第64話 迷惑メールと爆破予告
季節はすっかり冬になっていた。
校庭の木々は葉を落とし、吐く息が白い。
僕たちは待ちに待った冬休みを迎えようとしていた。
「よし、これで全部か?」
寮の部屋で、お兄ちゃんがボストンバッグを持って立っている。
「うん。お兄ちゃん、それ貸して」
僕は兄からバッグを受け取ると、空間に手を差し込み『収納』を発動させた。
ズズッ、と空間が歪み、大きなバッグが吸い込まれていく。
「……どんどん便利になるな、お前のそれは」
「でしょ? これで手ぶらで帰れるよ」
今回の帰省は、僕とお兄ちゃんの二人だ。
実家では、お父さんとお母さん、そして今年はおじいちゃんも来て待っているらしい。
メニューはカニ鍋と、地元で獲れたイノシシ肉の猪鍋だと聞いている。
想像しただけで涎が出そうだ。
「さてと、ゴミも捨てていくか」
僕は机の上に溜まっていた「紙の束」を鷲掴みにした。
「なんだそれ? チラシか?」
「なんか最近、やたら届くんだよね。国際郵便っぽいんだけど」
分厚い羊皮紙のような封筒。
表面には見たこともない言語で宛名が書かれている。
封蝋には、どこかの宗教施設のシンボルのような刻印。
「読めないし、どうせ新手のダイレクトメールか詐欺でしょ」
僕は中身を確認もせず、ゴミ箱へ放り込んだ。
もう十通以上来ている気がするが、全部無視だ。
僕の個人情報、どこから漏れたんだろう。怖い怖い。
「じゃあ行こうか、お兄ちゃん」
「ああ。久々の実家だ、楽しみだな」
僕たちは意気揚々と寮を後にした。
まさか、その「迷惑メール」が実家まで追いかけてくるとは知らずに。
◇◇◇
飛行機と電車を乗り継ぎ、数時間後。
僕たちは懐かしの実家に到着した。
「ただいまー!」
「お帰りヒロ、カイト! 元気だったか?」
玄関を開けると、お父さんとお母さん、そしておじいちゃんが出迎えてくれた。
家の中からは出汁のいい香りが漂ってくる。
「おじいちゃん、久しぶり!」
「おお、ヒロか。背が伸びたのう。魔法学校はどうじゃ?」
「うん、大変だけど楽しいよ!」
和やかなムードで靴を脱ごうとした、その時だった。
下駄箱の上に、見覚えのある「不穏な束」が積まれているのが目に入った。
「……え?」
分厚い羊皮紙。
独特の封蝋。
寮に届いていたあの「迷惑メール」と同じものだ。
「お母さん、これ……」
「ああ、それねぇ。ここ数日、毎日届くのよ。
外国からのエアメールみたいなんだけど、宛先がヒロになってるから置いておいたわ」
背筋がゾクリとした。
寮だけじゃなく、実家まで特定されている?
家族も標的ってことか?
「……お兄ちゃん」
「ああ。タダ事じゃないな」
カイトの目が鋭くなる。
僕は意を決して、封筒の一つを手に取った。
開封すると、中から達筆な筆記体の手紙が出てくる。
当然、読めない。
「翻訳アプリを使ってみよう」
スマホのカメラをかざし、翻訳機能を起動する。
画面上の文字が、少しぎこちない日本語に変換されていく。
『――親愛なる迷える子羊、一之瀬ヒロへ』
書き出しからして胡散臭い。
差出人は『聖公国ヴァイスラント中央教会・異端審問局』。
ヴァイスラント?
確か、エレノア先生の故郷であり、あの聖女アリスがやってきた国だ。
『我々は寛大である。
貴様の犯した数々の無礼と、神への冒涜を、今なら許してやろう』
「はぁ?」
思わず声が出た。
許してやろう? こっちが被害者なんだけど。
『貴様にはまだ救われるチャンスがある。
直ちに我が国へ出頭し、洗礼を受け、正しい信仰に目覚めるのだ。
そうすれば、神は貴様を愛し子として迎え入れるだろう』
典型的な勧誘だ。
読む価値なし。
そう思ってスマホを閉じようとした時、最後の一文が目に入った。
『ただし、条件がある。
精霊とは本来、神の下僕であり、神の代行者たる我々が管理すべき存在である。
貴様が不当に拘束している雷の獣を、教会へ献上しなさい』
ブチッ。
僕の中で、何かが切れる音がした。
「……ふざけんな」
「ヒロ?」
「イカヅチを……友達をモノ扱いして、『献上しろ』だと?」
何が神だ。何が愛し子だ。
自分たちの都合のいい理屈を押し付けて、大切な仲間を奪おうとしているだけじゃないか。
「こんなもん……!」
ビリビリビリッ!!
僕は手紙を粉々に引き裂いた。
「無視だ無視! こんな奴らに関わってられるか!」
ゴミ箱へダンクシュート。
せっかくの冬休みなんだ。カニとイノシシが待ってるんだ。
変な宗教の相手をしてる暇なんてない。
そう思っていた。
プルルルルル……!
突然、スマホが鳴った。
表示名は『エレノア先生』。
「……先生からだ。嫌な予感がするな」
通話ボタンを押して、スピーカーモードにする。
「もしもし、先生? 今実家に着いたところですが」
『お休みのところ、本当にごめんね!』
先生の声は、かつてないほど切羽詰まっていた。
「……どうしたんですか?」
『落ち着いて聞いて。
たった今、学校の事務局に「犯行予告」が届いたわ』
「犯行予告?」
『差出人はヴァイスラント教会。
内容は……「神敵になりたくなければ、一之瀬ヒロに我々の召集命令を聞くようにさせろ」』
僕たちは顔を見合わせた。
『「もし交渉に応じなければ、神の鉄槌を下す」……つまり、学校施設への大規模魔法攻撃(爆破テロ)を示唆しているわ』
「なっ……!?」
爆破予告。
僕が言うことを聞かないから、学校を吹き飛ばすだって?
『彼らは言っているわ。
「別に一之瀬ヒロを殺そうというわけではない。ただ話し合いがしたいだけだ。交渉が決裂すれば解放するし、今後手出しもしない」と』
「嘘に決まってますよそんなの!」
僕は叫んだ。
イカヅチを奪う気満々の連中が、話し合いで納得するわけがない。
『ええ、分かっているわ。
でも……相手は本気よ。断れば、本当に学校が戦場になる』
背筋が凍った。
僕が行かなければ、友達がいる学校が、先生たちがいる場所が、吹き飛ばされる。
これはもう、ただの嫌がらせじゃない。
――戦争だ。
「……行くしかない、か」
僕は拳を握りしめた。
行きたくない。怖い。
パスポートだって持ってないし、言葉も通じない敵地だ。
でも、僕のせいで学校のみんなが危険に晒されるのは、もっと嫌だ。
「安心しろ、ヒロ」
カイトが僕の肩に手を置いた。
「俺も行く。
相手はあの雑魚聖女を送り込んできた連中だろ? 余裕だ」
お兄ちゃんは不敵に笑った。
その言葉に、少しだけ救われる。
『……私も行くわ』
電話の向こうで、先生が静かに言った。
『私の祖国だもの。案内役が必要でしょう?
……二度と戻るつもりはなかったけれど、可愛い教え子をあんな国に送るわけにはいかないわ』
先生の声は震えているようにも聞こえた。
亡命者の彼女にとって、帰国は死を意味するかもしれないのに。
「先生……お兄ちゃん……」
せっかくの冬休みは、どうやら最悪の形で幕を開けることになりそうだ。
でも、やるしかない。
戦争になる前に、止めなきゃいけないんだ。




