第77話 兄の進路
薬師寺家からの「重すぎる贈り物」を使った豪華な宴が終わった後。
お腹も心も満たされたリビングで、お兄ちゃんが切り出した。
「父さん、母さん。ヒロも。
……ちょっと、真面目な話があるんだ」
その表情は、いつになく真剣だった。
空気を察した僕は、テレビの音量を消して座り直した。
精霊たちは縁側や庭でくつろいでいる。今は、水入らずの家族会議だ。
「どうしたのカイト? そんな怖い顔して」
「金なら貸さんぞ?」
お母さんとお父さんが茶化すが、お兄ちゃんは笑わなかった。
コホン、と一つ咳払いをして、お兄ちゃんは言った。
「俺の、進路のことだ」
お兄ちゃんは、この春から魔法学校の高等部三年生になる。
卒業後の進路を決める重要な時期だ。
「実は、先生からいくつか選択肢を提示されてる。
一つ目は、そのまま魔法大学へ内部進学して、魔法の研究を続ける道。
二つ目は、卒業と同時に『魔法機動隊』へ入隊する道。
三つ目は、軍への入隊を前提に、防衛大学校へ進む道だ」
「魔法機動隊って……あの国軍の?」
お母さんが息を呑む。
「ああ。どうやら俺の成績と……実戦のデータが評価されたらしくて。
『幹部候補生』として、直々にオファーが来てる」
「幹部候補生!?」
お父さんが驚いて声を上げた。
それは、田舎の一般家庭からすればとんでもない出世コースだ。
将来は安泰。国を守るエリート。親戚一同に自慢できるような話だ。
「すごいじゃないかカイト! お前、そんなに優秀だったのか!」
「ええ、すごいわ……! うちから将校さんが出るなんて!」
両親は手放しで喜んでいる。
でも、お兄ちゃんの顔は晴れなかった。
膝の上で、拳をギュッと握りしめている。
「……でも、俺は」
お兄ちゃんが絞り出すように言った。
「正直に言うと、軍に行きたいわけじゃないんだ」
その言葉に、両親の歓声が止まった。
「もちろん、国を守る仕事が尊いのは分かってる。
でも、俺は……ただ国の『兵器』として、命令されるままに戦う人生を送りたいとは思えないんだ」
ヴァイスラントでの戦い。
そこで見た教会の腐敗や、力の暴走。
そして何より、ヒロという「規格外」の隣にいて感じた、魔法というものの奥深さ。
「俺は、もっと魔法を知りたい。
ただ使うだけじゃなくて、どうすればもっと効率よくなるのか、新しい使い道はないのか。
……ヒロの魔法を見てて、そう思ったんだ」
お兄ちゃんが僕を見た。
「やりたいことが明確に決まってるわけじゃない。
でも、今は戦うことよりも、学ぶことの方に惹かれてるんだ」
重い沈黙が流れた。
せっかくのエリート街道を蹴って、あえて研究の道へ。
親としては、安定した道を望むのが普通かもしれない。
お父さんが、腕組みをして深く唸った。
「むぅ……」
「父さん……」
お兄ちゃんが不安そうに見つめる中、お父さんは顔を上げた。
「なんだ、決まってるんじゃないか」
「え?」
「お前が『やりたい』ことは、研究なんだろう?
だったら、そっちに行けばいい」
お父さんはあっさりと、拍子抜けするほど簡単に言った。
「い、いいのか? 軍の誘いを断っても……」
「バカ言え。親のために仕事を選ぶな」
お父さんはニカッと笑って、お兄ちゃんの背中をバシッと叩いた。
「好きに生きろ。それが九州男児だ」
「父さん……」
「ま、正直父さんには、魔法の研究とやらが何をするもんなのかサッパリ分からん!
プログラマーみたいなもんか? 違うか?」
ガハハと笑うお父さん。
お母さんも、優しく微笑んだ。
「そうね。私もカイトがいきなり軍隊に入るより、大学に行ってくれた方が安心だわ。
危険な場所には行ってほしくないし」
「……ありがとう。二人とも」
お兄ちゃんの顔から、憑き物が落ちたように力が抜けた。
その表情は、すごく晴れやかだった。
「よし! 悩みも解決したことだし!」
お父さんが立ち上がった。
「明日は釣りに行くぞ!
カイトの進路決定祝いだ! ヒロも付き合えよ!」
「え、僕も?」
◇◇◇
翌日。
僕たちは近くの堤防へ釣りに出かけた。
九州の海は青く澄んでいて、潮風が心地いい。
「おっ、来たぞ!」
お父さんの竿がしなる。釣り上げたのは立派なアジだ。
「こっちも来ました!」
お兄ちゃんの竿にもヒット。こちらはカサゴだ。
二人とも順調に釣果を上げている。
一方、僕は。
「…………」
シーン。
僕の浮きは、ピクリとも動かない。
「おかしいな……。場所は悪くないはずなんだけど」
空間魔法で魚を集めようかとも思ったけど、それは釣りに対する冒涜な気がして我慢した。
シラユキに頼んで魚を追い込んでもらおうか……いや、それも反則だ。
「ははっ、ヒロは相変わらず殺気が出すぎてるんじゃないか?」
お兄ちゃんが笑いながら、僕の隣に座った。
その横顔は、昨晩までの悩み多き顔ではなく、吹っ切れた爽やかな笑顔だった。
「……よかったね、お兄ちゃん」
「ん? ああ」
お兄ちゃんは海を見つめて、小さく呟いた。
「俺は、俺のやり方で強くなるよ。
いつか、お前が驚くようなすごい理論を見つけてやるからな」
「うん。楽しみにしてる」
結局、その日僕が釣れたのは、小さなフグが一匹だけだった。
でも、夕日に照らされたお兄ちゃんの笑顔が見れたから、まあ大漁と言ってもいいかもしれない。




