第70話 精霊たちの円卓会議(サミット)
ヒロの精神世界――『召喚空間』。
そこは、無数の星々が輝く、静寂に包まれた宇宙のような夜空の空間だ。
その中心で、新入りの白蛇――シラユキは静かにトグロを巻いていた。 傷は癒えた。魔力も満ちている。 ここはなんて温かくて、居心地が良いのだろう。
『あら、随分とべっぴんさんが来ましたわね』
不意に空間が揺らぎ、巨大な影が現れた。 燃え盛る炎を纏った、美しくも獰猛な「火竜」。 火の精霊、フレアの本来の姿だ。
『貴女は……』
『わたくしはフレア。よろしくてよ、新入りさん』
フレアは火竜の姿のまま、優雅に挨拶した。 すると、今度は一陣の風と共に、緑色の光を纏った精霊が現れる。
『おっ、こいつが噂の水の精霊か! へぇ〜、教会に捕まってたって聞いてたけど、元気そうでよかったじゃん!』
風の精霊、ヒューイだ。 彼はシラユキの周りを興味深そうに飛び回る。
最後に、バチバチと放電しながら雷獣イカヅチが現れた。
『ふむ。なかなか強そうな気配ではないか』
シラユキは首をもたげ、三柱の精霊たちを見回した。
『……火、風、雷。 まさか、これほどの高位の精霊たちが、あの御方と契約を結んでいるとは』
『ま、契約っつーか、俺たちは友達みたいなもんだからな!』
ヒューイがケラケラと笑う。
『俺たちは普段、それぞれの住処にいるんだが、ここはパスが繋がってるからな。 こうしてたまに集まって、ダベってるんだよ』
『ダベる……?』
シラユキが首を傾げる。 すると、フレアが補足した。
『ここの居心地がいいから、井戸端会議をしてますの。 それにしてもシラユキ、貴女もこの空間での姿は自由ですのよ? そうだ、あなたもヒロに、人間の姿を作ってもらっては?』
『人間の姿、ですか?』
『ええ。わたくしも以前、ヒロに作ってもらった人間の姿がありますけれど、結構気に入ってますの。 人間として動くのも、案外楽しいですわよ?』
『はあ……王が望むなら考えますが……』
シラユキはまだピンときていない様子だ。
『それにしても、水の精霊かぁ……』
ヒューイがニヤニヤしながら顎をさすった。
『お前、ヒロの水魔法見たらショック受けるだろうなぁ』
『ショック? なぜです?』
シラユキが目を輝かせた。
『王は、水魔法をお使いになるのですね! さぞかし美しく、慈愛に満ちた水魔法を使われるのでしょう?』
期待に満ちた眼差し。 しかし、三柱の精霊たちは顔を見合わせ、微妙な表情をした。
『……慈愛?』
『……美しさ?』
『……あー、なんだ。新入り』
イカヅチが言いにくそうに口を開く。
『あいつの水魔法はな……ちっさいのに、すごい威力で爆発するのだ』
『は?』
『水をこう、何かして、ドカンとやるのだ』
シラユキが固まった。 思考が追いつかないらしい。
『水が……爆発?』
『ああ。俺様も最初はビビったぜ。 俺にもよく分かんねー理屈で爆発させてんだよな』
ヒューイが肩をすくめる。 フレアも深く頷いた。
『わたくしも初めて会った時、その謎の爆発魔法で腕と翼を吹き飛ばされましたわ』
『なっ……!?』
シラユキが絶句した。
『貴女のような高位の精霊が!? 人間の器で放つ魔法で、ですか!?』
『ええ。あの子の発想は、わたくしたち精霊の常識すら超えていますのよ。 だからこそ、退屈しませんけれどね』
シラユキは畏怖の念を深めたようだ。 だが、同時にある疑問が浮かんだらしい。
『……あの。先程から気になっていたのですが』
シラユキが三柱を見回す。
『皆さん、「あの子」とか「あいつ」とか呼んでいますけれど……あのお方は「王」ですよね? 少々、失礼ではありませんか?』
その問いに、三柱はキョトンとした後、顔を見合わせた。
『王だな』
イカヅチが即答した。
『王ですわね』
フレアも優雅に頷く。
『まぁ王だろうな〜』
ヒューイもあっさりと認めた。
『そうでなきゃ、他人の契約を「上書き」するなんて前代未聞だろ。 どんな権限だよって話だしな』
『……認めてはいるのですね』
『うむ。我も最初に出会った時は驚いたものだ』
イカヅチが懐かしそうに目を細める。
『あやつ、まだほんの子供だったというのに、神に喧嘩を売られておったからな』
『え、神に?』
『うむ。「雷神」とかいう輩に命を狙われておってな。 それを助けるために契約したのが始まりよ。 あんな小さき身で神に襲われるなど、普通の人間にはありえんわ』
『神に目をつけられる子供……』
シラユキは戦慄した。 やはり、自分の見込んだ主はタダモノではないらしい。
『ま、俺たちはそんな「王」の友達として、気楽にやってるってわけだ』
ヒューイが軽く笑い飛ばした。
『さて、話は変わるけどさ』
ヒューイが辺りを見回した。
『この召喚空間……殺風景すぎねーか?』
『うむ。星空は綺麗だが、何もないな』
『座るところも欲しいですわね』
広大な宇宙空間。美しいが、くつろぐには不便だ。
『王よ、ここになにか家具でも置いてはいかがですか?』
シラユキが虚空に向かって問いかけたが、返事はない。 ヒロはまだ寝ているようだ。
『あいつに頼んで、モノを作らせるか?』
『そんなことできるのかしら?』
『ま、王だし』
『出来るだろ』
雑な信頼感である。
『つーかさ、ここってヒロの「収納」の中でもあるんだろ?』
ヒューイがポンと手を叩いた。
『だったら、あいつに頼んで家具とかをここに「収納」してもらえばいいんじゃねーか? ベッドとかソファとかさ』
『ああ、なるほど! それを取り出すんじゃなくて、ここに入れておいてもらうのですわね』
『名案だ』
『よし、俺がひとっ走り頼んでくるわ!』
ヒューイは言うやいなや、緑の風となって空間から飛び出していった。
◇◇◇
現実世界。 寮の部屋でくつろいでいた僕の目の前に、突如としてヒューイが現れた。
『よぉヒロ! ちょっと頼みがあるんだが!』
「うわっ、びっくりした。どうしたのヒューイ」
『今みんなで話し合ったんだけどさ、お前のその収納魔法の中に、家具とか入れてくんねーか?』
「家具?」
『ああ。召喚空間が殺風景だからさ、リビングみたいにしたいんだよ。 実家に余ってるソファとか家具一式、あったら、なんでもいいから収納してくれよ』
「ええ……倉庫代わりに使うの?」
『いいじゃねーか、減るもんじゃなし。 まぁ、頼むぜ!』
そういうのは実家にいるときにいってくれよ。
「はいはい。じゃあ次帰ったときにでも、僕の部屋のベッドとかテーブルと、あとは、この銀時計も入れとこうかな?」
『おう! 頼むぜ!』
……あの中、一体どうなっていくんだろうか。
いまから心配だ…。
こうして、僕の精神世界は、最強の精霊たちの「憩いの場」へと変貌を遂げるのだった…。




