第59話 空気の壁と魔力の鎧
僕たち1年2組は、校舎裏の屋外訓練場に来ていた。
今日から始まる『防御魔法』の実技授業のためだ。
「さて、授業を始めるわ」
ジャージ姿のエレノア先生が、指示棒をペシペシと叩く。
「前回のホームルームで話した通り、あなた達には自分の身を守る『魔力の鎧』を習得してもらうわ」
先生の言葉に、クラスメイトたちが一斉に僕の方を見た。
「まあ、一之瀬は余裕だろ?」
「あんな凄い精霊を従えてるんだし、魔力の鎧くらい常時展開してるんじゃね?」
期待の眼差しが痛い。
僕は苦笑しながら手を振った。
「いや、できないよ? 初めてだよ」
「「えぇー!?」」
全員が声を揃えた。
「だって、精霊たちに聞いたら『生まれつき備わってる機能だから、呼吸するように出してるだけ。説明できない』って言われたし……」
「……あの性能でフルオートかよ」
「ずるくね?」
みんな呆れた顔をしたが、すぐに安堵の空気が流れた。
「なんだ、よかった」
「一之瀬もできないなら、スタートラインは一緒だな」
変なプレッシャーが消えて、僕もホッとした。
そうだ、防御魔法に関しては、僕もただの初心者なんだ。
「静かに。では説明するわ」
エレノア先生が自身の身体に魔力を纏う。
うっすらと陽炎のように空間が揺らいで見える。
「防御魔法の基本は『拒絶』よ。
自分のテリトリーに他者を入れない、という強い意志を魔力に乗せて、身体を覆うの」
「拒絶……」
「イメージが大事よ。やってみなさい」
みんなが一斉に唸りながら魔力を練り始める。
僕もやってみるが……。
「うーん、拒絶のイメージって言われてもなぁ」
どうも漠然としていて掴めない。
魔力が霧散してしまって、鎧にならないのだ。
「なら、僕の得意なやつでいいんじゃないかな」
僕は考え方を変えた。
イメージが苦手なら、いつものアレを使えばいい。
「……よし」
僕は自分の周囲の空気を操作する。
いつもは目の前に壁として作る『空気の壁』を、服の上から全身にピタリと密着させるイメージだ。
「おい一之瀬、それ大丈夫か?」
隣で練習していたユウスケが心配そうに聞いてきた。
「全身覆ったら、息できなくね?」
「顔だけ開ければいいかな。顔に来たら避けるし」
「避けれるなら防御魔法いらなくね?」
「……確かに」
痛いところを突かれた。
まあでも、胴体さえ守れれば合格点はもらえるだろう。
「先生、できました」
僕は手を挙げた。
「あら、早いわね」
先生が近づいてくる。
僕は胸を張った。
「いつもの空気の壁を、全身に纏ってみました。
これならイカヅチの雷だってある程度耐えられる強度がありますよ。エッヘン」
「……ふぅん」
先生は僕の周りの空気を指先でつついた。
カツン、と硬い音がしそうだ。
「確かに硬いわね。でも一之瀬君、その壁、身体にぴったりくっつけすぎじゃない?」
「え? 隙間があったら意味ないですよね?」
「そう……。じゃあ、ちょっと試してみましょうか」
先生は距離を取ると、手のひらを僕に向けた。
「踏ん張りなさいよ」
「はい、いつでも!」
僕はガッチリと足を踏ん張り、空気の壁をさらに固めた。
物理的な攻撃なら、絶対に通さない自信がある。
ヒュッ。
先生の手から放たれたのは、風魔法の弾丸だ。
殺傷能力はないけれど、結構な速さだ。
ドォン!
弾丸が僕のみぞおちに直撃した。
空気の壁はビクともしない。完璧に防いだ――。
「――カハッ!?」
瞬間。
僕は息が止まり、その場に崩れ落ちた。
胃の中身がせり上がってくるような衝撃。
「げほっ、ごほっ……!」
ううっ、痛い……! 息ができない……!
(……あれ? 例の『炎』が出ない? ……そうか、骨も折れてないし血も出てない……ただの衝撃だからか……!?)
怪我はしていない。
でも、痛みと衝撃だけが突き抜けている。
「ひ、ヒロ!?」
クラスメイトが駆け寄ってくる。
僕は涙目になりながら先生を見上げた。
「な、なんで……壁は……壊れてないのに……」
魔法そのものは打ち消したはずだ。
なのに、ハンマーで殴られたような衝撃が突き抜けてきた。
「当たり前よ。あなたの防壁には致命的な欠点があるわ」
先生は涼しい顔で解説を始めた。
「魔法は防げても、衝撃は別よ。
あなたは今、ガチガチに固めた空気の板を、お腹に密着させていたでしょう?」
「は、はい……」
「その板の上から衝撃を与えられたらどうなる?
板は壊れなくても、その衝撃はそのまま内側に……つまりあなたのお腹に伝わるのよ」
「えっ……」
「空気はね、振動を伝えるの。
いくら固めても、密着させていたら衝撃波はそのまま通り抜けてくるわ」
そ、そうか……!
僕はただ「硬くすること」ばかり考えていた。
でも、硬い板越しに殴られたら、痛いに決まっている。
「正しい『魔力の鎧』はね、内側から外側に『押し出す力』なの」
先生が再び魔力を纏う。
「常に外へ向かう反発力を生み出すことで、それがクッションの役割を果たすのよ。
攻撃が当たっても、その反発力が衝撃を殺してくれるわ」
「……なるほど」
壁を作るんじゃなくて、押し返す力。
それがクッションになるのか。
僕は立ち上がり、服についた土を払った。
まだお腹がジンジンする。
「ありがとうございます、先生。よく分かりました」
「分かればよろしい。さあ、一からやり直しなさい」
僕は元の位置に戻った。
小手先の技術じゃダメだ。ちゃんと基礎からやらないと。
「うぐぐ……均等に出すの、難しい……」
「くそっ、背中側が薄くなる!」
「一之瀬、お前も出来てねーじゃんか!」
「うるさいな、今練習してるんだよ!」
周りを見れば、みんな汗をかきながら必死に魔力を練っている。
特別な才能も、裏技も通用しない。
ただの地道な基礎練習。
でも、なんだか悪くない気分だった。
みんなと同じスタートラインで、泥臭く頑張るのも、たまにはいいものだ。
僕は気合を入れ直し、見えない鎧を作るイメージに集中した。




