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第80話 便利な収納

 五島列島での騒動から戻り、春休みも残りわずかとなったある日。

 一之瀬家では、大掛かりな衣替えと片付けが行われていた。


「ヒロ、ちょっと来てー!」

「はーい」


 お母さんに呼ばれてリビングに行くと、そこには布団が畳まれた「こたつ」と、灯油を抜いた「ストーブ」が鎮座していた。


「これ、次の冬まで使わないから収納しといて!」


「……え、これ全部?」


「そうよ。押入れに入れると場所取るし、カビたり防虫剤入れたり面倒でしょう?

 ヒロの『収納インベントリ』なら、時間は止まってるし、出し入れ自由だし、最高じゃない!」


 お母さんは目を輝かせている。

 確かにその通りだ。僕の収納空間は、理論上無限の容量があるし、中の時間は停止している。

 クリーニングに出した冬服も、こたつ布団も、入れておけば来年の冬に新品同様の状態で取り出せる。


「……僕、貸し倉庫じゃないんだけどなぁ」


「いいじゃない、親孝行だと思って!

 ほら、この冬物のコートとダウンジャケットもお願い!

 あ、扇風機は逆に出して!」


「はいはい」


 僕は言われるがままに、家中の季節家電と冬服を亜空間へと放り込んでいった。

 まあ、修行の一環だと思えば……いや、完全に便利屋だな。


◇◇◇


 リビングの片付けが一段落した後。

 僕は自分の部屋に戻り、部屋の中を見渡した。


「そういえば……このベッドも、もう使わないよな」


 僕は今、寮生活だ。実家に帰ってくるのは夏休みと冬休みくらい。

 精霊のヒューイが「寝床が欲しい」と言っていたのを思い出す。


「よし。これも入れちゃおう」


 僕は部屋にあったシングルベッドと、ローテーブル、それにクッションなどを収納した。

 部屋がガランとして少し寂しいけど、どうせ僕はほとんど寮にいるんだし、有効活用した方がいい。


「さて、どんな感じになったかな」


 僕は空間魔法を発動し、何もない空中に「窓」のような裂け目を作った。

 まだ僕自身が中に入ることはできないので、こうして外から覗き込むのが精一杯だ。


 裂け目の向こう側――『召喚空間』。

 満天の星空が広がる宇宙のような空間に、僕が送り込んだ家具が綺麗に配置されていた。


『おっ、ヒロ! 気が利くな!』


 ヒューイが僕のベッドの上で飛び跳ねていた。


『ふかふかだぜ! これでやっと地べた(宇宙空間)で寝なくて済む!』


『あら、このテーブルも悪くありませんわね』


 フレアがローテーブルに、昨日買った波佐見焼のティーセットを並べている。

 シラユキが急須を持ち、エアお茶汲みをしていた。


『皆様、お茶が入りました(雰囲気)』

『ありがとうシラユキ(雰囲気)』

『うむ、美味いな(雰囲気)』


 イカヅチもクッションの上で丸くなり、満足げだ。

 殺風景だった星空の空間が、なんだか生活感あふれるシェアハウスみたいになっている。


「……あのさあ」


 僕はたまらずツッコミを入れた。


「君たち、すっかり住み着いてるけど……元の居場所には帰らないの?

 フレアなんて『私はカルデラに住んでますわ』とか言ってなかったっけ?」


 最初は「召喚された時だけ来る」みたいなスタンスだったはずだ。

 それが今や、シラユキが来たのをいいことに、全員ここに常駐している気がする。


『あら、何をおっしゃいますの』


 フレアが優雅に微笑んだ。


『ここなら退屈しませんし、おしゃべり相手もいますし。

 それに、王の魔力が満ちていて温泉のように心地よいのですわ。

 わざわざ火山に戻る理由がありませんことよ?』


『俺もここ気に入った! ヒロのベッド最高!』


『我もここがよい』


 ……だそうだ。

 どうやら僕の精神世界は、最強の精霊たちの「無料の下宿先」になってしまったらしい。


『でも王よ。欲を言えば……』


 シラユキが申し訳なさそうに言った。


『やはり、皆様でくつろぐには椅子が足りませんね。

 ふかふかのソファがあれば、完璧なのですが』


 確かに。僕のシングルベッドとクッションだけでは、四体の精霊がくつろぐには手狭だ。

 かといって、実家に余っているソファなんてないし、買うとなると高いし配送も大変だ。


(……あ)


 その時、僕の脳裏に一人の人物が浮かんだ。

 つい先日、「何かお困りの際は、ご遠慮なくお申し付けくださいませ」と言ってくれた、あの大富豪の先輩だ。


(『イカヅチがソファを欲しがっているみたいで……』って言えば、薬師寺先輩なら最高級のソファを用意してくれそうだな……)


 若干、人の良心を利用している気もするが、あちらもそれを望んでいるのだからWin-Winだろう。

 寮に戻ったら相談してみよう。


「分かった。家具については、アテがあるから任せておいて」


『さすが王! 話が早いですわ!』


 我が物顔でくつろぐ精霊たちを見て、僕は呆れつつも「窓」を閉じた。

 まあ、賑やかでいいか。


◇◇◇


 数日後。

 春休みが終わり、僕とお兄ちゃんは再び魔法学校へと戻る日を迎えた。


「元気でな! 無理するなよ!」

「ヒロ、ちゃんとご飯食べるのよ! 服が必要になったらいつでも言いなさい!」


 両親に見送られ、僕たちは実家を後にした。


 振り返ってみれば、怒涛の一年だった。

 入学早々のトラブル、教会の聖女との戦い、海外遠征、精霊契約。

 普通の学生生活とはかけ離れた日々だったけど、得たものも大きかった。


 最高の仲間たち。頼れる精霊たち。

 そして、自分の進むべき道を見つけたお兄ちゃん。


「さて、次は二年生か」


 僕は空を見上げた。

 雲ひとつない青空が広がっている。

 

 ここからまた、さらに騒がしく、さらに規格外な日々が待っているとも知らずに。

 僕は新たな季節へと足を踏み出した。


(第一部・一年生編 完)

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