第75話 氷の刃と兄の意地
翌朝。
僕は人の姿になったシラユキを連れて、早朝の訓練場へと向かった。
性能テスト――というか、この姿でどれくらい動けるかの確認をするためだ。
「ようヒロ、早いな……って、んん!?」
入り口で、自主練に来ていたお兄ちゃんと鉢合わせた。
お兄ちゃんは僕の隣に寄り添う和装の美少女を見て、目を丸くした。
「だ、誰だその美少女!?
いや、その雰囲気……もしかしてシラユキさんか?」
「正解。昨日、人の姿を作ったんだよ」
「マジか……すげーかわいい! ドストライクだわ!」
お兄ちゃんが親指を立てて絶賛した。
えっ、意外。お兄ちゃんの好みって和風清楚系だったんだ。
「へぇ、兄さん意外と見る目あるじゃない」
後ろからエレノア先生もやってきた。
どうやら、シラユキの「その後」が気になって見に来たらしい。
「これから性能テストをするんだろ? 俺も手伝うよ」
お兄ちゃんがやる気満々で腕をまくった。
◇◇◇
準備運動をしながら、僕はふと気になっていたことを口にした。
「そういえば今更なんだけどさ。
シラユキって『水の精霊』なのに、氷みたいな名前にして……なんか僕、やっちゃった?」
水属性なのに雪(氷)。
属性違いの名前をつけてしまったのでは、という懸念だ。
しかし、エレノア先生は眼鏡をクイッと上げて言った。
「あなたね……。氷魔法っていうのは、水属性の一つ、というか延長線上にあるものよ。
だから水の精霊たるシラユキちゃんが、氷を使えないわけないじゃない」
「え、そうなの?」
「ええ。水から熱エネルギーを奪えば氷になる。物理現象としては同じ『H2O』でしょ?
……って、そういえばそうだったわね」
先生はポンと手を叩いた。
「あまりに規格外だから忘れてたけど、あなたまだ『1年生』だったわね。
状態変化の理論はまだ先で習う範囲だもの、知らなくて当然か」
「う……。なんかバカにされた気分」
「褒めてるのよ。
ともかく、理論上はシラユキちゃんも氷を操れるはずよ」
『はい。その気になれば、辺り一面を永久凍土に変えることも可能でございます』
シラユキが涼しい顔で肯定する。
なるほど、そういう理屈か。
「……あれ? ってことはさ。
僕の『断熱圧縮』の水魔法……あれからさらに熱を抜いたら、氷になるってこと?」
「理論上はそうなるわね」
「えぇ! なにそれ面白い! 今度やってみようっと」
新たなアイデアを思いついてニヤニヤする僕を、お兄ちゃんが呆れたように見ていた。
「ま、ヒロの新魔法開発は置いといてだ。
テストを始めようぜ」
お兄ちゃんが訓練場の中央に立った。
「まずは、あの教会で見た『ウォーターカッター』。あれを俺に撃ってみてくれ」
「え!? それ、お兄ちゃんが受けるの!?」
僕は驚いた。あれは鉄すら切断する高圧水流だ。
生身の人間が受けていいものじゃない。
「もしかしてお兄ちゃん……そういう趣味(ドM)があるの?」
「ちげーよ! バカ!」
お兄ちゃんが顔を赤くして否定した。
「確認したいんだよ。自分の『旋風装甲』が、ちゃんと通用するかどうか」
お兄ちゃんは真剣な眼差しで僕を見据えた。
「ヒロはどんどん強くなるだろ?
俺も置いていかれるわけにはいかないからな」
「強くなんてないよ。
すごいのは精霊たちであって、僕じゃないし」
僕は首を振った。
精霊の力がなければ、僕はただの魔力が多いだけの学生だ。
「……ま、そういうことにしておいてやるよ。
さあ、来い!」
「分かった。じゃあシラユキ、お願い」
『承知いたしました』
シラユキが前に出る。
スッと手をかざすと、空気中の水分が集まり、高圧の水刃が形成された。
『いきます――ッ!』
ヒュンッ!!
放たれたウォーターカッターが、お兄ちゃんに直撃する。
「うおおおおッ!! 『旋風装甲』!!」
ガギィィィン!!
激しい衝突音。風の鎧が水流を巻き込み、回転の力で弾き飛ばす。
お兄ちゃんは一歩も引かずに耐えきった。
「よしっ! 弾いた!」
「やるねお兄ちゃん!」
すると、シラユキが静かに言った。
『では次は、凍らせてみます』
シラユキが魔力を込めると、水の刃が一瞬で凍結し、巨大な氷の鎌いたちへと変貌した。
『はっ!』
ガガガガガッ!!
「ぐっ……重っ……!!」
今度は鈍い音が響いた。
風の鎧で弾いてはいるものの、氷の質量がお兄ちゃんを押し込んでいく。
ザザザッ……!
お兄ちゃんの足が地面を削り、数メートル後退したところでようやく氷が砕け散った。
「はぁ、はぁ……。
なるほど、氷になると威力が段違いだな。いいデータが取れた」
冷や汗を拭いながらも、お兄ちゃんは満足そうだ。
さすがの防御力だ。
「さて。遠距離は分かったから、次は近接戦闘だな」
お兄ちゃんが構え直す。
すると、エレノア先生がパンと手を叩いた。
「そうね。せっかく人の姿で腕があるんだし、武器を持たせましょう」
先生はスマホを取り出し、シラユキに画面を見せた。
「この着物姿には、やっぱりこれよ。『薙刀』!」
「なぎなた……ですか?」
「そう! 和装の美少女といったら長物! これは古来よりの決定事項なのよ!」
先生が謎のオタク理論を熱弁している。
画面には、アニメキャラが薙刀を構えている画像が映っていた。
『なるほど。このような形状の氷を作ればよいのですね。
そんなの簡単ですよ』
シラユキが右手を虚空に握る。
パキパキパキッ! という音と共に、彼女の手の中に、切っ先まで透き通った美しい「氷の薙刀」が形成された。
「おお……かっこいい」
僕が感嘆の声を漏らす中、シラユキはそれをブンッ! と軽く振り回した。
『ではカイト様。お相手願います』
「おう! どっからでも来い!」
模擬戦、開始。
タンッ!
シラユキが踏み込む。
着物姿とは思えない滑らかな動きで懐に入り、薙刀を一閃。
ガキンッ!!
お兄ちゃんは風を纏った腕でそれを受け止めるが、衝撃で身体が浮く。
そこへすかさず、シラユキの追撃。
「『火球』!」
お兄ちゃんが至近距離で火魔法を放つ。
シラユキは薙刀の柄でそれを弾くが、その隙にお兄ちゃんは距離を取った。
「『風の刃』!」
連射される風の刃。
シラユキはそれを舞うように躱し、あるいは薙刀で叩き落としながら接近する。
『甘いです!』
シラユキが上段から薙刀を振り下ろす。
お兄ちゃんは避けない。
「甘いのはそっちだ!
カウンター……『乱気流弾』!!」
ドォン!!
薙刀が当たる直前、お兄ちゃんの掌から圧縮された風の塊が放たれた。
不規則な軌道を描く風がシラユキの体勢を崩す。
「そこだッ!」
お兄ちゃんが踏み込み、シラユキの首元に手刀を寸止めした。
「……そこまで!」
僕が合図をすると、二人は同時に動きを止めた。
『……参りました。
まさか、あの体勢から反撃されるとは』
シラユキが薙刀を消し、ぺこりと頭を下げる。
「いやいや、俺もギリギリだったよ。
あの薙刀、一撃でも食らってたら終わってた」
お兄ちゃんが息を切らしながら笑う。
二人とも、すごい。
「……やっぱり、お兄ちゃんかっこいいな」
精霊相手に一歩も引かず、最後は技で上回る。
いつの間にか、お兄ちゃんもすごく強くなっていたんだ。
僕も、負けていられないな。
精霊の力に頼るだけじゃなく、僕自身ももっと成長しないと。
そんな決意を新たにした、朝の訓練だった。




