第61話 魔法の設計図(スペル・コード)
ある日の放課後。
僕はエレノア先生の研究室に呼び出された。
用件は聞いていない。
補習になるような悪いことはしていないはずだし、心当たりといえば……先日完成させた防御魔法のことくらいだ。
ノックをして、重厚な扉を開ける。
「失礼しまーす……」
部屋に入ると、そこには意外な先客がいた。
「おお、一之瀬か」
爽やかな笑顔で振り返ったのは、風魔法担当の霧島先生だった。
なぜここに?
二人は、部屋の奥にある本棚の前で何やら語り合っていた。
「それにしても、エレノア先生の研究室は素晴らしい環境ですね。
この自動除湿システム……魔力循環だけで常に湿度を一定に保つとは」
「ええ、紙の本にとって湿気は大敵ですから。
特にこの辺りの古書(※ラノベの初回限定版)はデリケートなので」
「分かります。私も書庫の管理には気を使っていますが、ここまで完璧な空調は作れない。」
「いえいえ、霧島先生の方こそ。
先生の研究室にお邪魔した時、驚きましたわ。
あの徹底された換気システムと、ほのかに香るミントの清涼感……整理整頓が行き届いていて、心が洗われるようでした」
「ははは、風の通りを良くするのは風使いの嗜みですからね。
澱んだ空気は魔力の伝達を鈍らせますから」
……なんだろう。
ハイレベルな会話をしているようで、要は「お互いの部屋が快適だ」と褒め合っているだけな気がする。
意外と几帳面でキレイ好きな霧島先生と、部屋は散らかりがちだけど魔道具(文明の利器)で強引に環境を整えるエレノア先生。
変なところで対比が生まれていた。
「あのー……」
僕が恐る恐る声をかけると、二人はハッとこちらを向いた。
「あら、来てたのね一之瀬君。早かったわね」
「それで、今日はどうして呼ばれたんですか?
霧島先生もいらっしゃいますけど」
先生はいつものデスクに戻ると、椅子に深く腰掛け、足を組んだ。
「単刀直入に聞くわ。
あなたが先日開発した『複合装甲』のことよ」
やはり、あの防御魔法の話か。
「あの技術……あなただけの『秘技』として隠しておきたいかしら?
それとも、学校側へ提供する意思はある?」
先生の眼鏡がキラリと光る。
試すような視線だ。
「技術を提供……ですか?」
「そう。あなたの発想は画期的よ。
もし公開すれば、生徒たちの防御魔法の習得率、そして生存率は格段に上がるはずだわ。
でも、魔法使いの中には『自分だけのオリジナル魔法』に拘り、門外不出にする者も多い。
あなたが『僕だけの必殺技にしたい』と言うなら、無理強いはしないけれど……」
僕は即答した。
「あ、全然いいですよ。みんなに教えてあげてください」
二人の先生が少し驚いた顔をした。
あれ、拍子抜けだったかな?
「……いいの? かなり強力なアドバンテージになると思うけれど」
「いいんです。というか、むしろ広めてほしいくらいです」
僕は苦笑いした。
だって、僕にはすでに「精霊」とか「地球の核」とか、人外じみた要素が多すぎる。
これ以上「ヒロにしか使えない謎技術」が増えて、「あいつまた変なことやってるよ」と白い目で見られるのは御免だ。
みんなが使える技術なら、それが一番「普通」でいい。
「そう。……ふふ、あなたならそう言うと思ったわ」
先生は嬉しそうに口元を緩めた。
「霧島先生、彼が例の生徒です。
実演してもらいましょう」
「ええ、楽しみにしていますよ。
噂の『物理防御』を見せてもらいましょうか」
僕は言われるがまま、その場で防御魔法を展開した。
まずは内側に、柔らかい魔力のクッション。
その外側に、空気を限界まで圧縮した「空気の壁」。
二重構造の鎧だ。
「ほう……!」
霧島先生が身を乗り出す。
風の専門家である彼には、空気の流れが視えるのだろう。
「素晴らしい……。
内側の魔力はあえて密度を下げて弾力を持たせ、外側は物理的な空気の層で硬度を確保している。
相反する性質を見事に同居させていますね」
「ええ。先日、彼はこの構成で『風の精霊』の攻撃を無効化しました」
エレノア先生がサラリと補足する。
その瞬間。
「…………へ?」
霧島先生の笑顔が凍りついた。
ピクリ、と眉毛が跳ねる。
「風の……精霊……?」
「ええ。ヒューイよ。彼が練習に付き合ってくれたそうで」
スッ。
霧島先生が無言で立ち上がり、音もなく僕に詰め寄ってきた。
そして、ガシッと両肩を掴む。
力が強い。
あと、目が笑っていない。
「い、一之瀬君……」
「は、はい……」
「大精霊様がお見えになられていたのか……?
こ、この学校に……?」
「あ、はい。昨日の夕方……」
「…………」
霧島先生はプルプルと小刻みに震え出した。
掴まれた肩に、万力のような力が籠もる。
「なぜ……」
地を這うような低い声だった。
「なぜ私を呼ばなかったのですか……」
「えっ」
「一目……一目お会いして、風の教えを乞いたかった……。
なぜ……なぜ自分だけ……!」
先生がガックリと項垂れた。
静かなる絶望。
叫ばれるより数倍怖いし、重い。
「あー……霧島先生、その話はまた後で。今は授業の話を」
エレノア先生が冷静に軌道修正する。
霧島先生は「うぐぐ……一生の不覚……」とブツブツ呻きながらも、なんとか席に戻った。
未練がすごい。
「……コホン。取り乱しました」
「で、本題よ。
一之瀬君の『空気の壁』は、彼の特殊な空間操作能力に依存しているわ。
他の生徒には真似できない」
「確かに。空気をここまで固定するのは、並大抵の魔力操作では不可能です」
「そこで、代用品を使うの。
外側の『硬い殻』を、既存の『風魔法の防壁』で構成するのよ」
なるほど。
僕の物理的な壁の代わりに、風魔法の壁を使うのか。
「風の防壁なら、中等部のカリキュラムにも含まれています。
霧島先生、再現できますか?」
「お安い御用です。
一之瀬君のイメージを参考にさせてもらいましょう」
霧島先生が軽く目を閉じ、意識を集中させる。
次の瞬間、先生の全身がふわりと柔らかな風に包まれた。
「内側にクッション、外側にハードな風の壁……こういうイメージですか?」
自身の身体を使って、僕の防御魔法を見様見真似で再現していく。
さすがプロの先生だ。あっという間に形になった。
「そう! まさにそんな感じです!」
「なるほど……確かにこれなら、衝撃を殺しつつ、貫通も防げる。
実用性はかなり高いですね」
霧島先生も納得の表情だ。
「よし、現象の再現は完了ね」
エレノア先生が立ち上がり、ホワイトボードの前に立った。
その瞳が、鋭く細められる。
「あとは、私がこれを『解析』し、誰でも使えるように『言語化(コード化)』するわ」
先生の纏う空気が変わった。
いつもの気だるげな雰囲気ではない。
知的で、鋭利な、魔女の顔だ。
「え……言語化?」
僕がポカンとしていると、先生はチョークを走らせながら言った。
「そうよ。
魔力の流れ、イメージの構成、発動のトリガー。
それらを最適な言葉に変換し、詠唱としてパッケージングする」
「それって……」
僕はゴクリと喉を鳴らした。
「詠唱を作る……つまり、新しい魔法を作るってことですか?」
魔法というのは、昔からあるものを覚えて使うものだと思っていた。
でも、先生は。
「ええ、そうよ」
カッカッカッ、と硬質な音が響く。
ホワイトボードに、複雑な数式と、見たこともない言語のメモ書きが走り書きされていく。
僕には読めない。たぶん、先生の母国語か何かなのだろう。
先生は手を止めず、不敵に笑った。
「既存の魔法を教えるだけが教師じゃないわ。
理を解き明かし、新たな術式を編み出す。
……それが、私の研究だからね」
ホワイトボードが、見る見るうちに数式と呪文の構成要素で埋め尽くされていく。
その背中は、純粋にかっこよかった。
「すげぇ……」
オタク趣味で、ちょっとズボラな先生だけど。
やっぱりこの人は、本物の天才なんだ。
僕は改めて、とんでもない人の教え子になったんだなと実感するのだった。




