第60話 魔力の着ぐるみと複合装甲
二学期が始まって一ヶ月。
僕たちの学校生活は、相変わらず座学中心の毎日だった。
数学で方程式に悩み、歴史の年号を語呂合わせで覚え、英語の発音に苦戦する。
これぞ学生、といった平和な日々だ。
ただ一つ、変わったことといえば。
「はい、そこ! 魔力の密度が薄くなってるわよ!」
週に一度、エレノア先生による『防御魔法』の特別授業が始まったことだ。
中等部では異例の前倒し授業。
クラスメイトたちは必死に魔力を練り、見えない鎧を作ろうと四苦八苦している。
一ヶ月も経つと、クラスの中でもちらほらと「できた!」という声が上がり始めていた。
そんな中。
「……うーん」
僕は、完全に壁にぶち当たっていた。
できない。
全然、できない。
頭では分かっている。
身体の内側から外側へ、魔力を押し出すイメージ。
反発力(斥力)で身を守る。
でも、いざやろうとすると、どうしても脳裏に浮かんでしまうのだ。
――イカヅチの、あの鋼鉄のような完璧な鎧が。
(あんな風に、カチカチに固めなきゃ……)
そう思えば思うほど、ただ魔力を垂れ流すだけになってしまう。
「はぁ……」
放課後の教室。
僕は机に突っ伏してため息をついた。
「珍しいな。ヒロが実技でそんなに悩むなんて」
隣の席で、同室のユウスケが眼鏡を拭きながら話しかけてきた。
彼はクラスでも一番早く防御魔法を習得し、今ではかなり安定した鎧を展開できるようになっている。
「だってさぁ、イカヅチのみたいにならないんだよ」
「……原因、それじゃないか?」
ユウスケは呆れたように言った。
「お前、あの雷獣のイメージに引っ張られすぎなんだよ。
先生もあれが完成形だって言ってただろ?
人間がいきなりあんな金属装甲みたいなの作れるわけないだろ」
「え、そうなの?」
「そうだよ。ヒロは感覚派なんだから、もっとこう……柔らかいイメージのほうが向いてるんじゃないか?」
「柔らかいイメージ?」
僕は首を傾げた。
防御なのに、柔らかくていいの?
「そう。なんていうか……クッションみたいな」
ユウスケは少し考えて、ポンと手を叩いた。
「そうだな、着ぐるみだ」
「……きぐるみ?」
「遊園地とかにいるだろ? モコモコのやつ。
あれを着てると思えばいいんだよ。
敵の攻撃をガチンと弾くんじゃなくて、ボヨンと受け止める感じ」
着ぐるみ。
モコモコ。
ボヨン。
その言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かがカチリとハマった。
「……なるほど、着ぐるみか!」
それならイメージできる。
硬くなくていい。
分厚くて、柔らかくて、弾力のある空気の層を纏う感じ。
「よし……やってみる!」
僕は立ち上がり、目を閉じた。
イカヅチの鎧のイメージは一旦捨てる。
想像するのは、遊園地のクマさんだ。
中には空気がたっぷり入っていて、触るとフカフカするやつ。
魔力を、体の表面からふんわりと膨らませる。
密度は低くてもいい。厚みを持たせて……。
ボワッ。
身体の周りの空気が、一瞬膨らんだ気がした。
「――ヒロ! 出来てる、出来てるぞ!」
ユウスケが声を上げた。
「マジ!? このままキープ!?」
「おう! その調子だ!」
僕はその「モコモコ感」を維持したまま、目を開けた。
見た目は変わらないけれど、肌の数センチ上に、確かな反発力を感じる。
「じゃあ、いくぞ?」
ユウスケが軽く拳を握り、僕の肩に向かってパンチを繰り出した。
いつもなら「痛っ」となるところだ。
でも――。
ムニッ。
ユウスケの拳は、僕の肩に届く数センチ手前で、見えない壁に阻まれた。
いや、壁じゃない。ゴムボールのような弾力に押し返されたのだ。
「おおー!」
僕は歓声を上げた。
「すげぇ! 痛くない!」
「だろ? これが魔力の反発力だよ」
ユウスケが得意げに笑う。
さすが秀才。教えるのが上手すぎる。
エレノア先生の「内側からのベクトルがどうこう」という説明より、百倍分かりやすかった。
「これ面白いな!」
僕は嬉しくなって、防御魔法を展開したままユウスケに体当たりしてみた。
ボヨヨンッ。
お互いの魔力が反発し合って、変な感触と共に弾かれる。
「わはは! なんだこれ!」
「トランポリンみたいだな!」
僕たちは教室の中で、時間いっぱいボヨンボヨンと殴り合い(?)をして遊んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の夕方。
僕は意気揚々と屋外訓練場に向かった。
日課となっている、精霊たちとの魔法の撃ち合いだ。
今日の相手はヒューイにお願いした。
「見ててよヒューイ! ついに防御魔法を覚えたんだ!」
僕は胸を張って宣言した。
『ほう? やっとできたか』
ヒューイがニヤニヤしながら宙に浮く。
『じゃあ、試してみるか。』
「オッケー! あ、でも最初は手加減してよ?」
僕は「着ぐるみイメージ」を展開した。
全身を分厚い魔力のクッションで覆う。
これなら風魔法だってへっちゃらなはずだ。
『じゃあ一番弱いヤツな!いくぞー。それっ』
ヒューイが軽く腕を振る。
放たれたのは、サッカーボール大の空気の弾丸。
速度はそこそこ。
僕は受け止める体勢を取った。
魔力の着ぐるみで、ボヨンと弾き返してやる!
ドォォォォン!!
「へ……?」
弾き返すどころか。
僕はボールのように軽々と吹き飛ばされた。
「うわあああああ!?」
視界がぐるりと回り、背中から壁に激突する。
ガシャーン!!
訓練場の壁に叩きつけられ、そのまま地面にずり落ちた。
「いってぇ……」
背中がジンジンする。
……あれ?
一瞬、身体から淡い光が漏れて、すぐに消えた。
遠くで見ていたエレノア先生が「ん? 今なんか光った……? まあ、照明の反射よね」とスルーしているのが見えた。
セーフ。
僕は服の土を払って立ち上がった。
怪我は治っても、吹き飛ばされた事実は変わらない。
あの光のおかげで怪我は治っている。
でも、ぶつかった瞬間の痛みまで消えるわけじゃない。
痛いものは痛いのだ。
『ははは! いい感じに飛んだなー!』
ヒューイがお腹を抱えて笑っている。
「笑い事じゃないよ! なんで!? ちゃんと防御したのに!」
『いや、防御はできてたぞ?』
「うーん……これじゃ実戦で使えないなぁ」
僕は腕組みをして悩んだ。
「防御魔法、弱すぎるんじゃないか?
それともヒューイが強すぎるのか?」
『俺は強いぞ?』
「知ってるよ!」
ヒューイは空中で腕組みをして、ふと思いついたように言った。
『でもよ、お前。前はアレ使ってたじゃん。
空気固めたやつ』
「空気の壁?」
『そうそう。あれなら俺の風も止められてたろ。
あれ使えばいいじゃん』
僕は首を横に振った。
「だめだよ。あれは確かに硬いけど……」
僕は自分の身体を指差して言った。
「鎧として着たら、衝撃がそのまま通って痛いんだよ!」
最初の授業で悶絶した記憶が蘇る。
あれは二度とごめんだ。
すると、ヒューイは不思議そうに首を傾げた。
『なら、その衝撃を今の「着ぐるみ」みたいな鎧で吸収すりゃいいんじゃねーか?』
「え?」
『二重にするんだよ。
誰も「重ねたらダメ」なんて言ってねーだろ?』
目からウロコが落ちた。
硬い壁と、柔らかいクッション。
どっちか一つじゃなくて、両方使えばいいのか!
「それ……面白いかも!」
僕はすぐに試してみることにした。
まずは内側に、さっき覚えた「魔力の着ぐるみ」を展開する。
ムニッとした反発力。
そしてその外側に、得意の空間操作で空気を圧縮し、カチカチの「空気の壁」を張り巡らせる。
内側はフカフカ、外側はガチガチ。
「よし……できた!
ヒューイ、もう一回!」
『おう、いくぞ!』
ヒューイが再び風の弾を放つ。
さっきと同じ威力だ。
ドォン!!
直撃。
でも――。
「……!」
弾丸は僕の目の前で、見えない壁に弾かれて霧散した。
衝撃は来る。
でも、それは内側のクッションに吸われて、僕の身体には「トンッ」と軽く押される程度の感触しか届かない。
足が一歩も下がらなかった。
「……防げた!」
僕は自分の手を見た。
痛くない。吹き飛ばされない。
「すごいよヒューイ! 天才じゃん!」
『へっ、だろ? 俺様にかかればこんなもんよ』
ヒューイが得意げに鼻をこする。
その時、後ろで見ていたエレノア先生が、眼鏡をキラつかせながら猛ダッシュで近づいてきた。
「一之瀬君!! 今の!!」
「うわっ、先生!?」
先生は僕の肩をガシッと掴むと、興奮気味にまくし立てた。
「今の構成……内側に柔軟性のある魔力層、外側に高硬度の圧縮空気層……!
異なる硬度の素材を積層させることで、貫通力と衝撃エネルギーの両方を相殺する……!」
先生の目が怪しく光る。
「それ、『複合装甲』じゃない!!」
「こんぽじっと……?」
「戦車の装甲と同じ理屈よ!
まさか魔法でそれを再現するなんて……!」
先生はブツブツと何か(たぶん戦車のアニメの知識)を呟きながら、メモを取り始めた。
「硬度と靱性のハイブリッド……これよ、これこそ私が求めていた『ロジカルな防御』だわ……!」
よく分からないけど、成功したならヨシとしよう。
こうして僕は、ユウスケのアイデアとヒューイの助言、そして先生の(後付けの)理論によって、オリジナルの防御魔法を完成させたのだった。




