無くさないように、お財布に入れておいてね!」
私は頷き、その紙をブレザーのポケットに入れた。痛いほど脈打つ鼓動の、すぐ真上に。
時計に目をやる。十九時三十分。
時間切れだ。十分前にサスキアにメッセージを送っておいた。カフェの前まで迎えに来てほしいと。ディオに送ってもらう勇気は、もう私にはなかった。彼の温かい車の中にいれば、私の脆い決意は一瞬で崩れ去ってしまうだろう。私には今、サスキアが突きつける冷酷な現実という冷や水を浴びる必要があった。
「ライラ、今日は少し早めに終わりましょうか」
文房具を片付け始めると、ライラの顔が途端に曇った。
「ええっ……もう? まだ八時じゃないよ?」
「先生、急な用事ができちゃって。それに、少し頭も痛いの」
それは嘘ではなかった。頭が割れそうに痛い。
感受性の強いライラは、私の顔をじっと見つめた。彼女はわがままを言わなかった。代わりに、私の首にぎゅっと抱きついてきた。
「先生、具合が悪いの? 早く良くなってね。明日も、また遊んでくれる?」
明日も、また遊んでくれる?
私は彼女を抱き返し、その温もりを深く吸い込んだ。
「先生はライラが大好きよ。それだけは忘れないで。いい子にして、パパの言うことをよく聞くのよ」
質問には答えられなかった。涙がこぼれ落ちる前に、私は彼女を腕から離した。
バッグを乱暴に掴み、立ち上がる。行かなければ。今すぐに。そうしなければ、私はディオの足元に縋りつき、永遠に隠してほしいと泣き叫んでしまう。
出口に向かって振り返る。
そして、私は凍りついた。
キッチンの入り口に、ディオが立っていた。彼はカップを手に持ち、ドア枠にゆったりと背を預けていた。しかし、その表情は決して穏やかではない。濃い眉が寄せられ、鋭い瞳が、私の膝を震わせるほどの重圧感で私を射抜いていた。
彼は、ずっとそこにいたのだ。すべてを見ていた。
「終わったのか?」
低く、落ち着いた声。だが、その奥には警戒の色が滲んでいる。
「はい、パパ……いえ、ディオ。私、もう帰らなきゃ」
私は言葉を詰まらせながら、彼の視線を避けるように階段へと急いだ。
コツン。
ディオがカップをサイドボードに置いた。その音が、静かな部屋に重く響く。彼は私をそのまま通してはくれなかった。
「送る」
彼が一歩踏み出す。
「いいの!」
拒絶の声が、思わず強く出すぎた。ディオが微かに驚いたのを見て、私は慌てて声を和らげた。
「サスキアが下まで来てるの。指導案を貸してほしいって言われてるから」
拙い嘘。
ディオは答えなかった。ただ私の顔を、青ざめた肌を、化粧で隠しきれなかった腫れた目を、そして指が白くなるほど強くバッグの紐を握りしめている手を、観察するように見つめていた。
彼は気づいている。何かが決定的に狂っていることに。
「エララ」
彼は私の名を呼んだ。
私は止まらなかった。一段目の階段に足をかける。
「お先に失礼するわ、ディオ。ヤニさんによろしく」
二段、三段と急いで降りようとしたとき。
ガシッ。
腕を掴まれた。乱暴な力ではない。力強く、そして温かい把握。それは引き止めるためのものであり、傷つけるためのものではなかった。
私は動きを止めた。全身が強張る。
「なぜ、そんなに急ぐ?」
ディオが囁いた。階段の段差のせいで、私たちの視線の高さが不自然に近くなる。
わずか指一本分ほどの距離。彼の体から漂うシトラスとコーヒーの香りが私を包み込み、泣き出したい衝動に駆られる。
「サスキアが待ってるの、ディオ。悪いから」
彼の目を見る勇気がなく、私はシャツのボタンを見つめたまま言い訳をした。
「俺を見ろ」
それはお願いではなかった。拒むことのできない、静かな命令だった。
ゆっくりと顔を上げる。ディオの暗い瞳が、私の瞳の奥を真っ直ぐに見つめていた。今夜の彼に、冗談の気配はない。そこにあるのは、深い懸念と……守護の意志。
「震えているぞ」
彼は静かに言った。親指が、薄いブレザー越しに私の二の腕を優しく撫でる。
「寒いだけよ。ここのエアコン、効きすぎだわ」
また嘘をついた。
ディオは信じていなかった。彼は長く重いため息をつくと、私の世界を止めてしまうような行動に出た。
彼が、私を優しく引き寄せたのだ。
抵抗できなかった。私の体は吸い寄せられるように彼の胸へと倒れ込み、その腕の中に収まった。
ディオが、私を抱きしめている。
それはサスキアと交わすような、友人としての抱擁とは違った。嵐から女を守ろうとする、一人の男性としての抱擁だった。片腕が私の背中を包み込み、もう片方の手が、私の後頭部を彼の肩に押し当てる。
温かくて、逞しくて、安全な場所。
何年も雪嵐の森で迷い続けた末に、ようやく家を見つけたような感覚だった。私の防波堤が音を立てて崩れる。私は目を閉じ、数秒間だけ、彼の香りに溺れることを自分に許した。
「外で何が起きていようと……」
ディオが私の耳元で囁いた。彼の温かい吐息が首筋をくすぐる。
「……まだ、諦めるな」
ドクン、と心臓が跳ねた。
「世界は、一晩でひっくり返ることがある。もう少しだけ、耐えてみろ」
その言葉は奇妙に響いた。まるで彼が何かを知っているかのような、あるいは何かの暗号を送っているかのような。だが、私の混乱した脳はその意味を咀嚼できなかった。ただの、ありふれた慰めの言葉として受け取ることしかできなかった。
ディオは知らない。私を抱きしめているこの男は、明日、私が売られることを知らないのだ。ひっくり返るような未来なんて、どこにも残されていない。
私は深く息を吸い込み、最後にもう一度だけ彼の匂いを嗅いでから、その胸をそっと押し返した。
「ありがとう、ディオ」
声が震える。
「行かなきゃ」
ディオは名残惜しそうに腕を解いた。彼の手が腕から離れていくとき、肌に熱い余韻が残った。
一度も振り返ることなく、私は階段を駆け下りた。足縺れそうになりながら、恐怖と愛しさが混ざり合った感情に追い立てられるように。
カフェの通用口を飛び出すと、ジャカルタの湿った夜気が肌にまとわりついた。
駐車場では、サスキアの赤いブリオがエンジンをかけたまま待っていた。
私は助手席のドアを開け、崩れ落ちるように車内に滑り込んだ。
バタンッ。
ドアが閉まった瞬間、張り詰めていた糸が切れた。
私は両手で顔を覆った。今まで必死に堪えていた嗚咽が、激しく溢れ出す。肩が大きく揺れる。心臓を素手で引き裂かれるような、凄まじい痛みが全身を駆け巡った。
サスキアはラジオをつけなかった。「どうしたの?」とも聞かなかった。
親友はただ黙っていた。彼女の手が伸びてきて、私の背中を一定のリズムでさすりながら、絶望がすべて吐き出されるのを静かに待ってくれた。
「出して、キア……」
泣きじゃくりながら、私はうわ言のように繰り返した。
「私をここから連れ去って……。上の階へ走り戻ってしまう前に」
サスキアは静かに頷いた。ギアを入れ、赤い車はゆっくりと駐車場を離れていく。
涙で歪んだバックミラー越しに、私は上を見上げた。二階の窓。
そこには、一人の男のシルエットが立っていた。静かに、私の去り際を見守るように。
「さようなら、ディオ……」
私は力なく呟いた。
車が幹線道路へと曲がると、男の影は遠ざかる夜の闇に飲み込まれ、消えていった。私はまた、一人になった。ブラウィジャヤという名の絞首台へと向かう道の上で。
Thank you very much for reading to the end.
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