表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/83

第72話 バレンタインと精霊たちのお茶会

 三学期も半ばに差し掛かった、2月14日。

 朝、寮の部屋に一つの小包が届いた。


「あ、お母さんからだ」


 差出人は実家の母。

 中を開けると、綺麗にラッピングされた箱と手紙が入っていた。


『ヒロへ。バレンタインのチョコを送ります。

 勉強も魔法も頑張ってるみたいだけど、たまには甘いものでも食べて休憩してね』


 箱の中身は、僕の好物である生チョコとホワイトチョコの詰め合わせだ。

 市販品じゃなくて、お母さんの手作り。


「……ありがとう、お母さん」


 僕はホッと胸を撫で下ろした。

 そういえば昔、お兄ちゃんが「学校で嫌になるほど貰うから、母さんからは送らなくていいよ」なんて言ってたのを思い出す。

 それでもお母さんは「これは私がやりたくてやってるの!」と譲らなかったっけ。

 あの時は「お兄ちゃん贅沢だなぁ」と思ってたけど、今の僕にはこの「実家の味」が何よりも嬉しい。

 さすがお母さん、僕の好みを完全に理解してくれている。


 僕は一粒だけ口に放り込み、幸せな甘さを噛み締めながら寮を出た。


 しかし。

 学校に一歩足を踏み入れると、そこは戦場だった。


「あ! いた! ヒロ君!」


 廊下を歩いていると、見知らぬ上級生の女子グループに囲まれた。


「はい、これ! 義理じゃないけど、お返しは気にしないでね!」

「前の聖女事件の時、すっごくかっこよかったよ!」

「これ私の手作り! 食べてね!」


「え、あ、はい。ありがとうございます……」


 次から次へと渡される、可愛らしいリボンのついた箱、箱、箱。

 名前も顔も知らない先輩たちが、すごい勢いでチョコを押し付けてくる。

 どうやら、あの聖女撃退の一件で、僕の知名度は爆上がりしていたらしい。


「ふぅ……」


 僕は人気の少ない渡り廊下で一息つき、大量の戦利品を『収納空間』へと放り込んだ。

 収納魔法があって本当によかった。普通なら持ち切れない量だ。


「あら一之瀬君、モテモテね」


 背後から声をかけられた。

 エレノア先生だ。手には何やら高級そうな紙袋を持っている。


「先生……。その袋は?」


「これ? ドイツで買ってきたお土産のチョコよ。

 本当はもっと早く渡そうと思ってたんだけど、どうせならバレンタインに合わせて配ったほうが『効果的』でしょ?」


 ニヤリと笑う先生。

 なるほど、これはホワイトデーのお返し(投資回収)を見込んだ戦略か。

 ちゃっかりしてるなぁ。


 先生から「ドイツ産高級チョコ」を受け取り、また収納しようとした時だった。


『おい! ヒロ!』


 緑色の風と共に、ヒューイが飛び出してきた。

 最近、召喚空間の居心地がいいのか、彼らは頻繁にこちらの様子を覗いているのだ。

 もちろん、召喚していない今のヒューイの声は、僕にしか聞こえていない。


「(うわっ、びっくりした。どうしたの急に)」


 僕は慌てて小声で返した。


『どうしたもこうしたもあるか!

 さっきから美味そうな匂いさせやがって!

 俺様にもそのチョコとやらを食わせろ!』


「(えぇ……。でもヒューイ、精神体はご飯とかいらないんでしょ?)」


『だからだよ! ちゃんと実体化させて召喚しろ!

 あの中で指くわえて見てる身にもなれってんだ!』


 ヒューイがジタバタと空中で駄々をこねる。

 まあ、確かに自分だけ食べるのは悪い気もするけど……。

 ここで召喚するのはまずい。寮の部屋も狭いし、みんな呼ぶとなるとスペースがない。


 ……そうだ。

 僕は目の前のエレノア先生を見上げた。


「あの、先生。ちょっと相談があるんですけど」


「ん? なあに?」


「このチョコ、精霊たちが食べたいみたいで……。

 でも、寮だと狭くて全員出せないんです。

 よかったら、先生の研究室を使わせてもらえませんか?」


「研究室を?」


 先生はきょとんとした後、すぐに目を輝かせた。


「いいわよ! その代わり……精霊たちの観察、させてもらうわよ?」


◇◇◇


 というわけで。

 僕たちは特別棟にあるエレノア先生の研究室へとやってきた。


 部屋の中は、魔導書や論文の資料が山積みになっていて、足の踏み場もないほどだ。

 相変わらず片付けができない人だ……。


「ちょっと待ってねー、今場所空けるから」


 先生が雑に書類を運び、強引にスペースを作った。

 先生が紅茶を淹れてくれている間に、僕は収納から大量のチョコの山を取り出し、テーブルに広げた。


「よし。おいで、みんな」


 僕は胸に手を当て、四体の精霊を一斉に召喚した。


 ボンッ!


 光と共に現れたのは、個性豊かな面々だ。


 机の上に乗るサイズの、白い小蛇――シラユキ。

 足元には、子犬サイズに縮んだ雷獣――イカヅチ。

 宙に浮く、ぽっちゃりとした小人――ヒューイ。

 そして、ソファに優雅に腰掛ける、真紅のドレスの美女――フレア。


「……やっぱすごいわね」


 先生が紅茶のカップを並べながら、呆れたように呟く。


「四体同時顕現……。

 『聖典』に出てくる伝説の主人公たちだって、せいぜい二体同時が限界だって描かれているのに。

 涼しい顔してこれだもの。恐ろしい子……」


 先生が何かブツブツ言っているが、精霊たちは気にした様子もなくチョコに群がった。


『おお! これがチョコか! 甘くて美味いな!』


 ヒューイが包み紙ごと食べようとして、フレアに叩かれている。


『お行儀が悪くてよ、ヒューイ。

 ……ん、これは美味しいわね。上品な甘さだわ』


 フレアは人の姿で、器用に紅茶を飲んでいる。

 やっぱり絵になるなぁ。


『うむ。我はもっと肉っぽいものがいいのだが……まあ悪くはない』


 イカヅチも鼻を鳴らしながら、ポリポリとチョコを齧っている。


 そして、机の上のシラユキは。


『はむ、はむ……』


 小さな口で、一生懸命チョコを食べていた。

 その姿がなんとも愛らしい。


「シラユキ、食べにくくない?

 フレアみたいに、人の姿を作ってあげようか?」


『い、いえ! 滅相もございません!』


 シラユキが慌てて首を振った。


『王にそのような手間をかけさせるわけには……。

 それに、この姿なら皆様の邪魔にもなりませんし、十分でございます』


 シラユキはこの姿が気に入っているんだろう。


「そっか。まあ、無理強いはしないよ」


 こうして、人間二人と精霊四体による、奇妙なお茶会が始まった。

 貰ったチョコの山が、みるみるうちに減っていく。


「ん?」


 僕は山の中にあった、ひと際高級そうな黒い箱を手に取った。

 中には、ゴルフボールくらいの大きさのトリュフチョコが入っている。

 金箔まで散らしてあって、なんだか凄そうだ。


 パクッ。


「……!!」


 口に入れた瞬間、濃厚な香りと、とろけるような口溶けが広がった。

 なんだこれ。今まで食べたチョコと全然違う。


「え! なにこれうっま! めっちゃ美味しい!」


 僕が声を上げると、エレノア先生が覗き込んできた。


「あら、どれどれ……って、ええ!?」


 先生がパッケージを見て絶叫した。


「これ、『ショコラ・ド・ロワイヤル』じゃない!」


「え? 有名なんですか?」


「有名も何も、超高級店よ!

 それ一粒で……安く見積もっても三千円はするわよ!?」


「さ、三千円!?」


 僕は口の中のチョコを吹き出しそうになった。

 たった一粒で、僕の一ヶ月のお小遣いに匹敵する値段だ。

 味わって食べればよかった……!


「まじかよ……。誰だよこんなの渡してきた人……」


 箱にはメッセージカードも名前も入っていない。

 ただ、「いつも見ています」という達筆なメモ書きが一枚。


「……怖っ」


 僕が身震いすると、先生はケラケラと笑った。


「あら、いいじゃない一之瀬君!

 魔法の研究には莫大なお金がかかるのよ?

 こんな若いうちから、太い『パトロン』がついたと思えばラッキーじゃない!」


「先生……考え方がドライすぎますよ」


「あらそう? 利用できるものはなんでも利用する。

 それが優秀な魔法使いってものよ」


 先生は上機嫌で紅茶を啜っている。

 得体の知れない愛(と財力)の重さに若干引きつつも、僕は残りの高級チョコを大切に味わった。

 まあ、美味しいからいっか。


 そんな僕たちの様子を、窓の外から誰かが見ているような気がして、僕はふと視線を上げた。

 そこにはただ、冬の空が広がっているだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ