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第71話 新学期と銀時計と水魔法

 新学期が始まって数日。  僕は少し遅れて、久しぶりの教室に足を踏み入れた。


「ようヒロ! やっと来たか」


 席に着くと、親友のユウスケがニヤニヤしながら寄ってきた。  僕の机の上に置かれた紙袋――ドイツ土産のプレッツェルとチョコを見て、目を丸くする。


「お前、ドイツに行ってたのか!  まさか休みの日にち間違えて、今まで向こうにいたとか?」


「失礼な。ちょっと野暮用が長引いただけだよ。  ……まあ、おっちょこちょいなのは否定しないけど」


「ははっ、違いない」


 ユウスケは笑いながら、ふと教卓の方を見た。


「そういえば、エレノア先生も今日から復帰だろ?  担任と生徒が揃って遅刻って……なんかあったのか?」


「あー……」


 鋭い。さすがユウスケだ。  適当にごまかそうかとも思ったけど……無理だ。  だって僕はまだ12歳。  あんな大冒険をしてきて、誰にも言わずに黙っておくなんて不可能だ!


「実はさ。覚えてる? 前に来た『聖女』」


「ああ、あのおっかない人か」


「うん。その人の国から『ちょっと来い』って呼び出しをくらってさ。  このままだと戦争になりそうだったから、僕とお兄ちゃんで止めに行ってきたんだ」


「……はあ?」


 ユウスケがポカーンと口を開けた。


「戦争を……止めに?」


「うん。まあ、話し合い(物理)で解決してきたよ」


「……無事に帰ってきてるってことは、さてはまたボッコボコにしたな?」


 ユウスケは呆れたように溜息をついた。  僕の実力を知っているからこその反応だ。


「まあね。向こうの教会本部は……うん、跡形もなく水に流れていったよ」


「水に流れた? ……比喩じゃなくて?」


「物理的に」


「……そ、そうか。大変だったみたいだな(相手が)」


 ユウスケは遠い目をして、見知らぬ敵国に合掌した。


「ま、そんなことはいいんだよ。これ見て!」


 僕は周囲を警戒しつつ、『収納インベントリ』から例のブツを取り出した。  ローテンブルクで買った、銀の懐中時計だ。


 カチッ。


 蓋を開けると、精巧な文字盤がキラリと輝く。


「かっこいいでしょ〜」


「うわ、すげえ! 本物の銀か?」


「そうだよ。国家錬金術師の証……みたいでしょ?」


「おおー! 男のロマンだな!」


 ニヤァ、と二人で顔を見合わせて笑う。  やっぱり分かってくれるのはユウスケだけだ。


「でもさ、聖女がいた国って、エレノア先生が逃げてきた国だろ?  先生、大丈夫だったのか? 里帰りなんてして」


 ユウスケが心配そうに尋ねる。  確かに、普通ならトラウマものでもおかしくない。


「あー……うん。それがね」


 僕はスマホを取り出し、写真フォルダを開いた。


「すごく楽しんでたよ。これ見て」


「ん?」


 ユウスケが画面を覗き込む。  そこに映っていたのは――  雪山をバックに、「問おう!」とポーズを決めるエレノア先生と、ノリノリで騎士のポーズを取る霧島先生の姿だった。


「……何してんのこの人たち」


「聖地巡礼」


「何しについてきたんだろうね……」


 ユウスケが引いている。  他にも、城壁の上でマントを羽織る先生や、ビールジョッキを両手に持って豪快に笑う先生の写真を見せる。


「まあでも、すごく楽しかったよ。初海外旅行だったしね」


「そうか。まあ、ヒロたちが楽しかったならいいじゃん」


 ユウスケは苦笑しながらも、チョコを一つ摘んで口に放り込んだ。


 チャイムが鳴り、エレノア先生が教室に入ってくる。  その顔は以前よりも晴れやかで、少しだけ自信に満ちているように見えた。


 授業の内容は、いつも通り。  黒板を叩く音、クラスメイトのざわめき。  激しい戦いなんて嘘のような、平和な日常がそこにあった。


◇◇◇


 放課後。  僕は一人で訓練場へ向かった。


 そういえば、家具の件でヒューイが出てきた時に言ってたな。  『シラユキにお前の水魔法見せてやれよ』って。


「……いるんでしょ、ヒューイ」


 誰もいない訓練場で呟くと、ふわりと風が巻き、緑色の精霊が姿を現した。  召喚しているわけじゃないから他人には見えないけど、なぜか漂っているのだ。


『おう。楽しみにしてたぜ』


 ヒューイがニヤニヤと笑う。  どうやら、シラユキがどんな反応をするか見物に来たらしい。


「よし、やるか」


 僕は胸に手を当てた。


「おいで、シラユキ」


 光の粒子が集まり、空中に白い蛇――シラユキが現れる。  人と同じサイズだ。


『我が王よ。いかがなされましたか?』


「うん。君に、僕の水魔法を見てもらおうと思ってさ」


『おお! ついに拝見できるのですね!  王の慈愛に満ちた、美しき水魔法を!』


 シラユキが目をキラキラさせて期待している。  ……ハードル高いなぁ。  まあ、ありのままを見せるしかない。


「いくよ」


 僕は前方にターゲットの岩を定め、魔力を練り上げた。


 イメージするのは、広範囲の空気を一点に圧縮すること。  数十メートル四方の空間を、ただ小さくする。


 ――圧縮。


 ギュゥゥゥン……!


 空間が悲鳴を上げる。  急激な圧縮によって空気中の水分が凝縮され、水が生まれる。  同時に、『断熱圧縮』によって逃げ場を失った熱エネルギーが極限まで高まる。


 僕の目の前に生まれたのは、サッカーボール大の水球。  だが、それはただの水じゃない。  内部でとてつもない超高熱と圧力を封じ込められ、内側から青白く発光し始めた液体。  水のはずなのに、まるで小さな太陽を無理やり手元に固定しているような、恐ろしい熱気を感じる。


「――解放」


 僕は圧縮のかせを解き放った。


 カッッ!!


 視界が白く染まる。カメラのフラッシュを直近で焚かれたような閃光が走り、


 ズドォォォォォォォォン!!!!!


 爆音なんて生易しいものじゃない。世界が破裂する音だ。  超高圧の蒸気が「白い衝撃波」となって訓練場を駆け抜け、白煙が舞い上がる。


「……ふぅ。こんな感じかな」


 煙が晴れた後。  ターゲットの岩があった場所には、何もなかった。 砕けた欠片すら残っていない。超高熱で瞬時に蒸発したのだ。 地面が大きく抉れ、その中心部は熱で溶けて赤く光り、ガラスのように変質していた。


 僕は冷や汗を拭いながら、シラユキの方を見た。  やっぱり、驚いてるかな?  ヒューイたちは「水の精霊はショック受けるぞ」って言ってたし……。


 しかし。


『……素晴らしい』


 シラユキの声は、震えていた。  恐れからじゃない。感動で。


『これは、確かに水の魔法です!』


「え、そう?」


『はい! 私の奥義『大瀑布』は、圧倒的な物量で押し流すものですが……  王の水球は、そのたった一つで戦いの結果を変えてしまう威力!  水をこれほどまでに純粋な破壊エネルギーへと昇華させるとは……!』


 シラユキは、涙ぐまんばかりに目を潤ませていた。


『ターゲットを苦しませることすらなく消滅させる……。  まさに、慈悲深き一撃。  さすが王です!』


「あ、ありがとう……」


 まさかの大絶賛だった。  ドン引きされるかと思ってたから、ちょっと拍子抜けだ。  横ではヒューイが「マジかよ……」と呆れているのが見えた。


「でも、その『王』って呼び方、やめない?  なんかこそばゆいんだけど……」


『ダメでしょうか?』


 シラユキが首をかしげて、上目遣いで見つめてくる。  純粋な信頼と敬愛が込められた瞳だ。


「う……」


 そんな目で見られたら、断れない。


「いや……シラユキがそう呼びたいなら……仕方ないけど」


 僕は顔が熱くなるのを感じながら、そっぽを向いた。


『はい! ありがとうございます、我が王よ!』


 シラユキは嬉しそうに宙を舞い、僕の周りをクルクルと飛び回った。


 新学期早々、僕の周りは相変わらず騒がしいことになりそうだ。

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