第53話 猛暑対策と魔力変換
7月中旬。
期末テストも終わり、あとは夏休みを待つだけとなったある日の午後。
1年2組の教室は、死屍累々としていた。
「あー……暑い……」
「溶ける……」
窓の外ではセミが全力で鳴いている。
一応、教室には空調魔法が効いているはずなんだけど、日本の夏特有の「湿気」を含んだ熱気には勝てないらしい。
僕も机に突っ伏して、ぐったりしていた。
この蒸し暑さは、精神的にくる暑さだ。
ガラッ。
教室の扉が開いて、エレノア先生が入ってきた。
先生も、いつもより少し元気がなさそうだ。
「はい、席につきなさい。……暑苦しいわね」
先生は教壇に立つと、ハンカチで汗を拭った。
「今日は、夏休み直前の特別授業を行うわ。
テーマは『熱エネルギーの魔力変換』よ」
先生が黒板にカカカッと文字を書く。
『熱=エネルギー=魔力』。
「みんな、魔法を使う時は体内の魔力を消費して、炎や氷といった現象を起こすわよね?
今日はその逆をやるの」
先生はチョークを置いた。
「空気中や物質の『熱』をエネルギーとして認識し、魔力として体内に回収する。
そうすれば、涼しくなる上に魔力も微量だけど回復する。
まさに一石二鳥のエコシステムよ」
「へぇー」
「そんなことできんの?」
クラスメイトたちがざわつく。
先生はニヤリと笑って、僕を見た。
「できるわよ。現に、それを実用化して水魔法の制御に成功した生徒がいるもの。
――一之瀬君、前に出てきなさい」
「え、僕ですか?」
突然の指名に驚きつつ、僕は前に出た。
教卓には、ポットに入った熱湯と、人数分のコップが用意されている。
「一之瀬君は、自分の水魔法が爆発しないように、余剰エネルギーを変換する技術を身に着けたわよね?
そのコツをみんなに教えてあげて」
「あ、はい」
僕はコップにお湯を注ぎ、みんなに見せた。
湯気が立っている。アッツアツだ。
「えっと……冷やすんじゃなくて熱を『吸う』イメージを持ってほしい」
「吸う?」
「うん。このお湯が持っている『熱』を感じて、それをストローでジュルッと吸い上げて、身体に循環させるイメージ。
じゃあ、やってみるね」
僕はコップに手をかざす。
熱を感じる。それを魔力回路を通じて、体内に引き込む。
スゥン……。
一瞬で湯気が消えた。
僕はコップを持ち上げ、中の水をグイッと飲んだ。
「ん、冷たくて美味しい」
キンキンに冷えた水が喉を通る。
「おおー!」
「一瞬で冷えた!」
みんなが身を乗り出す。
「一之瀬、魔力はどうなんだ? 増えるのか?」
ユウスケが聞いてきた。
「うーん、コップ一杯程度だからね。
ほとんど変わらないかな。
でも外で使えば自動回復状態になるのかな?」
「なるほど、自動回復か! それは便利だな!」
賢いユウスケはすぐに理解した。
外を歩くだけで涼しくて、しかも魔力が微回復し続けるなら、これほどうまい話はない。
「よし、みんなもやってみなさい。
お湯が冷たくなるまで、何度もトライすること」
先生の号令で、実践練習が始まった。
最初はみんな苦戦していた。
「熱い熱い!」と手を引っ込めたり、逆に魔力を込めてしまってお湯を沸騰させたり。
でも、さすが国立魔法学校の生徒たちだ。
徐々にコツを掴む子が出てきた。
「あ、なんか分かったかも。熱を『もらう』感じだ」
「おっ、冷えた! すげぇ、マジで冷てぇ!」
ユウスケが成功し、周りの男子も次々と成功していく。
冷えた水を飲んで、「生き返るー!」と歓声を上げている。
「できた! なんか身体が軽い気がする!」
「これ、夏の屋外活動に最強じゃん!」
クラス中が盛り上がってきた。
全員が「熱変換」の感覚を掴んだようだ。
すると、誰かが言った。
「これ、お湯だけじゃなくて、この教室の空気でもできるんじゃね?」
「「「それだ!!」」」
全員の意見が一致した。
ターゲット変更。対象は「教室内の空気」。
30人の魔法使いの卵たちが、一斉に空気中の熱エネルギーを奪い始めた。
スゥーーーッ……。
全員が目を閉じて集中する。
暑い暑い空気が、魔力として還元されていく。
涼しい。
いや、涼しいを通り越して――。
「……なんか、寒くない?」
10分後。
教室の空気は一変していた。
壁の室温計を見ると、針は18度を指している。
冷蔵庫の中みたいだ。
でも、それ以上に問題なのは――。
「うわっ、なんかベタベタする!」
「き、霧だ! 教室中が真っ白だぞ!?」
急激に温度が下がったせいで、空気中の水分が飽和してしまい、濃い霧が発生していた。
湿度は100%近い。
服も教科書も髪の毛もしっとりと濡れ、肌にまとわりつく。
「うへぇ……不快指数マックスだ……」
「寒いのにジメジメしてるって最悪じゃん!」
阿鼻叫喚のクラスメイトたち。
エレノア先生が、しまったという顔をした。
「いけない、相対湿度の計算を忘れていたわ。
これじゃあカビが生えるわね……」
先生は僕の方を向いた。
「一之瀬君、空間魔法で、空気中の水をギュッと集めることできる?」
「え、やってみます」
僕は意識を集中させた。
普段なら空気中の水分を集めるのは難しいけれど、今は目の前が真っ白だ。
霧状になっているから、イメージはしやすかった。
この教室に漂う白いモヤを、空間操作で一箇所に集める!
ギュンッ!
教室中の霧が渦を巻き、僕の手のひらの上に収束していく。
――ちゃぷん。
数秒後。
そこには、バレーボールくらいの大きさの巨大な水球が浮かんでいた。
「うおっ、すげぇ!」
「霧が晴れた!」
僕は窓を開け、その水球を外へ放り投げた。
ポイッ。
バシャアッ!
下の花壇に水が落ちる音がした。
振り返ると、そこには――。
「「「おおおおお……!!」」」
室温18度。湿度30%。
キンキンに冷えていながら、カラッと乾いた最高の空間が完成していた。
「天国だ……」
「もうここから出たくない……」
ユウスケが手を挙げて質問する。
「先生これ、外でつかったらどうなるんですか?」
「そうね…体の周りに霧がかかるわ。
オーラみたいに…」
「誤魔化した!?」
「絶対ビショビショになるやつじゃん!」
「使えねー!!」
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴り、教室から出た瞬間。
廊下のモワッとした熱気に包まれて、全員が同時に呟いた。
「「「あったけぇ……(絶望)」」」
日本の夏も、使いようによっては天国になる。
ただ、空間魔法使いがいないとビショビショになるから注意が必要だね。




