第8話 風の精霊ヒューイ
網戸をそっと開けると、
夜の空気がひんやりと肌に触れた。
おじいちゃんの家のまわりは真っ暗で、
虫の声だけが響いている。
でも――。
「……こっちだよ」
風が、僕を呼んでいた。
僕は裸足のまま外に出て、
声のする方へ歩き出した。
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◆ 坂をのぼる
家の前の坂道は、昼間よりずっと急に感じた。
でも、風が背中を押してくれる。
光の子たちが、
いつもよりたくさん飛んでいた。
まるで僕を案内するみたいに、
ふわふわと前を飛んでいく。
坂をのぼりきると、
小さな丘の上に出た。
そこから見える景色は――
昼間とはまったく違っていた。
街の灯り、山の影、海の黒い線。
その全部の上を、
羽の生えた小人のようなものたちが飛んでいた。
光の子とは違う。
もっと大きくて、もっとはっきりしていて、
風そのものが形になったみたいだった。
「……わぁ……」
僕が見とれていると、
その中の一体が、ふわりと降りてきた。
ちょっと小太りで、
お腹がぽよんとしていて、
でも羽は立派で、風の音がする。
「お、おじさん……?」
「おじさんじゃねぇよ。
風の精霊のヒューイだ」
その小太りの精霊は、
胸をどんと叩いた。
「お前、本当に俺たちが見えてるんだな」
「うん。見えてるよ」
「……数百年ぶりだぞ。
見える人間が来たのは」
ヒューイは目を丸くして、
僕の顔をじーっと見つめた。
「なるほど、そういうことか」
「なにが?」
「お前は精霊に愛されているんだ。祝福ってやつさ。
ちなみに俺たち風の精霊はな、
本気出せば町ひとつ吹き飛ばせるんだぞ?」
「えっ、そんなに強いの?」
「当たり前だろ! 風なめんなよ!」
ヒューイは得意げに羽をばさばささせた。
気づけば、
周りの精霊たちが僕のまわりに集まっていた。
大きいの、小さいの、細いの、丸いの。
みんな風の音をまとっていて、
僕のまわりをくるくる回っている。
「おいおい、こいつは俺が唾つけたんだからな」
ヒューイが言っても、
精霊たちは嬉しそうに舞い続けた。
「……なんか、みんなかわいいね」
「そうだろ?
まぁ“見える人間”は特別なんだよ。
俺たちにとってはな」
ヒューイは僕の肩にちょこんと乗った。
「お前、名前は?」
「ヒロ」
「ヒロか。いい名前だ。
今日から俺は、お前の友達だ」
「ほんと!?」
「当たり前だろ。
精霊の目を持つ人間を守護することが、俺たちの役目でもあるんだからな」
ヒューイはにかっと笑った。
気づけば、僕は眠くなっていた。
ヒューイが僕の頭をぽんぽん叩いた。
「寝ていいぞ。
ここは俺たちが守ってやる」
「……うん……」
僕は丘の上でそのまま眠ってしまった。
「ヒロくん!? なんばしよっとか!!」
おじいちゃんの声で目が覚めた。
朝日がまぶしい。
僕は丘の上で寝ていた。
「……ヒューイが……」
「ヒューイ? 誰やそれは」
おじいちゃんは僕を抱えて家に戻った。
お父さんもお母さんも心配していた。
「なんでこんなところで寝てたの?」
「ヒューイっていう風の精霊さんがね……」
「……ヒロ、寝ぼけてたんじゃないか?」
誰も信じてくれなかった。
でも、僕の肩の上では、
小さな風がくすくす笑っていた。
その日の夜。
「よぉ、ヒロ。今日も来たぞ」
窓の外に、ヒューイがいた。
「ヒューイ! どうしてみんなの前でこなかったのさ!」
「当たり前だろ。
お前にしか見えねぇんだよ」
「なんでみんなには見えないの?」
「簡単だ。精霊の目を持ってないからだ」
「昨日も言ってたけど……せいれいのめってなに?」
「お前さんが言うところの光の子も、その一種だな。
それらが見える“眼”のことだ。 」
ヒューイは、僕の目を指さした。
「俺と契約すれば、
俺はお前の“精霊”になれる。
そうすりゃ、召喚されたときだけ
みんなにも見えるようになる」
「しょうかん……?」
「そうだ。
お前は“精霊召喚魔法使い”になれるんだよ」
ヒューイは僕の手を取った。
「どうする? ヒロ。
俺と契約するか?」
僕は迷わなかった。
「……する!」
「よっしゃあ!!」
ヒューイが僕の手に触れた瞬間、
風が渦を巻いて僕の体を包んだ。
光の子たちが祝福するように舞い上がる。
こうして――
僕は初めて、精霊と契約した。
次の日。
「お父さん、お母さん……見てて!」
僕は深呼吸して、手を前に出した。
「来て、風の精霊――ヒューイ!」
風が巻き起こり、
小さな竜巻が生まれた。
「うおおおおおお!!
さっそく呼んでくれてありがとな!」
ヒューイが現れ、
胸を張ってつむじ風を起こした。
「もしかして……精霊さんね?」
「すごい……!」
「こっちではそうと呼ばれてるな! 正確にはちっと違うけどな、ワハハ
俺はヒロを守護する精霊になったヒューイだ!
ほかの奴らもよろしくな〜!」
おじいちゃんも、お父さんも、お母さんも驚いていた。
僕は胸がドキドキしていた。




