第69話 聖地巡礼と銀時計
聖公国ヴァイスラントでの「神罰」から数時間後。
僕たちは国境を越え、隣国ドイツへと入国していた。
「さあ、ここからは私の時間よ!」
レンタカーのハンドルを握るエレノア先生が、サングラスをかけて高らかに宣言した。
さっきまでの悲壮感はどこへやら。今は完全に「オタクモード」だ。
「これより『ドイツ聖地巡礼・弾丸ツアー』を開始するわ!
ついてこれない者は置いていくからそのつもりで!」
「お、おう……」
僕とお兄ちゃんは顔を見合わせた。
この人、本当に元気だな。
◇◇◇
最初に訪れたのは、ネルトリンゲンという街だ。
隕石のクレーターの中に作られたというこの街は、円形の城壁にぐるりと囲まれている。
「見て、この赤い屋根の街並み! まさに『壁の中』の世界よ!」
先生は興奮気味に言うと、バッグから何かを取り出した。
背中に翼の紋章が描かれた、深緑色のマントだ。
い、いつの間に用意してたんだ。
先生はそれをバサッと羽織り、城壁の通路を歩き出した。
そして、街を見下ろして低く呟く。
「……駆逐してやる。この世から、一匹残らず……!」
「先生、現地の人が見てますよ……」
道行くドイツの人々が、まるで奇行種を見る目で先生を見ている。
恥ずかしい。すごく恥ずかしい。
でも先生は「解像度が高まったわ」と満足げだった。
◇◇◇
次に向かったのは、ローテンブルク。
中世の宝石箱と呼ばれる、おとぎ話のような街だ。
「ここは錬金術師が活躍した某作品の雰囲気に近いのよ」
石畳の道を歩きながら、先生が熱く語る。
僕たちは広場のレストランに入り、遅めのランチをとることにした。
出てきたのは、皿からはみ出るほど大きなソーセージと、山盛りのザワークラウト。
「プロースト(乾杯)!」
先生と校長、霧島先生は巨大なジョッキビールで、僕たちはアップルジュースで乾杯した。
「んー! 最高!
やっぱりドイツに来たらこれよね!」
先生がビールを豪快に飲み干し、ソーセージにかぶりつく。
「あー……美味しいけど、カロリーが……」
先生が自分のお腹をさすった。
「これも『等価交換の理』ね。
幸せを得る代償に、脂肪という対価を支払う……これぞ真理」
「先生、それ言いたいだけですよね?」
食事の後、街を散策していると、アンティークショップのショーウィンドウに目が止まった。
そこに飾られていたのは、精巧な作りの「銀の懐中時計」だ。
「……かっこいい」
僕が足を止めると、先生がニヤリと笑った。
「あら、お目が高いわねヒロ君。
国家錬金術師の証みたいで憧れるでしょう?」
「うん。これ、買おうかな」
「えっ、買うの? 結構高いわよ?」
「いいんです。僕、これ欲しい」
何故か無性に惹かれたのだ。
特に魔法的な効果があるわけじゃないけど、持っているだけで強くなれそうな気がする。
僕はなけなしのお小遣い(と、足りない分は校長におねだりして)で、その銀時計を購入した。
うん、いい買い物をした。
◇◇◇
続いて訪れたのは、雪山にそびえ立つ白亜の城、ノイシュヴァンシュタイン城だ。
「寒い……早く中に入ろうよ……」
僕が震えていると、先生は雪道で立ち止まり、城をバックに右手を掲げた。
手の甲には、赤いペンで何やら幾何学模様が描かれている。
「問おう。貴方が私のマスターか」
……また始まった。
すると、霧島先生までノリノリで前に出た。
「では私はサーヴァント役ですね。風属性ということで」
大の大人が雪山でポーズを決めている。
校長だけが「元気だのう」と温かい目で見守っていた。
メンタル強いな、この人たち。
◇◇◇
最後に訪れたのは、ハイデルベルク。
古城と大学がある、落ち着いた雰囲気の街だ。
「ここは『手紙』が似合う街よ」
先生の案内で、僕たちは歴史あるカフェに入った。
店員さんが万年筆と便箋を貸してくれるというので、僕たちは手紙を書くことにした。
「誰に書くの? ヒロ」
「お父さんとお母さんに。
『ごめん、ちょっとトラブルがあったけど、無事だよ』って」
本当は実家に帰りたかったけど、もう冬休みは終わっている。
ここから直接、学校へ戻ることになるだろう。
心配かけちゃったから、ちゃんと伝えないとね。
でも、外国から手紙ってどのくらいで届くのかな?
インクの匂いと、コーヒーの香り。
戦いのことなんて忘れてしまいそうな、穏やかな時間が流れていた。
◇◇◇
そして、帰国の日。
僕たちは再び学校のプライベートジェットに乗り込み、日本への長い帰路についた。
機内は静かだ。
先生たちは遊び疲れたのか、アイマスクをして爆睡している。
僕は窓際の席で、そっと胸に手を当てた。
「……出ておいで。小さくなって」
僕がイメージしたのは、手のひらサイズの小さな姿。
でも、あの綺麗な翼はそのままで。
僕が呼ぶと、胸から光の粒子が溢れ出し、手のひらの上に小さな白蛇が現れた。
背中には、小さいけれど立派な純白の翼が生えている。
『我が王よ。いかがなされましたか?』
つぶらな瞳で見上げてくる。
うん、イメージ通りだ。
「あのさ、そういえば君の名前は?」
『名前、ですか?』
「うん。ずっと白蛇さんって呼ぶのも変だし」
白蛇は少し考えるように首を傾げた。
『この国では、長らく「白き守護精霊様」と呼ばれておりました』
「それ、名前じゃないよね?」
『名前……私には、そのようなものはありません』
そうなんだ、
ヒューイやフレアは最初から名前があったけど、イカヅチは『好きに呼べ』って言ってたしね。
「じゃあ、僕がつけてあげるよ」
『貴方様が?』
「うん。君はもう自由だ。誰かの守護精霊じゃなくて、ただの君なんだから。
自由になった証として、新しい名前が必要だよ」
僕は指先で、その白い頭を撫でた。
白くて、ツルッとしていて、少しひんやりしている。
ドイツの雪景色みたいに綺麗だ。
「……『シラユキ』」
『シラユキ……』
「どうかな? 君の身体、雪みたいに綺麗だから」
白蛇――シラユキは、その言葉を噛み締めるように目を閉じた。
やがて、その目尻に光るものが浮かぶ。
『……シラユキ。
ああ、なんと美しき響き。
謹んで拝受いたします、我が王よ』
シラユキは僕の指に身体を絡ませ、親愛の情を示してくれた。
『この名に誓って、貴方様を生涯お守りいたします』
「うん。よろしくね、シラユキ」
こうして、僕たちの波乱万丈な冬休みは幕を閉じた。
数時間後。
日本に到着した僕たちは、そのまま学校の寮へと直行した。
すでに新学期は始まっている。
明日からはまた、騒がしい日常が待っているはずだ。
僕は久しぶりの自分のベッドにダイブし、仰向けになった。
そして、ポケットから「戦利品」を取り出す。
ローテンブルクで買った、銀の懐中時計。
カチッ。
蓋を開けると、精巧な文字盤が寮の照明を反射してキラリと輝いた。
「……かっこいい」
それは、僕が初めて自分の意思で手に入れた、冒険の証。
この時計が刻むこれからの時間が、少し楽しみになった。




