第52話 雷獣の威光、聖女の誤算
「神の奇跡を、妄想ですって!?
恥を知りなさい、この異端者ども!!」
顔を真っ赤にした聖女アリスが叫ぶ。
完全にブチギレている。
彼女の号令と共に、上空に浮かぶ巨大な「光の天使」が動いた。
手にした光の鎌を大きく振り上げ、僕めがけて振り下ろしてくる。
「異端者に鉄槌を! 『聖なる光』!」
生徒たちが悲鳴を上げる。
でも、僕は慌てなかった。
「イカヅチ、守って」
僕は短く呼びかけた。
ガキンッ!!
光の鎌が、雷獣の身体に触れた瞬間、硬質な金属音を立てて弾かれた。
『……ふあ』
雷獣――イカヅチは、大きなあくびをした。
『なんだ、その程度か』
イカヅチの身体は、生まれながらにして強力な魔力の鎧を纏っている。
生半可な魔法攻撃なんて、毛ほども通さない。
「なっ……神の光を、防いだ……!?」
アリスが目を見開いて絶句している。
信じられない、といった表情だ。
「ま、まだです!
神の怒りはこんなものではありません!」
アリスが必死に腕を振るう。
天使から「光の矢」や「光の鉄槌」が雨のように降り注ぐ。
ドカドカドカッ!
派手な音と光がイカヅチを襲う。
けれど、イカヅチは一歩も動かない。
それどころか、退屈そうに後ろ足で耳の後ろをカイカイと掻いている。
「無駄よ」
後ろで見ていたエレノア先生が、眼鏡を押し上げながら呟いた。
「見て、あの精霊……。
信じられないほど高度な魔力の鎧を纏っているわ。
聖女ごときの、密度が薄くて見た目だけの光魔法じゃ、あの鎧に傷一つつけられない」
『鬱陶しいな。……失せろ』
イカヅチが面倒くさそうに鼻を鳴らし、
グワァッ!!
短く吠えた。
ただの咆哮だ。
それなのに、発生した衝撃波だけで空気がビリビリと震え――。
パリンッ。
上空の光の天使の右半身が、ガラス細工のように砕け散った。
「ひっ……!」
アリスが悲鳴を上げて後ずさる。
自分の最強の魔法が、ただの「ひと吠え」で半壊させられたのだ。ショックは大きいだろう。
「ま、まだです……! 神の加護がある限り、私は負けません!」
アリスは脂汗を流しながら、必死に魔力を練り上げる。
砕けた天使の右腕が、光の粒子を集めて徐々に再生していく。
その姿は滑稽だったけれど、ある意味で根性はある。
本当に、心の底から自分が正しいと信じているんだな……。
僕はなんだか、可哀想になってきた。
「ねえイカヅチ。もう勝負ありだよ」
『うむ。弱すぎて張り合いがない』
「でも、あんなに必死だし、一応『聖女』様だからさ。ボコボコにして終わるのも可哀想だよ」
『……ほう? ならどうする』
イカヅチが僕を見下ろす。
僕は小声で提案した。
「メンツを保ってあげよう。
あの光の天使にド派手な雷をぶっ放して壊して。それと同時に、アリスには気絶する程度の『静電気』を当てて」
『……我の雷で、そんな器用な真似をしろと?』
イカヅチが呆れたような顔をする。
破壊するのは簡単だけど、手加減、しかも「演出用の極大」と「本命の極小」を同時にやるのは至難の業だ。
「イカヅチならできるでしょ?
世界一の雷使いなんだから、そのくらいの制御、朝飯前だよね?」
僕がおだてると、イカヅチの髭がピクリと動いた。
ニヤリと笑った気がした。
『ククッ、ヒロも人が悪い。
……よかろう、職人芸を見せてやる』
イカヅチが天に向かって吠える。
ゴロゴロゴロ……!!
途端に空が暗転し、どす黒い雷雲が渦を巻き始めた。
空気がジリジリと帯電し、肌が粟立つようなプレッシャーが場を支配する。
「な、なにこれ……!?」
アリスが空を見上げて震える。
さっきまでのハリボテ天使とは格が違う、本物の自然の猛威。
『神罰とやら、我が見せてくれよう! 滅べ!!(嘘)』
ズガガガガガガーン!!!!
天が裂けたかと思うほどの轟音。
極太の雷柱が、上空の光の天使を直撃した。
天使は断末魔を上げる間もなく、一瞬で蒸発し、霧散した。
そして、その圧倒的な閃光と轟音に紛れて――。
『(ほれ)』
イカヅチの爪先から、目に見えないほど小さな火花が飛んだ。
それがアリスの鼻先に触れる。
パチッ。
「あぶっ」
アリスが変な声を上げた。
そして、白目を剥いて、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
ドサッ。
……シーン。
砂埃が晴れると、そこには跡形もなく消滅した天使と、気絶して倒れているアリスの姿があった。
「せ、聖女様ーーーッ!!」
後ろで見ていた司祭たちが、悲鳴を上げて駆け寄った。
そして、アリスの様子を確認し、驚愕の声を上げる。
「な、なんという威力……!
でも!天使を一撃で消し去るほどの雷撃を受けて、気絶だけで済んでいるとは……!」
「五体満足だ! さすが聖女様の加護だ!」
盛大な勘違いをしてくれている。
よかった、作戦通りだ。
司祭たちはアリスを抱きかかえると、僕たちを睨みつけた。
「おのれ野蛮人ども! 覚えていろ!」
「こんな国、今すぐ出ていってやる!」
「今に見てろ! 本物の神罰が下るからな!」
捨て台詞を吐きながら、彼らはアリスをリムジンに押し込み、逃げるように去っていった。
嵐が去り、平和が戻った校庭。
「すごいよイカヅチ! 完璧なコントロールだった!」
僕はイカヅチに抱きついた。
『ふん、まあな。造作もないことよ』
イカヅチはクールに鼻を鳴らしたけれど、太い尻尾がブンブンと振られている。
嬉しそうだ。
エレノア先生が、やれやれとため息をついて近づいてきた。
「……はぁ。とりあえず撃退はできたけど……」
先生は、司祭たちの去っていった方向を見て、遠い目をした。
「なんか凄まじい誤解を生んでないかしら?
まあ……スカッとしたからいいけどね」
先生は少しだけ笑って、僕の頭をポンと撫でた。
「よくやったわ、一之瀬君。
……でも、次はもっと面倒なのが来るかもしれないわよ?」
「大丈夫ですよ」
僕はイカヅチの背中を撫でながら答えた。
「その時はまた、みんなで追い返しましょう」
こうして、僕たちの「対・聖女戦」第一ラウンドは、
僕たちの完全勝利で幕を閉じたのだった。




