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第51話 聖女来訪

 その日、学校の空気は異様に張り詰めていた。


 校門前に現れたのは、ファンタジーな馬車ではない。

 黒塗りの高級リムジン、その車列だった。


 ズラリと並んだ威圧的な黒い車。

 まるで政治家か、あるいはその筋の組長でも来たのかと思うような光景に、生徒たちは遠巻きにざわついている。


「うわぁ……なんか、関わっちゃいけないタイプのお金持ちだ……」


 ユウスケがドン引きしながら呟く。

 僕も同感だ。なんだかすごく、きな臭い。

 教員全員が正門前に整列して出迎えているけれど、その中には真っ青な顔をして俯いているエレノア先生の姿もあった。


 やがて、リムジンのドアが恭しく開かれた。

 降りてきたのは、煌びやかな法衣に身を包んだ数名の司祭たち。

 そして――。


 純白のドレスを纏った、一人の少女だった。


 年齢は18歳くらいだろうか。

 金色の髪に、透き通るような白い肌。

 誰もが振り返るほどの美少女だ。

 けれど、その瞳には生気がなく、どこか精巧に作られたお人形のような雰囲気がある。


 彼女は学園を見上げ、パァッと顔を輝かせた。


「まあ! なんて素晴らしい学び舎でしょう!」


 彼女はうっとりと胸の前で手を組んだ。


「この国にも、これほど多くの『神の子』たちが集っているのですね。

 どの子からも、神に愛された魔法の気配を感じますわ。

 さあ、皆さんと共に祈りを捧げましょう」


 ルンルン気分だ。

 完全に「ここも信仰に溢れた素晴らしい場所」だと信じ込んでいる。


 出迎えた校長先生が、愛想笑いを浮かべて歩み寄る。


「ようこそ、遠路はるばるお越しくださいました。聖女アリス様」


「ええ。視察に来てさしあげました」


 聖女アリスは、校長先生の挨拶もそこそこに、周囲をキョロキョロと見回した。


「それで? 『神の家』はどこですか?」


「は?」


「礼拝堂です。

 まずは神に感謝を捧げなければ。ご挨拶はそれからです」


「はぁ……。本校は信仰の自由を尊重しておりますので、特定の宗教施設は設けておりませんが」


 校長先生が答えると、アリスの笑顔がピキリと固まった。


「……ありませんの?」


「はい。建立の話すら上がったこともありません」


「なんと……」


 アリスは信じられないものを見る目で嘆いた。


「嘆かわしい。魔法という神の奇跡を扱っておきながら、礼拝堂の一つもないとは。

 ここは野蛮人の集落ですか?」


 彼女は本気で悲しそうに暴言を吐き、そして、あろうことか僕たちの校舎の一角を指差した。


「では、あの場所が良いですね。

 あの一帯を更地にして、大聖堂を建てましょう。私が浄化してさしあげます」


 彼女が指差したのは、よりによってエレノア先生たちのいる『研究棟』だった。

 最新の魔導機器が詰まった、先生たちの城だ。


「なっ……ふざけるな!」

「あそこには貴重な研究データが!」


 後ろに控えていた先生たちが色めき立つ。

 当然だ。いきなり来て「壊して教会を建てろ」なんて、常識が通じないにも程がある。


 その時。

 アリスの横にいた、小太りの司祭が声を荒らげた。


「ええい、騒々しいぞ野蛮人ども! ……ん?」


 司祭の目が、教員の列の後ろで縮こまっているエレノア先生を捉えた。


「――なんと、こんなところに隠れていたか!」


 司祭が大股で近づき、エレノア先生を指差した。


「異端の研究者、エレノア!

 教会の慈悲を拒絶し、神聖な魔法を汚す異教徒め!

 まさかノコノコと聖女様の御前に顔を出せるとはな!」


 典型的な小物ムーブだ。

 エレノア先生は胃が痛そうに顔をしかめている。


「……あら」


 アリスがエレノア先生に気づいた。

 罵倒されるのか。

 僕たちが身構えた瞬間、アリスが浮かべたのは――慈愛に満ちた微笑みだった。


「あら、あなたが有名な…。……ああ、なんと可哀想に」


「……は?」


 司祭の罵倒よりも、その言葉のほうが先生にダメージを与えたようだった。


 アリスは先生に歩み寄り、同情たっぷりに言った。


「異国の地で、こんなにも穢れてしまって。

 でも、安心なさい。神は慈悲深いお方です。

 道を誤り、祖国を捨てた貴女のような愚か者でも、生かされているのですから。感謝なさい」


「…………」


 エレノア先生の額に青筋が浮かんだのが見えた。

 これはキツイ。

 「自分は絶対に正しい」と信じて疑わない、純度100%の善意による見下し。

 一番話が通じないタイプだ。


 その時、アリスの視線がふと僕に向いた。


「あら?」


 彼女は僕をまじまじと見つめ、パァッと顔を輝かせた。


「貴方……素晴らしい力を持っていますね」


 僕の中に流れる、魔力を感じ取って、

 アリスは嬉しそうに微笑んだ。


「貴方も『こちら側』の人間でしょう?

 その力、神と共に歩む選ばれし者の証ですね」


「え? 違いますけど」


 僕は即答した。


「?」


 アリスが小首をかしげる。


「違います。僕の力は神の力じゃありません。

 それに僕、神のことは嫌いなんです」


「……嫌い?」


「はい。だって神って、人間を見下してるじゃないですか」


 僕は真っ直ぐに彼女を見た。


「僕、一度神と戦ったことがあるんですけど……信じられます?

 あいつ、僕のこと『虫けら』って言ったんですよ?

 初対面で虫けら扱いするような奴、どう考えても仲良くなれない。

 だから僕は、そんな連中に祈るつもりはありません」


 シーン……。


 場が凍りついた。

 司祭たちが「ヒッ」と息を呑む。

 アリスの顔から、スッと笑顔が消えた。


「……なんと不敬な」


 能面のような冷たい表情。

 彼女はゆらりと手を上げた。


「この学園は腐っていますね。特にそこの貴方、教育が必要です。

 ……よろしい。私自ら、神の御業を見せてさしあげましょう」


 アリスが両手を広げる。


「見なさい。これが信仰による奇跡。神の御使いです!」


 カッッッ!!!!


 猛烈な光が溢れ出した。

 上空の空間が歪み、巨大な「光の巨人」が現れる。

 背中には翼のようなものがあり、一見すると天使のようだ。


「うわっ、眩し!」

「目が、目がぁぁ!」


 生徒たちが目を覆う。

 圧倒的な光量。神々しい演出。

 でも――。


「……酷い燃費ね」


 エレノア先生が、眼鏡を光らせて冷静に言った。


「え?」


「見てみなさい、一之瀬君。あれは天使じゃないわ」


 先生に言われて、僕は目を凝らした。

 確かに、眩しいだけで細部が曖昧だ。顔ものっぺらぼうだし、翼もただの光の板みたいだ。


「ただ魔力を放出して、自分の想像した『天使っぽい形』に無理やり固めているだけ。

 術式に美しさがカケラもない。

 要するに、ただの中身のないハリボテよ」


「なるほど……。妄想の具現化ってことですね」


 僕たちの会話は、静まり返った校庭によく響いた。


 アリスの肩がプルプルと震え出した。

 顔が真っ赤になっている。


「……冒涜です……!」


 彼女が叫んだ。


「神の奇跡を、妄想ですって!?

 恥を知りなさい、この異端者ども!!」


 完全にブチギレた聖女様。

 上空のハリボテ天使が、鎌のような光を振り上げた。

 やる気満々だ。


 エレノア先生は、やれやれとため息をつくと、僕の背中をポンと叩いた。


「はい、行ってらっしゃい一之瀬君」


「え? 僕?」


 先生の後ろに隠れようとした僕は、前に押し出された。


「だって相手は『召喚』を使ったのよ?

 なら、こっちも『召喚』で対抗するのが筋でしょ?」


「えぇ……こういうのって先生とか上級生の役目じゃ……」


「大丈夫。貴方は規格外の主人公なんだから、チャチャッと本物を見せてあげなさい」


 先生はニヤリと笑い、そして小声で付け加えた。


「――ただし、手加減しなさいよ?

 相手はただの妄想癖のあるお嬢様なんだから。

 絶対に殺しちゃダメよ?」


「……はいはい」


 僕はしぶしぶ前に出た。

 やれやれ、せっかくの平和な学園生活だったのに。

 

僕は空を見上げ、深く息を吸い込んだ。


相手が光の「天使(自称)」なら、こっちはそうだな……。


「……イカヅチ」


 小さく名を呼ぶ。

 それだけで、空気がビリリと震えた。


 本物の『御使い』ってやつを、教えてあげようか。

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