第58話 チーズ饅頭と、防御魔法
長い夏休みが終わり、二学期の始業式の日。
久しぶりの教室は、どこか浮足立った空気に包まれていた。
海で真っ黒に日焼けした男子や、髪型を少し変えた女子。
みんな、それぞれの夏休みを満喫したようだ。
「一之瀬ー! 久しぶり!」
「おーいヒロ、元気だったか?」
ユウスケやクラスメイトたちが集まってくる。
僕は通学カバンから、大きな紙袋を取り出した。
「久しぶり。これ、実家のお土産」
僕が取り出したのは、宮崎名物『チーズ饅頭』だ。
しかも、一種類じゃない。
地元でも有名な二大店舗のものを買い込んできたのだ。
「うおっ、すげぇ量!」
「チーズ饅頭? 初めて見るわ」
関東出身の子たちは珍しそうに覗き込む。
僕は二種類の箱を開けて、みんなに配った。
「こっちの緑の包装紙のやつは、生地がサクサクでクッキーみたいになってるんだ。これぞチーズ饅頭って味だね」
「へぇー、洋菓子みたい!」
「で、こっちの青い包装紙のやつは、生地がしっとりしてる。中のチーズも濃厚で、昔ながらの王道って感じかな」
説明しながら、僕も一つ(サクサク派)を手に取る。
パクッ。
「んー……」
口の中に広がる、甘い生地と塩気のあるチーズのハーモニー。
これぞ故郷の味だ。
「うまっ! なにこれ!」
「私はこっちのしっとり派かなー。口溶けがいい!」
「いや、俺は断然サクサク派だね。クッキー生地がたまらん!」
教室のあちこちで「サクサク派」と「しっとり派」の論争が勃発した。
みんな笑顔で食べている。平和だなぁ。
ガラッ。
教室の扉が開き、エレノア先生が入ってきた。
「はい、席につきなさい……って、あら?」
先生は鼻をひくつかせ、僕の机の上の山積みになった箱を見た。
「一之瀬君、それは?」
「あ、先生。実家のお土産です。よかったらどうぞ」
「……いただくわ」
先生は遠慮なく二種類とも手に取ると、教卓でパクついた。
そして、目を見開いた。
「……美味しいわね。
この植物性の油脂とチーズの塩分バランス……計算されているわ」
先生は満足そうに頷き(どうやら両方好きらしい)、パンパンと手を叩いた。
「さて、糖分補給も済んだところで、ホームルームを始めるわよ」
先生の表情が、少しだけ教師の顔になる。
「二学期からのカリキュラムについて、一つ変更があるわ」
黒板に文字を書く。
『防御魔法』。
「本来、この授業は高等部の実戦形式の授業から必修になるものだけれど……。
今回、上層部の決定で中等部から前倒しで実施することになったわ」
「ええーっ」
「マジかよ、また覚えること増えるのかよー」
生徒たちがブーイングを上げる。
でも、みんな内心では分かっているはずだ。
一学期にあった「教会の襲撃」や「聖女の来訪」。
僕たちは決して無力ではなかった。聖女だって追い返した。
でも、身を守る術は一つでも多いほうがいい。
「静かに」
先生が声を張る。
「いい? 貴方たちは先日見たはずよ。
一之瀬君が召喚した雷獣を」
先生の言葉に、みんなが頷く。
あの聖女の光魔法を、涼しい顔で弾き返したイカヅチの姿だ。
「あの精霊は、身体の外側に『魔力の鎧』を纏っていたわ。
あれこそが、人間が習得すべき防御魔法の完成形よ」
先生がチョークで人体図と精霊の図を描く。
精霊の方には、身体を覆うオーラのようなものが描かれた。
「彼らは常に魔力で身体をコーティングしている。
だから、多少の魔法や物理攻撃を受けても傷つかない」
「なるほど……」
「あれを俺たちがやるのか?」
僕は納得した。
「(お兄ちゃんがやってたやつだ)」
以前、お兄ちゃんが全身に魔力を纏って防御していたのを思い出す。
精霊たちが当たり前にやっていることを、人間が技術として再現するのが『防御魔法』なんだ。
「対して、人間はどう?」
先生が人体図を指す。
「貴方たちの皮膚は、あまりにも柔らかくて脆い。
ナイフ一本、ちょっとした魔法一発で致命傷になるわ。
生物として、あまりにも無防備すぎるのよ」
教室が静まり返る。
「だから、防御魔法を習得することは、魔法使いにとって命綱なの。
本来は高等部の内容だけど、やっておいて損はないわ。
むしろ、今まで教えていなかったのが不思議なくらいよ」
先生は眼鏡をくいっと押し上げ、不敵に笑った。
「安心していいわ。
私が基礎から徹底的に叩き込んであげるから」
「「「ひえぇ……」」」
クラス中が悲鳴を上げた。
でも、その悲鳴はどこか明るかった。
厳しいけど、頼りになる先生だから。
「じゃあ、講堂で始業式よ。移動しなさい」
先生の号令で、みんながぞろぞろと教室を出ていく。
先生は教室を出る間際、僕の机に残っていたチーズ饅頭の箱に手を伸ばすと、
ササッ。
目にも止まらぬ速さで、二種類を二個ずつ、計四個を懐に入れた。
そして何食わぬ顔で廊下へ出ていった。
「(……絶対、帰ってアニメ見ながら食べる気だ)」
僕は苦笑しながら、先生の背中を追った。
二学期も、賑やかになりそうだ。




