第78話 母の夢と波佐見焼
帰省三日目。
僕とお兄ちゃんは、市内のデパートのベンチで虚空を見つめていた。
「……長いな」
「……うん」
僕たちの手には荷物の一つもない。
なぜなら、お母さんが購入した商品は、その場ですべて僕の『収納』に吸い込まれていくからだ。
「これ便利ねぇ! 重くないから幾らでも買えちゃうじゃない!」
お母さんは魔法の有効活用に味を占め、爆買いモードに突入していた。
そのターゲットになっているのは、人の姿をしたフレアとシラユキだ。
「きゃー! 可愛い!
シラユキちゃん、こっちのワンピースも当ててみて! 絶対似合うわ!」
「フレアさんはこっちの大人っぽいリップが似合いそうね! ちょっとつけてみて!」
お母さんが目をキラキラさせて走り回っている。
「あら、これも素敵ですわね。お母様、センスがおありですわ」
フレアは真紅のワンピースを優雅に着こなし、モデルのようにポーズを決めている。
まんざらでもない様子だ。
「あ、あの……このような高価な衣類を……申し訳ありません……」
シラユキは白のフリル付きブラウスをあてがわれ、オロオロしている。
でも、お母さんの勢いは止まらない。
「いいのよ! 遠慮しないで!
私ね、昔からずーっと『娘』が欲しかったのよ!」
お母さんが力説する。
「でも生まれたのは、むさ苦しい男二人でしょ?
可愛い服も選べないし、一緒にお化粧品も見れないし……寂しかったのよぅ!」
そう言って、お母さんはシラユキを抱きしめた。
「そこへこんな可愛い子たちが来てくれたんだもの!
もう実の娘みたいなものよ!
さあ、遠慮なくお母さんの夢に付き合ってちょうだい! ヒロ、これも収納して!」
「はいはい……」
僕は虚ろな目で、次々と渡される紙袋を亜空間へと放り込んでいった。
◇◇◇
一通り服とコスメを買い漁った後。
僕たちはデパート内のカフェで休憩することになった。
「ふぅ……楽しかったわぁ」
お母さんは満足げにアイスティーを飲んでいる。
フレアとシラユキも、新しい服やアクセサリーを身につけて嬉しそうだ。
精霊は本来、魔力で服を生成できるけど、こうして現物の服を着るのも新鮮で楽しいらしい。
「さて、服とお化粧品は揃ったけど……。
他に何か欲しいものはない?」
お母さんが聞いた。
なんでも買ってくれる女神のような発言だ。
二人は顔を見合わせた後、少し申し訳なさそうに言った。
『あの……実は、お願いがありまして』
「ん? なあに?」
『私たちの住んでいる「召喚空間」……ヒロの精神世界なのですが、そこに家具を置くようになりまして。
もしよろしければ、皆でお茶を楽しむための「ティーセット」が欲しいのです』
以前、ヒューイが「お茶会セットも欲しい」と言っていたのを思い出したらしい。
今は僕が収納したマグカップで代用しているから、ちゃんとしたのが欲しいのだろう。
「ティーセットね! いいわね、素敵!」
お母さんはパンと手を叩いた。
でも、僕はふと素朴な疑問を口にした。
「あれ? でもさ。
あっち(召喚空間)にいる時の君たちって、精神体だよね?」
『ええ、そうですわね』
「だったら、物理的なお茶なんて飲めないんじゃないの?
ティーセットがあっても意味なくない?」
僕の正論に、その場の空気が一瞬止まった。
フレアが呆れたように溜息をつく。
『はぁ……これだからおこちゃまは困りますわ』
「えっ」
『ヒロ。大事なのは「実際に飲めるかどうか」ではありませんの。
「皆でテーブルを囲んで、素敵なカップで優雅な時間を過ごす」。
この「雰囲気」こそが重要なのですわ!』
「そうよヒロ!」
お母さんも援護射撃をしてきた。
「心の潤いには形が必要なの!
機能性だけで生きてちゃ、人生つまらないわよ?」
『そうです。王ももう少し「情緒」というものを解された方がよろしいかと』
シラユキにまで諭されてしまった。
えぇ……なんか僕だけ野暮な人みたいになってる。
「はいはい、分かりましたよ……」
僕が降参すると、お母さんはニヤリと笑った。
「よし、決まり!
デパートの洋食器もいいけど……せっかくなら、もっと味のあるものがいいわね」
お母さんは少し考え込んだ後、提案した。
「これからおじいちゃんの家に行くでしょう?
その途中にあるから、ちょっと寄り道しましょう」
「寄り道って、どこに?」
「『波佐見』よ。
いい焼き物の店を知ってるの」
◇◇◇
お父さんの運転する車に揺られること数時間。
いくつか県境を越え、僕たちは長崎県の波佐見町へとやってきた。
ここは「波佐見焼」という陶磁器の産地として有名な場所だ。
昔ながらの煙突が残る風景の中に、モダンなギャラリーやショップが点在している。
「ここよ、ここ!」
お母さんが案内してくれたのは、古い倉庫を改装したオシャレな陶器屋さんだった。
中に入ると、シンプルで洗練されたデザインの器がズラリと並んでいる。
「わあ……綺麗」
有田焼のような豪華絢爛さとはまた違う、日常に溶け込むような美しさだ。
北欧デザインのような雰囲気もある。
『あら、素敵ですわね。
シンプルですが、温かみがありますわ』
フレアが藍色のポットを手に取って感心している。
『こちらの白い急須も可愛らしいです。
私の着物にも合いますね』
シラユキは丸っこい急須が気に入ったようだ。
「でしょう? 波佐見焼は丈夫で使いやすいし、デザインも可愛いのよ」
お母さんは得意げだ。
「さあ、好きなのを選んで!
召喚空間用と、あと寮で使う分も買っちゃいましょう!」
結局、みんなであーだこーだ言いながら選んだのは、
モダンなデザインのティーポットと、色違いのスタッキングマグカップのセット、それに可愛い小皿の数々だった。
全部合わせると結構な値段になったけど、お母さんは迷わずカードを出した。
「いいのいいの!
可愛い娘たちへのプレゼントだもの!」
会計を済ませ、丁寧に梱包された箱を受け取る。
「はい、ヒロ。お願いね」
「はいよ」
僕は箱を受け取るそばから、次々と『収納』に入れていく。
普通なら大荷物で車に乗るのも大変だけど、僕がいればトランクはスカスカだ。
「……ヒロのおかげで、幾らでも買えちゃうわね」
お母さんが危険なことを呟いている気がするけど、聞かなかったことにしよう。
「ありがとう、お母さん」
『感謝いたします、お母様』
二人がお礼を言うと、お母さんは今日一番の笑顔を見せた。
「どういたしまして!
あー、楽しかった! また買い物に行こうね!」
こうして、僕の収納空間の中身とお母さんの夢をパンパンに満たして、僕たちは目的地であるおじいちゃんの家へと向かったのだった。




