第74話 女子会とアバター作成
ヒロの精神世界――『召喚空間』。
主であるヒロですら自由には入れないその場所で、今日も精霊たちの井戸端会議が開かれていた。
『あなた、本当に人の姿を作らないのですか?』
真紅のドレスを纏ったフレアが、呆れたように扇子を揺らした。
その視線の先には、白い大蛇――シラユキがトグロを巻いている。
少し離れた場所では、雷獣イカヅチが昼寝をしていた。
『いえいえ、王の手を煩わせるわけには……。
私はこの姿で十分にございます』
シラユキはいつものように謙虚に断っている。
しかし、フレアはパチリと扇子を鳴らした。
『あの子はそういう所ありますから、直接言わないと気づきませんことよ?
それに……あなた、その姿でヒロの実家に帰ってどうなると思いますの?』
『どう、とは?』
『あなたの姿、誰がどう見ても「大蛇」ですわ。
この国には、蛇を嫌悪し、恐怖する人間が一定数いますのよ。
ヒロのお母様が、そうでないと言い切れますの?』
『っ……!』
シラユキが言葉に詰まる。
確かに、いきなり巨大な白蛇が現れたら、普通のお母さんは気絶するかもしれない。
『一般的に、蛇は人家に入れば駆除対象ですわ。
愛玩動物である犬や、伝承にある妖精とはわけが違いますもの』
『……おい。今、誰か我のことを犬と言ったか?』
寝ていたはずのイカヅチがピクリと耳を動かしたが、二人は無視して話を進める。
『く、駆除……』
シラユキが青ざめた(ような気がした)。
王の家族に嫌われる、あるいは駆除される未来を想像してしまったらしい。
『さあ、そうと決まれば善は急げですわ!
レッツ、人の姿作成!』
『は、はい! お願いします!』
◇◇◇
一方、現実世界。
寮の部屋で、数学の宿題を解いていた。
(……うーん、この関数の問題難しいな、でもエレノア先生が魔法作るとき、こんな感じの数式たくさん書いてたし、きっと必要なんだ……)
ペンを回しながら悩んでいると、突然、頭の中に凛とした声が響いてきた。
『――王よ。聞こえていますか?』
「うわっ!?」
僕は思わず飛び上がった。
この声は、シラユキ?
『申し訳ありません、驚かせてしまって。
少々、王のお力をお借りしたい件がありまして……』
「え、あ、うん。聞こえてるよ」
僕は虚空に向かって返事をした。
召喚空間の精霊たちって、こんな風に話しかけることができるんだ。
……だとしたら、今までわざわざ飛び出してきてたヒューイって、一体なんだったんだ?
あいつ、ただ目立ちたかっただけじゃ……。
まあいいや、ヒューイらしいし。
「それで、どうしたの?」
『あの……以前は不要だと申し上げましたが……。
今後を考えて、やはり人型を作っておきたいと思いまして……』
シラユキの声は、どこか切羽詰まっていた。
何か心境の変化があったんだろうか。
「うん、いいよ。気にしなくていいのに。
シラユキが望むなら、喜んで作るよ」
『ありがとうございます!』
「よし、じゃあ早速……と言いたいところだけど」
僕は狭い寮の部屋を見渡した。
ここは男子寮だ。いきなり美少女(になる予定の精霊)を召喚するのはまずい。
もし誰かに見られたら変な噂が立ってしまう。
「……こういう時は、便利なあそこだな」
◇◇◇
数分後。
僕は当たり前のように、特別棟の研究室のドアをノックしていた。
「エレノア先生ー、部屋貸してくださいー」
「はいはい、どうぞー」
先生は慣れた様子で招き入れてくれた。
もはや第二の自室扱いである。
「で、今日は何するの?」
「精霊のアバター作りです。
シラユキも人の姿になりたいって言うので」
「へぇ!」
先生が興味津々で身を乗り出した。
「精霊は本来、形を持たない精神体……。
召喚者のイメージ次第で姿を変えられるとは聞いていたけど、その現場を見られるなんて貴重ね!」
「そういうことです。
フレアの姿も、以前僕とフレアで話し合って作ったんですよ」
「あら、面白そう。
私も見てみたいわ。混ぜてちょうだい!」
「いいですよ。じゃあ始めましょうか」
僕はテーブルの上の資料をどかし、スペースを作った。
監督兼アドバイザーとして、フレアを人の姿で召喚した。
『ごきげんよう、エレノア』
「ええ、いらっしゃいフレア。今日はあなたの妹分のプロデュースね」
さて、本番だ。
イメージするのは、シラユキの「擬人化」。
名前の通り、白を基調とした……清楚で、冷たくて、でも美しい女の子。
――ッ! いけない、危ない危ない。
僕は慌ててイメージを修正した。
以前、フレアを作った時、うっかり「服」をイメージし忘れて全裸で召喚してしまったのだ。
あの時の気まずさは二度と味わいたくない。
(服! 服を着せるんだ!
和風のイメージだから……着物! 白無垢のような、巫女服のような……)
頭の中でデザインを組み立て、魔力を注ぎ込む。
「出てきて、シラユキ!」
光が収束し、一人の少女の姿を形作った。
透き通るような白い肌。
腰まで届く長い銀髪。
白を基調とし、水色の装飾が施された美しい着物を纏っている。
「……できた」
『あら、お上手!』
フレアが手を叩いて褒めてくれた。
『前回と違って、最初からちゃんと綺麗な服も着せてありますわ!
ヒロ、センスが上がりましたわね!』
「あはは……」
前回の失敗は言わないでほしい。
シラユキがおずおずと自分の手足を確認する。
『こ、これが私の……手……足……』
「どう? 違和感ない?」
『はい、素晴らしいです……!
ですが、少々身体が軽いような……』
「ちょっと待って一之瀬君!」
そこで、エレノア先生が鋭い声を上げた。
眼鏡がキラーンと光っている。
「全体的な雰囲気は最高よ。百点満点。
でもね……『ここ』が解釈違いよ!」
先生が指差したのは、シラユキの胸元だった。
僕のイメージでは、フレアほどじゃないけど、それなりに女性らしい膨らみを持たせていたのだが。
「シラユキちゃんは『雪』や『氷』のイメージでしょ?
なら、儚げで、スラッとした体型であるべきよ!
この膨らみはノイズだわ! もっと慎ましく、凛としているべきよ!」
先生が力説する。
すると、フレアが扇子を閉じて反論した。
『いいえ、分かっていませんわねエレノア。
彼女は大蛇……つまり生命力の象徴でもありますのよ?
豊穣な肉体こそが、母なる大地の恵みを表しますの。
ここはわたくしと同じく、ボン・キュッ・ボンであるべきですわ!』
「甘いわフレア! それはあなたの『火』の属性だから似合うのよ!
クールビューティーには『壁』が必要なの!
一之瀬君、サイズを落として! 限りなくフラットに!」
『ヒロ! 増量ですわ! 夢を詰め込むのです!』
「えぇ……」
僕を挟んで、巨乳派と貧乳派の激しい論争が始まった。
シラユキ本人は「あ、あの……」とオロオロしている。
その後も。
「帯の位置はもっと高く!」「着物の柄に雪の結晶を入れましょう」「目の色はもっと薄い金色に」などなど。
二人のこだわりによる数回のリテイクが行われた。
そして。
「……完成だ」
光の中から、新生シラユキが現れた。
身長は僕より少し低いくらい。
体型はエレノア先生の意見が採用され、スラリとしたモデル体型(胸は控えめ)。
その代わり、着物の帯や髪飾りにはフレアの意見で華やかな装飾が施されている。
切れ長の瞳は神秘的な黄金色。
まさに、雪の精霊と呼ぶにふさわしい「和装の美少女」だった。
『……これが、私の新しい姿』
シラユキは鏡に映る自分を見て、頬を染めた。
『王よ、感謝いたします!
これほど美しい器を授けていただけるとは……!』
「うん、すごく似合ってるよ」
僕が言うと、シラユキは着物の袖を振って、優雅に一回転してみせた。
その笑顔は、蛇の姿の時よりもずっと身近で、可愛らしく見えた。
『よかったわね、シラユキ』
「うんうん、最高傑作よ」
議論を戦わせた二人も満足げだ。
こうして、僕の周りにまた一人、美少女(精霊だけど)が増えることになったのだった。




