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第68話 白蛇の神罰

「今から、僕たちが『罰』を与える番だ」


 僕がそう宣言した瞬間。  僕の内側で力を蓄えていた「白い光」が、奔流となって溢れ出した。


 ――再召喚。


 まばゆい光が謁見の間を埋め尽くす。  天井のステンドグラスが衝撃波で砕け散り、ガラスの雨が降り注ぐ中、それは顕現した。


 白く、美しい鱗。  そして背中には、以前はなかったはずの、天使のような純白の翼。


 それはもはや大蛇というより、伝説に語られる「龍」そのものだった。


『……お救いいただき、感謝いたします』


 巨大な白蛇が、僕の前で恭しく頭を垂れた。  その瞳は、先程までの苦痛に満ちた色ではなく、澄み切った黄金色に輝いている。


『我が王よ』


「え、王?」


 僕は目を丸くした。


「王って僕のこと? 僕はヒロだよ」


『ふふ……貴方様は、ご自覚がないのですね』


 白蛇は可笑しそうに目を細めた。


『ですが、貴方様が私の鎖を解き、魂を癒やしてくださった。  私にとって、貴方様こそが絶対なる王です』


「はぁ……よく分からないけど、元気になったならよかったよ」


 僕が笑いかけると、白蛇もまた、嬉しそうに喉を鳴らした。


「ば、馬鹿な……!!」


 その光景を見ていたゲオルグ枢機卿が、腰を抜かして叫んだ。


「ありえん! 精霊が人間にかしずくだと!?  それに、契約の上書きだと!!」


 枢機卿は泡を飛ばしながら喚き散らした。


「戻れ! 戻らんか!!  お前は私の奴隷だ! 我々教会が管理すべき道具なのだ!!」


 その言葉を聞いた瞬間。  白蛇の瞳が、凍てつくような冷たさを帯びて枢機卿を射抜いた。


『……黙れ、下種げすが』


「ひっ!?」


『永きに渡り、この国の王家との契約に従い守護してきましたが……もはやその義理も失せました。  精霊を道具と侮り、あまつさえ契約者である王子をも壊した貴様らに、慈悲などありません』


 白蛇から放たれる凄まじい殺気に、聖騎士たちが次々と気絶していく。  枢機卿は恐怖で顔を引きつらせ、後ずさりした。


 白蛇は再び僕に向き直ると、静かに問いかけた。


『王よ。……願いを』


「願い?」


『この穢れた虫の巣(大聖堂)を、洗い流してもよろしいでしょうか?  これ以上、この地が腐敗するのを見ていられません』


 それは、精霊からの「破壊の許可」を求める問いだった。  でも、僕は首を振った。


「許可なんてしないよ」


『え……?』


「だって、君は誰かの道具じゃないんだから」


 僕は白蛇の鼻先を優しく撫でた。


「君は自由だ。  怒ってもいいし、泣いてもいい。  君のやりたいようにしていいんだよ」


 僕の言葉に、白蛇は一瞬驚いたように目を見開き、それから――深く、深く頷いた。


『……御意。  では、私の意志で、決別そうじをさせていただきます』


 白蛇が翼を広げる。


『我が背へ、王よ。  空へ退避いたします』


「うん。……あ、そうだ」


 僕は部屋の隅で気絶している王子を指差した。


「あの王子様も連れて行ってあげて。  彼も、君と同じ被害者だから」


「任せろヒロ!」


 お兄ちゃんと霧島先生が素早く動き、ぐったりした王子を抱え上げた。


「全員、乗ったな!?」


 僕たちが白蛇の背中に飛び乗ると、それは一気に羽ばたいた。


 ドゴォォォォン!!


 謁見の間の天井を突き破り、僕たちは曇天の空へと舞い上がった。


「ま、待て! 逃げるなああああ!!」


 眼下で、枢機卿が何か叫んでいるのが見えた。  だが、白蛇はもう彼を見なかった。


『――消え去れ』


 白蛇が天に向かって咆哮する。


 ゴロゴロゴロ……!!


 黒い雨雲が渦を巻き、世界が闇に包まれた。  そして。


『奥義――『大瀑布カタラクト』』


 ザアアアアアアアアアアッ!!


 それは雨なんて生易しいものじゃなかった。  空に巨大な穴が空いたかのように、大量の水塊が滝となって大聖堂に直撃したのだ。


 さらに、大聖堂の地下からも地下水が噴出する。


 上と下からの濁流。  巨大な石造りの要塞は、まるで積み木のようにあっけなく崩壊し、土台ごと崖下へと押し流されていった。


「うわぁ……」


 上空から見下ろすその光景は、まさに神罰だった。  枢機卿たちの絶叫も、すべて水音にかき消されていく。


 数分後。  僕たちは少し離れた安全な丘の上に降り立った。


 雨は上がり、雲の切れ間から光が差し込んでいる。  かつて大聖堂があった場所は、綺麗な更地(泥の山)になっていた。


『……終わりました』


 白蛇が清々しい声で告げる。  僕たちを地面に降ろすと、白蛇は少し寂しげに言った。


『さて……私は何処へ行きましょうか。  守るべき国も、住処も失ってしまいました』


 そうか。  この国の守護を辞めた以上、行き場所がないのか。


「あのさ」


 僕は少し考えてから提案した。


「もし行くところがないなら、僕の中……、に来ない?」


『……貴方様の中に、ですか?』


「うん。僕の『召喚空間』、何にもないけど結構広いらしいんだ。  フレアもたまに遊びに来るし、君さえ良ければ住んでいいよ」


 僕の提案に、白蛇は目を丸くし、やがて嬉しそうに微笑んだように見えた。


『王の御心のままに。  その温かい場所ならば、私の傷もすぐに癒えるでしょう』


 白蛇の身体が光の粒子となり、僕の胸の中へと吸い込まれていく。  僕の中に、また新しい家族(?)が増えた瞬間だった。


「……さて、次はこの人だな」


 お兄ちゃんが、まだ眠っている王子を見て言った。  薬の効果が切れていないのか、顔色が悪いし、呼吸も浅い。


「酷い状態ですね。薬物依存に近い」


 霧島先生が顔をしかめる。  すると、校長が一歩前に出た。


「私が診よう」


「校長先生?」


「これでも私は、日本でも有数の『治癒魔法』の権威でね」


 校長は王子の胸に手を当てると、静かに詠唱を始めた。  淡い緑色の光が、王子の身体を包み込んでいく。


 みるみるうちに、王子の顔色が戻り、苦しげだった呼吸が穏やかになっていった。


「……ふぅ。これで体内の毒素は浄化されたはずだ。  あとは彼自身の生命力次第だな」


 さすが校長だ。伊達にトップを張っているわけじゃない。


「ここに置いていきましょう」


 エレノア先生が冷たく、でも少しだけ優しく言った。


「教会が消滅した今、王家を縛るものはなくなったわ。  彼が目を覚ました時……国を立て直すか、それとも国を捨てるか。  それは彼が自分で決めることよ」


 健康な身体と、自由な意志。  それが先生なりの、祖国への最後の手向けなのだろう。


 そして。  先生は立ち上がると、パンッ! と両手を叩いた。


「はいっ! これで湿っぽいのはおしまい!!」


 その顔は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。


「パスポートはある! 邪魔者は消えた!  行きましょう、約束のドイツへ!  本場のソーセージとビールが、私を待っているわ!!」


「えぇ……なんでそんな元気なんですか」


「当たり前でしょ一ノ瀬君!  むしろここからが本番よ! さあ、ジェット機まで走るわよ!!」


 先生は誰よりも早く駆け出した。  僕たちは顔を見合わせて、苦笑いするしかなかった。


 こうして、聖公国ヴァイスラントでの騒動は、文字通り「水に流れて」幕を閉じたのだった。

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