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第65話 実家の鍋とドイツへの旅立ち

 大晦日の夜。

 一之瀬家の食卓は、豪勢な湯気に包まれていた。


「ほらヒロ、カニ食べなさいカニ。こっちはイノシシ肉よ」


「うん、ありがとう母さん」


 グツグツと煮える鍋を囲み、僕、お兄ちゃん、お父さん、お母さん、そして長崎から来たおじいちゃんが箸を伸ばしている。

 平和だ。あまりにも平和な光景だ。

 これから「戦争」に行くかもしれないなんて嘘みたいだ。


「……で、ヒロ」


 お父さんがビールを飲みながら切り出した。


「さっきの話だが、つまりお前は、宗教団体の偉いさんをボコボコにして、その報復で呼び出されてるってことか?」


「言い方が悪いけど、まあそうなるかな……」


 僕が正直に話すと、お母さんが「あらあら」と頬に手を当てた。


「女の子をいじめちゃダメじゃない。

 向こうだって悪気があってやったわけじゃないでしょうに」


「いや、向こうは僕を殺す気満々だったんだけど……」


「言い訳しないの。

 喧嘩したら、自分から謝る。それが一之瀬家のルールでしょ?」


「……はい」


 母さんは強い。

 聖女だろうが異端審問官だろうが、母さんにとっては「近所の子供の喧嘩」と同じカテゴリらしい。


「まあ、ヒロとカイトなら大丈夫じゃろ」


 おじいちゃんがガハハと笑った。


「男なら、時には腹を割って話さねばならん時もある。

 行って、ガツンと誠意を見せてこい」


 家族全員、僕たちが負けるとか、危険な目に遭うとか微塵も思っていないようだ。

 その信頼が、少しだけこそばゆくて、嬉しかった。


◇◇◇


 翌日、元旦。

 僕とお兄ちゃんは、実家の広い庭で魔法の練習をしていた。


「――舞え、空を裂く刃よ……」


 お兄ちゃんが少し顔を赤らめながら、小声で詠唱を紡ぐ。

 直後、強烈な風が巻き起こり、彼の身体を半透明の鎧が包み込んだ。


「『旋風装甲サイクロン・アーマー』!」


 カッ! と風が弾ける。

 見事な発動だ。学校で見た時よりも洗練されている気がする。


『ヒュ〜! やるじゃねーか兄ちゃん!』


 風の大精霊ヒューイが現れ、お兄ちゃんの周りを飛び回った。


『俺様の風の動きをよく再現できてやがる。センスあるぜ!』


「はは、ヒューイに褒められると嬉しいな」


 お兄ちゃんが照れくさそうに笑う。

 すると。


『カイトよ』


 その様子を見ていた雷獣イカヅチが、不満げに鼻を鳴らして近づいてきた。


『なぜ貴様は、我の雷を纏わんのだ?』


「え……?」


『以前、我の雷撃を教えたはずだ。

 あのレールガンとやらも見事に使いこなしておる。

 ならば、雷の鎧を纏うことなど造作もないだろう?』


 イカヅチがお兄ちゃんに直接問いかける。

 確かに、お兄ちゃんはイカヅチの無茶振り指導をクリアして雷魔法を習得している。


 お兄ちゃんは困ったように頬を掻いた。

 イカヅチの期待を裏切りたくないけど、できないものはできない。そんな顔だ。


 僕は助け舟を出すことにした。


「いや、イカヅチ。それ、教え方の問題だって」


『なに?』


「イカヅチってば、『気合だ』しか言わないじゃん。

 纏い方を教えるの、向いてないんだよ」


『む……』


「だってさ、いつも一緒に撃ち合いしてる僕ができてないんだし、そういうことでしょ?」


『ぬ、ぬぐぅ……』


 イカヅチは言葉に詰まった。

 自覚はあったのか、その場にガクリと崩れ落ちる。


『我の……指導力不足だと……』


 ショックを受けてうなだれる雷獣。

 お兄ちゃんは「まあまあ」と苦笑しながらその頭を撫でていた。


◇◇◇


 正月が明け、僕たちはすぐに学校へ戻った。

 校長室での緊急会議だ。


 メンバーは僕、お兄ちゃん、エレノア先生、霧島先生、そして校長の五人。


「事態は一刻を争う」


 校長が重々しく言った。


「先方の要求通り、一之瀬ヒロ君をヴァイスラントへ派遣する。

 もちろん、ただ差し出すわけではない。私も同行し、外交交渉を行う」


「私も行きます」


 エレノア先生が手を挙げた。


「案内役が必要ですし……これは私の『ケジメ』でもありますから」


 すると、霧島先生が一歩前に出た。


「では、私も同行しましょう」


「霧島先生? でも、これは危険な……」


「だからこそですよ」


 霧島先生は力強く言った。


「相手は何をしてくるかわかりません。戦力は多いほうがいい。

 それに、カイト君とヒロ君の引率も必要でしょう。私がついていきます」


 なかば強引だが、頼もしい申し出だ。

 校長も頷き、メンバーが決定した。


「移動手段だが、本校が所有するプライベートジェットを使用する」


 校長が言った。


「向こうの教会からは『招待状』が届いている。

 入国手続きは顔パスでいけるはずだから、パスポートの申請等は不要だ」


 その言葉を聞いた瞬間。


 バンッ!!


 エレノア先生が、机を力いっぱい叩いた。


「ふざけないでください!!」


「えっ!?」


 校長がのけぞる。

 先生は鬼のような形相でまくし立てた。


「パスポートは要ります! 絶対に要ります!!」


「い、いや、しかし今回は緊急の外交案件で……」


「あのですね校長!

 あんな遠い国まで行って、あの陰気臭い宗教国家で説教されて、そのままトンボ帰りなんてあり得ませんからね!?」


 先生の眼鏡がギラリと光る。


「仕事(交渉)が終わったら、隣国のドイツへ抜けて観光するんです!

 ドイツといえば、 『壁外調査』を行い、『等価交換の理』を学び、『聖杯戦争』の古城を抑え、『手紙』を書く。

 ……これが、現代魔法使いの嗜みよ

 聖地巡礼しなきゃやってられないでしょうが!!」


「は、はあ……」


「パスポートが無かったらドイツに入国できないじゃないですか!

 一之瀬君たちだって持ってないんですよ!?」


 先生、ブチギレである。

 それだけ、故郷に帰るストレスが半端じゃないということだろう。


「わ、分かった。分かったから落ち着きたまえ」


 校長は冷や汗を拭きながら言った。


「子供たちのパスポート代は学校側で持とう。君のも……まあ、必要経費として認めよう」


「ありがとうございます!」


 先生は満面の笑みで着席した。

 情緒が不安定すぎる。


◇◇◇


 数日後。

 僕たちは空港の滑走路にいた。

 目の前には、学校の紋章が入った小型ジェット機が待機している。


「すごいな、本当にジェット機だ」


 お兄ちゃんが感心したように機体を見上げる。


「さあ、行きましょうか」


 パスポートを握りしめたエレノア先生が、覚悟を決めたような、でも少し楽しみなような顔で言った。


「目指すは聖公国ヴァイスラント。

 ……元々は王家が治めていた土地を、教会が乗っ取って実権を支配している国よ」


「へぇ、そうなんですか」


「あぁ。今の王家は名前だけの飾り物。

 いわゆる『傀儡かいらい国家』ってやつだな」


 お兄ちゃんが補足してくれた。

 かいらい? よく分からないけど、あんまりいい状態じゃなさそうだ。


「ま、サクッと終わらせてドイツに行きましょう。

 聖地の空気を吸って、本場のソーセージを食べて、ビールを飲むまでは帰らないからね!」


 先生は強がって見せた。

 でも、その手が少し震えているのを、僕は見逃さなかった。


「大丈夫ですよ、先生」


 僕は先生の背中を押すように言った。


「僕たちがついてますから」


「……ええ、そうね」


 こうして僕たちは、学校とイカヅチを守るため、そして聖地巡礼のために、決戦の地へと飛び立ったのだった。

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