第54話 夏休み、帰郷とうどんと守護者たち
期末テストも無事に終わり、いよいよ待ちに待った夏休みがやってきた。
僕とお兄ちゃんは、実家に帰省するために飛行機に乗っていた。
窓の外には、真っ青な空と雲海が広がっている。
「お兄ちゃん見て。あれ、学校じゃない?」
僕が窓の下を指差すと、お兄ちゃんが覗き込んだ。
遥か眼下に、広大な敷地を持つ国立魔法学校が小さく見える。
「ああ、そうだな。空から見るとデカさが分かるな」
「うん。……あそこで4ヶ月過ごしたんだなぁ」
飛行機は快適だ。
魔法で空を飛ぶのとは違って、身を委ねていれば目的地に着く。
僕たちはジュースを飲みながら、のんびりと空の旅を楽しんだ。
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地元の空港に到着すると、到着ロビーでお父さんとお母さんが手を振っていた。
「ヒロ! カイト! こっちよー!」
「二人とも、お疲れ様。元気だったか?」
久しぶりの両親の顔。
なんだかホッとする。
車に荷物を積み込むと、運転席のお父さんがバックミラー越しに聞いてきた。
「ちょうど昼時だし、何か食べて帰るか? 何か食べたいものはあるか?」
僕は迷わず答えた。
「……うどん」
「ははは! やっぱりそう来るか!」
お父さんが豪快に笑う。
お兄ちゃんも深く頷いた。
「いいじゃん。やっぱ帰ってきたら、こっちのうどんだよな」
向かったのは、昔から通っている地元のうどん屋さんだ。
運ばれてきたのは、透き通った黄金色の出汁に、少し細めの麺が泳ぐ一杯。
関東のコシが強い剛麺もいいけど、やっぱりこれだ。
ズズッ。
「んー……!」
煮干しの効いた優しい出汁が、五臓六腑に染み渡る。
麺は柔らかすぎず、でもツルツルと喉越しの良い絶妙な食感。
揚げ玉とネギだけのシンプルな味が、最高のご馳走だ。
「生き返る……」
「そんなに懐かしい? まだ家を出て4ヶ月よ?」
お母さんが笑いながらお茶をすすった。
「4ヶ月だけど……僕にとっては3年くらいの気分だよ」
「大げさだなぁ」
「大げさじゃないよ。母さん、ヒロが入学早々に『災害』認定されて、ついでに『聖女』まで撃退した話、したっけ?」
お兄ちゃんがニヤニヤしながら爆弾を投下した。
「聖女? なんだいそれは」
お父さんが箸を止める。
お兄ちゃんは、先日学校に来た聖女アリスの一件と、学校側が宗教に対して断固拒否のスタンスであることを説明した。
それを聞いて、両親は心底ホッとしたようだった。
「そうかそうか。学校がそういう方針なら安心だな」
「変な宗教に巻き込まれるのが一番怖いからねぇ」
「でもそのせいで、俺まで高等部で『災害の兄』とか『猛獣使い』って呼ばれるようになったんだぞ。ヒロ、責任取れよな」
「えー、あの時はお兄ちゃんが戦ってくれなかったからじゃん。僕ばっかり貧乏くじだよ」
僕がぶーたれると、車内が笑いに包まれた。
この何気ない会話が、実家に帰ってきたことを実感させてくれる。
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お腹も満たされ、車は山あいの道を走る。
しばらくして、見慣れた実家に到着した。
「ついたー!」
僕は車のドアを開けて、大きく伸びをした。
やっぱりこっちは空気が美味しい。
荷物を持って玄関に向かおうとした、その時だった。
「……ん?」
縁側の方から、懐かしい気配を感じた。
僕は庭の方へ回り込んでみた。
そこには――。
縁側でプカプカと浮かんでくつろいでいるヒューイと、寝そべって日向ぼっこをしているイカヅチの姿があった。
「えっ? なんで僕より先に帰ってるのさ!」
僕が声を上げると、お母さんが後ろから顔を出した。
「あら? ヒロ、誰と話してるの? ……もしかして、ヒューイちゃんたちが来てるの?」
「うん。もう縁側でくつろいでるよ」
「まあ! 久しぶりに会いたいわ。ヒロ、見えるようにしてちょうだい」
僕は苦笑しながら、二人を顕現させた。
「出ておいで」
ポンッ。
緑色の風の精霊と、四足歩行の雷獣が姿を現した。
「やっほー、お帰りヒロ」
『うむ。遅かったな』
「『遅かったな』じゃないよ。寮では滅多に姿を見せないくせに、なんで実家だと先回りしてるんだよ」
僕が突っ込むと、ヒューイは空中でくるりと回った。
「なんとなく? 風に乗ってたら着いちゃった」
『……ふん』
イカヅチは片目を開けて、周囲の山々を見渡した。
『この土地は、微かに「神の気」が混じっておる。
変な輩が寄ってこぬよう、一応、警戒しておるのだ』
イカヅチがもっともらしいことを言っている。
確かにこの辺りは神話の伝承が多い土地だけど……。
「要するに、心配性なだけでしょ?」
『たわけ。ヒロを守護することは、我らの務めだ』
イカヅチはプイッと顔を背けたけど、その尻尾はパタパタと動いている。
絶対、久しぶりの実家で羽を伸ばしたいだけだ。
「まあまあ、二人ともゆっくりしていってね。後で冷えたスイカ切るから」
お母さんが嬉しそうに言うと、ヒューイが「やった!」と歓声を上げた。
イカヅチも『……もらうとするか』と満更でもなさそうだ。
やれやれ。
僕の夏休みは、精霊たちのおかげで賑やかになりそうだ。
僕は縁側に座り込み、ヒューイたちと一緒に、どこまでも青い夏の空を見上げた。
最高の夏休みが、ここから始まる。




