第28章 止まった時間と、動き出した鼓動
絶望に打ちひしがれ、行くあてのない異邦人としてこの「隠れ家」に足を踏み入れてから、早いもので四週間が経った。
今では、二階にあるグレーのソファがすっかり体に馴染んでしまうほど、ここでの時間に溶け込んでいる。
私は手に持っていた算数の教科書をパタンと閉じ、心地よい弾力の背もたれに深く身を預けた。
ディフューザーから漂うラベンダーの香りと、一階のカフェから昇ってくる微かなコーヒーの芳香。
この混じり合った香りは、今や私の週末に欠かせない、お気に入りの安らぎとなっていた。
「はい、お姫様。今日の集合の問題はこれでおしまい。見てごらん、ライラちゃん」
私はライラの学習ノートの最後のページを指差した。
そこには真っ赤な修正の跡など一つもなく、青いペンで丁寧に記された丸印が並んでいる。
テーブルの下で退屈そうに足をぶらつかせていたライラが、弾かれたように身を乗り出した。
その大きな瞳が、これ以上ないほど丸く見開かれる。
「……全部、合ってる?」
「そう、全部正解。ライラちゃん、満点だよ!」
ライラは歓喜の声を上げた。
椅子から飛び起きると、ノートをひったくるようにして抱え、毛足の長いカーペットの上を飛行機のように走り回り始めた。
「やったぁ! 私、天才! パパ、見て見て!」
その時、キッチンの方から落ち着いた足音が近づいてきた。
お盆に乗せた切り分けられたドラゴンフルーツと、二杯のオレンジジュースを運んできたのはディオだ。
彼はラフな白いTシャツに膝丈のパンツという、ライラックスした部屋着姿だった。
そんな何気ない姿でさえ、深みのあるバリトンボイスと共に現れると、私は一瞬だけ視線のやり場に困ってしまう。
「何をそんなに騒いでいるんだ? 宝くじでも当たったのか?」
ディオはそう言いながら、サイドテーブルに盆を置いた。
ライラは父親の前で急ブレーキをかけると、鼻先にノートを突きつけるようにして掲げた。
「パパ、見て! 百点だよ! エララ先生が、私すごいって!」
ディオは少し顔を背けてノートを受け取ると、大げさなほど真剣な表情でページをめくった。
高く上げた眉と、驚きをあらわにした口元が、彼なりの父親らしい優しさを物語っている。
「ほう……これは本当にライラが解いたのか? ボボが手伝ったんじゃないだろうな?」
「パパ、ひどい! ボボはおててが短いんだから、鉛筆持てないもん!」
ライラがぷくっと頬を膨らませてディオの腿を叩くと、彼は低く、心地よい笑い声を漏らした。
そして、愛おしそうに娘の頭を撫でる。
「分かってるよ。パパは約束を破らない。お姫様、ご褒美は何がいい? 新しい人形か? それともアイスクリームをバケツ一杯分か?」
ライラは力強く首を振った。
腰に手を当て、決意に満ちた眼差しで父親を見上げる。
「大きな本屋さんに行きたい! それで、漫画をたくさん買うの!」
「いいだろう、明日は本屋に行こう」
「でも……」
ライラは一度私の方を振り返り、それから再び父親を見つめた。
その小さな人差し指が、真っ直ぐに私の鼻先を指す。
「先生も一緒じゃなきゃダメ! エララ先生も一緒に行くの!」
フォークでドラゴンフルーツを刺そうとしていた私は、思わず動きを止めた。
小さな銀のフォークが宙に浮いたまま、頭の中が真っ白になった。
「えっ?」
ディオが私の方を向いた。
一瞬の沈黙。彼の瞳には、少しの戸惑いと、それを上回るような期待の色が混じっている。
「……どうでしょうか、エララ先生」
彼は丁寧な口調で問いかけた。
「明日は日曜日です。もし、あなたがよろしければ……他に予定がなければですが」
私は唾を飲み込んだ。
頭の中で、瞬時に所持金を計算した。
財布の中身は、まさに「非常事態宣言」の真っ只中だ。
大きな書店に行くということは、高価な指導用参考書の誘惑に晒されることを意味する。
それに、今の私には一冊の本を買う余裕さえないのだ。
けれど、ライラの純粋な誘惑を拒絶するのは、後ろ髪を引かれるような思いを伴う。
「あの……実は……」
私は唇を噛み、穏便な断り文句を探した。
「今、ちょっと節約中でして。本を見ると、つい理性を失って買い込んでしまいそうなんです」
ディオは口角をわずかに上げ、皮肉めいた、けれど温かい笑みを浮かべた。
彼は私の財布事情と、頭の中の葛藤をすべて見透かしているようだった。
「これは仕事のボーナスの一部だと思ってください。費用はすべて私持ちです。先生も、ライラの指導に必要な参考書を探せるでしょう? 全額、私が負担します」
その提案は、あまりにも魅力的すぎた。
無料の本と、この居心地の良い親子との外出。
「ねえ、先生! お願い、一緒に行こう? ね?」
ライラが私の膝にしがみつき、必殺の「捨て犬のような目」で揺さぶってくる。
私は降参するようにため息をつき、そして微笑んだ。
「……分かりました。私もご一緒します」
「やったぁぁぁ!」
ライラは歓喜のあまり飛び跳ねた。
その勢いで、彼女の手が宙を激しく舞う。
バシャッ!
小さな肘が、サイドテーブルに置かれたオレンジジュースのグラスを直撃した。
グラスは無残に倒れ、鮮やかなオレンジ色の液体が溢れ出した。
テーブルを濡らし、ライラのノートを浸し、そしてディオの愛用している高級なカーペットへと容赦なく染み込んでいく。
「大変!」
私は叫んだ。
「おっと!」
ディオもほぼ同時に声を上げた。
私たちは反射的に、電光石火の速さで動いた。
私は右側にあったティッシュ箱を掴み、ディオは盆に乗っていた布巾をひったくる。
私たちは同時にテーブルの前に跪き、この「大惨事」がライラのノートを完全に破壊するのを防ごうとした。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
パニックに陥ったライラが、ボボのぬいぐるみを抱きしめて後ずさりする。
「大丈夫だよ、ライラちゃん。落ち着いて」
私はティッシュを溢れた液体に押し当てながら、素早く声をかけた。
ディオもまた、反対側から手際よくテーブルを拭き取っていく。
そして、そのベタつく混乱の最中。
私たちの手が、重なった。
布巾を握る彼の大きく無骨な掌が、ティッシュを抑える私の手の甲を、包み込むようにして触れたのだ。
私たちの動きが、唐突に止まる。
時間が凍りついたようだった。
彼の肌は驚くほど熱く、そして少し硬い。
エアコンの風で冷え切っていた私の肌とは対照的だった。
その接触点から、静電気のような奇妙な感覚が全身を駆け巡る。
腕を伝わり、胸の奥が熱くなった。
顔を上げると、そこには至近距離のディオがいた。
彼の体から漂う、清潔感のあるシトラスの香りが、オレンジジュースの甘い匂いと混ざり合って鼻を突く。
ディオもまた、私をじっと見つめていた。
その深い色の瞳に射抜かれ、私は息をすることさえ忘れてしまう。
どちらも手を引こうとはしなかった。
ジュースの海の中で、跪いたまま、手が重なった不自然な姿勢。
三秒、いや、永遠にも思えるような静寂が流れた。
自分の鼓動が、耳元でうるさいほどに鳴り響いていた。
「あの……」
ライラの小さく震える声が、魔法を解いた。
「……ノート、濡れちゃった」
私たちは、密会が見つかった恋人同士のように、慌てて飛び退いた。
サッ
私は弾かれたように手を引いた。
ディオもまた、ぎこちない動きで体を後ろに引く。
「すみません……私が……続きは私がやります」
ディオの声は少し掠れていた。
その耳の端が、微かに赤らんでいるのが見て取れた。
「いえ……そんな、私も手伝います」
私はしどろもどろになりながら、必要以上に激しい動きで新しいティッシュを箱から引き抜いた。
それから数分間、私たちは気まずい沈黙の中で後片付けを終えた。
聞こえるのは、紙が擦れる音と、お互いの少し乱れた呼吸音だけだった。
テーブルが拭き取られ、濡れたカーペットにタオルが敷かれると、ディオが立ち上がった。
彼は軽く咳払いをし、崩れかけた威厳を取り戻そうとする。
「……もう夜も遅い。今日の授業はここまでにしましょう。これ以上、天変地異が起きる前に」
彼はぎこちなく冗談を言った。
「そうですね……賛成です」
私は引きつった笑いを返し、大急ぎで荷物をまとめた。
心臓はまだ、平穏を取り戻してはくれない。
さっきの感触が、今も手の甲に焼き付いているようだった。
「下まで送ろう」
ディオが言った。
私たちは階段を降りた。
ライラはジュースをこぼした騒動ですっかり疲れ果てたのか、既に自分の部屋へと引っ込んでいた。
カフェの横にある、駐車場へと続く勝手口の前で、ディオが足を止めた。
彼はズボンの後ろポケットから、ずっしりと重みのある白い封筒を取り出した。
「エララ」
振り返ると、ディオがその封筒を両手で差し出していた。
「当然の報酬だ。一ヶ月目の給料だよ」
受け取った封筒は、予想以上に厚かった。
当初の約束よりも明らかに多い。私は不審に思って眉を寄せた。
「ディオさん、これ、厚すぎませんか? 約束の金額はもっと……」
「シーッ」
ディオは人差し指を立てて、私の抗議を遮った。
その唇には、柔らかな笑みが浮かんでいる。
「時間外にライラの相手をしてくれた分も含まれている。それに……もし明日、またライラが君の服にジュースをこぼした時のための、クリーニング代だと思ってくれ」
断ろうとした。これは多すぎると言おうとした。
けれど、ディオの瞳にあるのは同情ではなく、私の働きを正当に評価しようとする誠実な光だった。
その光に気圧され、言葉を喉の奥に飲み込んだ。
「……ありがとうございます、ディオさん。これは、今の私にとって……本当に大きな助けになります」
「どういたしまして。さあ、送るよ。もう暗い」
サスキアの安アパートへ向かう車内は、いつもとは違う空気が流れていた。
白いハッチバックは、静まり返ったジャカルタの夜道を滑るように走る。
スピーカーからは、控えめな音量でジャズのインストゥルメンタルが流れていた。
助手席に身を預け、未来の詰まった封筒をぎゅっと抱きしめた。
隣ではディオが、片手をハンドルに添え、もう片方の肘をドアに預けて静かに運転している。
言葉数は少なかった。
けれど、この沈黙は決して空虚ではなかった。
心地よく、まるで昔からの知人と並んでいるような安心感。
私は時折、彼の横顔を盗み見た。
整った顎のライン、道路を見つめる真剣な眼差し。
無意識のうちに、私の頬は緩んでいた。
一ヶ月前、すべてを失って泣いていた自分。
けれど今夜、私は何も失っていないことに気づいた。
それどころか、銀行の預金残高よりもずっと価値のあるものを、見つけ始めているのかもしれない。
車がアパートの門の前で停まった。
「着いたよ」
ディオが静かに言った。
「送ってくださってありがとうございました。気をつけて帰ってくださいね」
「明日、十時に。遅れないように。ライラが大騒ぎするからな」
私は小さく笑って、車を降りた。
部屋に入り、ドアに鍵をかけると、私はそのまま折りたたみベッドに倒れ込んだ。
あの二階での出来事を思い出し、まだ胸が高鳴っている。
ゆっくりと、白い封筒を開けた。
整然と並んだ赤い紙幣。新しいお札の匂い。
その額は、非常勤講師としての私の月収の二倍を超えていた。
けれど、私の目頭を熱くさせたのは、お金そのものではなかった。
札束の間に、一枚の小さな黄色い付箋が挟まっていた。
そこには、子供らしい拙い文字でこう書かれていた。
「せんせい、ありがとう! あした、まんが買うのわすれないでね! ―ライラ」
そしてその下には、黒いインクで、整った流れるような筆跡が添えられていた。
「この家に再び『温もり』を運んできてくれて、ありがとう。 ―ディオ」
私はその小さな紙片を胸に抱きしめ、そっと目を閉じた。
自然と笑みがこぼれ、一筋の幸せな涙が頬を伝った。
家が、再び息を吹き返した?
違うわ、ディオさん。
息を吹き返したのは、私の方よ。
Thank you very much for reading to the end.
As this is written in a foreign language, there may be some unnatural expressions or word choice.
If you have any comments or advice on the writing style, I would be grateful if you could let me know in the comments section.
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