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第21章 ゼロの重み

挿絵(By みてみん)


個室のドアを背中で押し閉め、震える指で鍵をかけた。


カチャッ


その乾いた金属音が、まるで独房の扉が閉まる音のように響く。私は一歩後ずさり、そのまま崩れ落ちるようにして便座の蓋の上に座り込んだ。


膝がガクガクと笑っている。タイル張りの床から立ち上る安っぽい芳香剤の匂いが、胃の奥からこみ上げる吐き気をさらに煽った。呼吸が浅い。酸素が足りない。まるでこの狭い空間の空気が、誰かに吸い尽くされてしまったかのようだ。


「資産差し押さえ……」


喉の奥でその言葉がガラスの破片のように刺さる。


掌の中で、スマートフォンが汗でぬるりと滑った。視界が明滅する。心臓が肋骨を内側から殴りつけるような早鐘を打っている。


落ち着け、エララ。まだ決まったわけじゃない。ただの手違いかもしれない。システムエラーかもしれない。


私は祈るような気持ちで、震える親指を画面に押し付けた。メインバンクのアプリを起動する。青いロゴが浮かび上がり、画面中央でロード中の円がくるくると回り始めた。


一秒。二秒。十秒。


いつもなら瞬きする間に終わる処理が、永遠のように感じられる。その回転のひとつひとつが、私の焦燥感を嘲笑っているようだ。


画面が切り替わる。赤い警告ボックスが目に飛び込んできた。


『アクセス制限:最寄りの支店にお問い合わせください』


足元の床が抜け落ちたような感覚。


「嘘……そんな……」


私はパニックになりながらアプリを閉じ、二つ目の銀行アプリを開いた。これは私の個人口座だ。ドウィジャヤ・トレーディングとは何の関係もない、教員としての給料を三年間コツコツと貯めてきた、血と汗の結晶だ。


これだけは無事なはずだ。父さんの借金とは関係ないはずだ。


アプリが開く。私の視線は、右上の残高表示に釘付けになった。


『残高:0』


ゼロ。


数字がない。コンマもない。ただ無慈悲な楕円が一つ、私を見つめ返しているだけだ。


ポタリ。


画面の上に涙が落ちて、ゼロの数字を歪ませた。


彼らは本気だ。父さんか、あるいはあのレイという男の差し金か。私の個人情報を勝手に保証人として使ったのか、それともドウィジャヤという名に関連するすべての資産を凍結させたのか。


私はただ貧乏になったのではない。社会的に「抹消」されたのだ。


ドン、ドン、ドン


個室のドアを叩く音が、意識を現実へと引き戻した。


「エラ? 中にいるの?」


サスキアの声だ。心配そうだが、他の教師に聞かれないよう声を潜めている。


私は乱暴に涙を拭い、大きく息を吸い込んでから鍵を開けた。


カチャリ。


ドアが開くと、サスキアの顔が現れた。彼女は「どうしたの」とも「大丈夫」とも聞かなかった。ただ、死人のように蒼白な私の顔を一瞥し、すべてを悟ったような目をした。


彼女は無言で私の腕を掴み、洗面台へと引っ張っていく。蛇口をひねり、水を勢いよく出した。


「顔、洗って」


短い命令。私はそれに従い、冷たい水を顔に浴びせた。皮膚を刺すような冷たさが、目の奥の熱を少しだけ冷ましてくれる。


サスキアはペーパータオルを引き抜き、私の顔を乱暴に、しかし優しく拭いた。そして鏡越しに私の目をじっと見つめ、肩を強く掴んだ。


「いい、エララ。ここで倒れちゃダメ。あんたが弱いって思われたら負けだよ」


私は力なく頷いた。膝の震えはまだ止まらない。


「もう何もないの、キア……全部、ゼロになっちゃった」


「あんたには私がいる。それに、プライドだってまだ残ってるでしょ」


サスキアは私の背中をバンと叩いた。


「髪、直して。もうすぐ予鈴が鳴るよ」


• • •


五分後、私は一年A組の教室に立っていた。


顔には完璧な微笑みを張り付けている。だがそれは、ひび割れた陶器の仮面のように脆く、今にも剥がれ落ちそうだった。


「みなさん、おはようございます」


自分の声が、遠いトンネルの向こうから響いているように聞こえる。


「おはようございまーす!」


子供たちの元気な挨拶。机を動かす音、笑い声、教科書を開く音。それらすべてが、水の中にいるように歪んで聞こえた。


私はホワイトボードに向かい、算数の問題を書こうとした。手は自動的に動くが、頭の中は真っ白だ。


耳の奥で、今朝の警備員の言葉がリフレインしている。差し押さえ……弁護士……立ち退き……。


ふと教室を見渡す。中央の列にある、ライラの空席が目に入った。その空っぽの椅子が、私のわずかに残ったエネルギーを吸い込むブラックホールのように見えた。


いつもなら、辛い時こそライラの笑顔が救いだった。でも今日は彼女もいない。そして彼女の父親であるディオにも……もう頼ることはできない。今の私は、ただの無一文の厄介者だ。


「先生? ペン、落ちましたよ」


ガファの声にハッとした。


足元を見ると、黒いマーカーが転がっている。いつ手から滑り落ちたのかさえ気づかなかった。


「あ……ごめんね」


私は震える手でそれを拾い上げた。指先の感覚がない。


• • •


二時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。


キーンコーンカーンコーン。


私は亡霊のような足取りで食堂へと向かった。喉がカラカラに渇いている。砂を飲み込んだようにイガイガする。水が必要だ。


売店の前には長い列ができていた。生徒たちがアイスティーやパック牛乳を我先に買おうと押し合っている。


私は冷蔵ケースからミネラルウォーターを一本取り出した。冷えたボトルの結露が掌を濡らす。


「おばさん、水一本ください」


ポケットから電子マネーカードを取り出す。これが私の財布に残された唯一の決済手段だ。


読み取り機にカードをかざす。


ピピッ――ブブー。


赤いランプが点灯した。『残高不足』の文字が無機質に点滅する。


心臓が止まりそうになった。忘れていた。先週からチャージしていない。


「あれ? ごめんね先生、もう一回やってみて」


食堂のおばさんが不思議そうに言う。私は脂汗をかきながら、もう一度カードを押し付けた。


ピピッ――ブー。


再びのエラー音。


おばさんが眉をひそめる。後ろに並んでいた生徒たちがざわめき始める。「先生、早くしてよ」という視線が背中に突き刺さる。


顔から火が出そうだ。恥ずかしさが首筋から頭頂部まで駆け上がる。大人の女性が、教師が、たった三千ルピア(約三十円)の水さえ買えないなんて。


「すみません……」


私はボトルを戻そうとした。渇きを我慢して、この場から逃げ出そうとしたその時。


ピピッ。


横から別のカードが伸びてきて、軽快な決済音を鳴らした。緑のランプが点灯する。


「あと、揚げ団子バクソ・ゴレン二人前! 持ち帰りで!」


サスキアが私の横に立ち、何事もなかったかのように明るい声でおばさんに注文していた。


「はいよ、サスキア先生!」


サスキアは私の手からボトルを奪い取ると、キャップをひねって開け、再び私の手に押し付けた。


「飲みな。顔色が吸血鬼みたいになってるよ」


彼女は私の肩を抱き、噂話を始めた生徒たちの列から遠ざけるようにして歩き出した。サスキアの甲高い笑い声が、私の死に絶えた沈黙を覆い隠してくれる。


私たちは食堂の隅、マンゴーの木の下にある一番静かなテーブルに座った。


サスキアが揚げ団子の袋をテーブルに置くが、食欲なんて湧くはずもない。私は手の中のペットボトルを見つめた。たった一本の水。それが、私の最後の尊厳を粉々に砕いた。


「本当にお金がないの、キア」


私はボトルを見つめたまま、独り言のように呟いた。


「一ルピアもない。口座はゼロ。電子マネーも切れちゃった。現金も持ってない」


顔を上げると、視界が滲んだ。


「帰りのバイクタクシー代すら払えないんだよ。私……私、本当にホームレスになっちゃった」


サスキアは大きなため息をつき、テーブルの上で私の手を強く握りしめた。


「誰がバイクタクシーなんか使えって言ったの? 私がいるでしょ。愛車ベルラン・テンプールのガソリンは満タンだから」


彼女は冗談めかして言ったが、その目には深い懸念が滲んでいた。


ブブッ、ブブッ


ブレザーのポケットで携帯が震えた。まるで不快な虫が這うような振動。


恐る恐る画面を見る。胃が捻じれるような名前が表示されていた。


『レイ・ダルヴィアン』


メッセージを開く。


一枚のスクリーンショット。銀行の内部システムの画面だ。私の口座ステータスには、赤い文字で『凍結 / 取引停止』と表示されている。


その下に、短いテキストが添えられていた。


レイ:


『外の世界は厳しいだろう? エララ。タダで手に入るものなんてないんだ。帰っておいで。鍵は僕が握っている。良い返事を待っているよ』


奥歯を噛み締めすぎて、顎が痛い。私は携帯を握り潰さんばかりに力を込めた。


彼は楽しんでいる。私が泥沼を這いずり回るのを見て、優越感に浸っているのだ。


「……最低」


「どうしたの? またあのレイ?」


サスキアが画面を覗き込む。


私は頷き、携帯をポケットに乱暴に突っ込んだ。


「帰ろう、キア。ここにいたくない」


• • •


終業のベルが鳴る。


私はスローモーションのように荷物をまとめた。気力はマイナスまで落ち込んでいる。駐車場へ向かう一歩一歩が、足首に鉄球を繋がれたように重い。


サスキアはすでにスクーターに跨って待っていた。彼女はいつもの、少しカビ臭いヘルメットを私に差し出す。


今回ばかりは、文句を言わずに受け取った。このヘルメットの匂いなど、私の家族の偽善の悪臭に比べれば香水のようなものだ。


私は後部座席に乗り、サスキアの腰に腕を回した。


「準備いい?」


「出して」


スクーターが頼りないエンジン音を上げて走り出す。


校門へ向かう間、私は周囲を警戒し続けた。黒いセダンを見るたびに心臓が跳ね上がる。誰かに見張られている気がする。道行く人々すべてが、レイのスパイに見えて仕方がない。


この偏執的な恐怖が、私を内側から蝕んでいく。


スクーターが校門を出ようとしたその時、一台の車が私たちの進路を塞ぐようにして急停止した。


黒い高級車ではない。


どこにでもある、安っぽい白のコンパクトカーだ。


サスキアが急ブレーキをかける。タイヤがアスファルトを擦る音が響いた。


「ちょっと! こんなとこに停めないでよ……!」


サスキアの怒鳴り声が途切れる。


運転席の窓がゆっくりと下がった。


そこには、見慣れた顔があった。


ディオ。


だが、いつもの穏やかな微笑みはない。彼の顎は硬く引き締まり、その瞳はかつて見たことがないほど鋭く、切迫した光を宿していた。


彼はサスキアには目もくれず、背中に隠れるようにして震えている私を真っ直ぐに見据えていた。



第21話までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。


どん底に落ち、すべてを失ってしまったエララ。絶望の中で最後に現れた「彼」の瞳には、一体何が映っているのでしょうか。物語はここから、さらに大きく動き出します。


不器用ながらも必死に生きるエララと、謎に包まれたディオ。二人の行く末を、これからも温かく見守っていただけたら幸いです。


皆様の感想や「いいね」が、執筆の大きな励みになっています。

次のお話でまたお会いしましょう!

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