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第63話 空間魔法の常識と聖典(アイテムボックス)

 放課後の研究室。

 エレノア先生は、淹れたての紅茶を一口飲むと、ふぅと息をついた。


「さて、一之瀬君。

 今回の『複合装甲』の件、改めて評価するわ」


 先生はティーカップを置き、悪戯っぽく微笑んだ。


「その功績を称えて、何かご褒美をあげてもいいわよ?

 たとえば……私みたいな美女と一日デートする権利、とか」


 先生は長い脚を組み替え、魅力的な流し目を送ってくる。

 普通の男子生徒なら鼻血を出して喜ぶところだろう。


 でも、僕は即答した。


「あ、それは大丈夫です。間に合ってるんで」


「……はい?」


「僕にはフレアがいますから」


 先生の笑顔がピキリと固まった。


「……そう。火の精霊がいるから、人間には興味ないってこと?」


「え? いや、いつも一緒にいるし、これ以上女性が増えても……」


「…………」


 先生は深い溜息をついて、「これだから天然は……」とボヤいた。

 何か変なことを言っただろうか。


「まあいいわ。

 デートがいらないなら、他に何か欲しいものはある?」


 僕は少し考えてから、以前から気になっていたことを聞いてみることにした。


「じゃあ、知識ヒントをください」


「知識?」


「はい。僕の『空間魔法』についてです。

 今まで物を浮かせたり、空を飛んだり、空間を圧縮したり、精霊を召喚したりしてきましたけど……。

 他になにか、面白い使い道はないかなって」


 僕の問いに、先生は顎に手を当てて考え込んだ。


「そうね……。

 そもそも、あなたの『召喚魔法』のプロセスってどうなっているのかしら?」


「プロセス、ですか?」


「ええ。精霊たちは普段どこにいて、何を通過してここに顕現しているのか。

 そこが分かれば、空間魔法の新たな応用が見えてくるかもしれないわ」


 言われてみればそうだ。

 僕はいつも感覚で呼んでいるだけだから、詳しい理屈は知らない。


「フレアに聞いてみます。

 ……出てきて、フレア」


 僕が呼ぶと、即座に空間が揺らぎ、真紅のドレスを纏った美女が現れた。


『お呼びかしら? ヒロ』


 相変わらずの優雅な身のこなしだ。

 扇子で口元を隠し、上品に小首を傾げる。


「フレア、ちょっと聞きたいんだけど。

 君たちっていつもどこを通ってこっちに来てるの?」


『あら、そんなことも知らずに使役していたの?』


 フレアは呆れたように溜息をつき、僕の胸元を扇子でトンと指した。


『あなたの中よ』


「えっ、僕の中?」


『ええ。私たち精霊は、契約した主と精神的なパス(経路)で繋がっているわ。

 顕現する際は、あなたの内にある「召喚空間」を通過して、こちら側へ出ているの。

 帰る時はその逆。一瞬のことよ』


 召喚空間。

 初めて聞く単語だ。


「その空間って……広いの?」


『広い狭いという概念はないわね。

 ただ何もない、宇宙のような場所よ』


「何もない宇宙……」


『ええ。あるのは……そうね、あなたの温かさは感じるわよ?』


 フレアは悪戯っぽく微笑んだ。


『何もないけれど、あなたの魂の近くだもの。

 居心地は悪くないわ』


「そっか……」


 僕の中に、精霊が通るための宇宙がある。

 なんだか不思議な感覚だ。


 僕たちの会話を聞いていたエレノア先生が、ハッと顔を上げた。


「……待って。

 あなたと繋がっている亜空間のパスが、常時確立されている……?」


 先生の目が怪しく光る。


「だったら、その『召喚空間』を、ただの通り道じゃなくて『収納スペース』として使えばいいんじゃない?」


「えっ」


「いわゆる『アイテムボックス』よ!

 空間魔法といえば、ワープとインベントリ!

 これ常識でしょう!?」


 先生がバンッと机を叩いた。

 じょ、常識なんだ……。


「で、できるのかな……」


『あら、面白いわね』


 フレアがパチンと扇子を閉じた。


『私たちが通れるのなら、物だって通せるはずだわ。

 あの空間への「門」を、精霊じゃなくて「物体」に向かって開いてみなさいな』


 なるほど。

 僕は近くにあった参考書の山を見て、イメージした。


 いつもフレアが出てくる感覚。

 僕と繋がっている、見えないパイプ。

 その入り口を、僕の手でこじ開けるイメージ。


 空間を、裂く。


 ズズッ……。


 目の前の空間が、ぐにゃりと歪んだ。

 そこに、黒い穴のようなものが生まれる。


「……これが、僕だけの空間?」


 僕は恐る恐る、そこに本を差し込んでみた。

 抵抗はない。

 本は吸い込まれるように、穴の向こう側へと消えた。


「入った……!」


 僕は試しに、自分も顔を突っ込んでみた。


 中は真っ暗だった。

 上下左右の感覚がない、無限の闇。

 でも、怖くはない。フレアの言っていた通り、どこか懐かしいような温かさがある。


 そして、その虚空に、さっき入れた本がポツンと浮いていた。


「うわ、本当に広い! あ、本があった」


 僕は手を伸ばし、本を掴んで引っ張り出した。

 顔を上げると、研究室のいつもの風景に戻る。


「すごい……! ちゃんと取り出せた!」


『成功ね。

 あそこの空間には時間の概念も希薄だから、劣化もしないはずよ』


「えっ、マジで?」


 ということは。


「熱々のピザとか入れても、おやつの時間にそのまま熱々で取り出せるってこと!?」


『……発想が食い意地に直結してるのはどうかと思うけれど、理論上はそうね』


 フレアは「やれやれ」と肩をすくめた。

 でも、これは革命だ。

 重い荷物を持ち歩く必要もないし、いつでも出来立てのご飯が食べられる。


「よし、じゃあ次は『ワープ』だ!」


 僕は調子に乗って、空間転移を試みることにした。

 イメージは瞬間移動。

 あそこの扉の前まで、一瞬で――。


「……むんっ!」


 シーン……。


 何も起きない。


「……あれ?」


「そう簡単にはいかないわよ」


 エレノア先生が苦笑した。


「収納は『繋がっている空間』に入れるだけだけど、転移は『座標の入替』と『人体の分解・再構築』のプロセスが必要になるわ。

 イメージの解像度が段違いなのよ。

 失敗すると、壁の中に埋まったりするわよ。」


「ヒエッ……」


 想像しただけで寒気がした。

 ワープはちょっとまだ無理そうだ。


「はぁ……やっぱり、先生に教えてもらわないと」


「ごめんなさいね。

 私も空間魔法使いなんて初めて会ったから、理論的な指導はできないのよ」


 先生は申し訳無さそうに眉を下げた。


「でも、あなたなら必ずたどり着けると信じているわ。

 ヒントになりそうな資料を渡すから、参考にしなさい」


 先生はそう言って、本棚から大量の本を取り出した。


「えっ、こんなに!?」


 渡されたのは、様々なタイトルの文庫本や漫画だった。

 ファンタジーもの、SFもの、異世界もの……。

 背表紙がズラリと並ぶ。


「……先生。これ、全部ラノベじゃ……」


「『聖典』よ」


 先生は真顔で言った。


「この中には、無数の作家たちがシミュレーションした『空間魔法のアイデア』が詰まっているわ。

 きっとあなたのヒントになるはずよ」


「は、はぁ……」


 先生の熱意に押され、僕はその大量の「聖典」を受け取った。


「ありがとうございます。読んでみます」


 僕は渡された本を、さっそく覚えたての空間収納に放り込んだ。  どっさりとあった本が一瞬で消える。  うん、やっぱり便利だ。


 すると。  それを見ていたエレノア先生が、ボソリと呟いた。


「……素晴らしいわ」


 その目が、未知の魔法を発見した研究者の目――いや、獲物を狙う肉食獣のようにギラリと光っていた。


「一之瀬君。もう一度やってみて」


「え?」


「その空間接続のプロセスよ。  もっとゆっくり、魔力の波長を見せなさい。  ……今の現象、私が必ず『解析』して、汎用的な術式に落とし込んでみせるわ」


「じゅ、術式化するんですか? これを?」


 先生は僕の肩をガシッと掴み、顔を近づけた。


「当たり前でしょう。  その亜空間なら、湿度ゼロ、紫外線ゼロ、経年劣化ゼロの完璧な保存アーカイブが可能になる……!  これは革命なのよ!」


 先生の鼻息が荒い。  瞳の奥に、怪しい炎が揺らめいている。


「物流業界? 軍事利用?  そんなことより、私の『コレクション』の保存環境における特異点シンギュラリティよ!!」


「あ……そっちですか」


「この魔法が完成すれば、コレクションを永遠に『新品同様』で保管できるわ!」


 先生は恍惚とした表情で虚空を見つめた。


「いいわね、一之瀬君。  この研究は、私とあなたのトップシークレットにするのよ。  他言無用。代わりに、私の研究(コレクション保存計画)に協力しなさい」


「は、はい……」


 鬼気迫る表情に、僕は頷くしかなかった。


 こうして僕は、便利な収納魔法を手に入れたのと引き換えに、エレノア先生の終わりのない「オタク活動(研究)」に巻き込まれることになったのだった。

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