第50話 神殺し同盟
放課後の教室。
逃亡を図り、校長先生に捕獲されたエレノア先生は、教壇の椅子にぐったりと座り込んでいた。
いつもの覇気はない。
まるで、世界の終わりを見たかのような絶望的な表情だ。
「……先生」
僕は恐る恐る声をかけた。
「その『聖女』って人のこと、どうしてそんなに嫌がるんですか?」
クラスのみんなも心配そうに見守っている。
先生は重い溜息をつき、観念したように眼鏡を外した。
「……話すわ。私がなぜこの国に来たのか。そして、何を恐れているのか」
先生は静かに語り始めた。
「私の祖国はね、完全な『教会主義』の国なの。
魔法は技術ではなく、『神の祝福』。祈りと信仰による奇跡だと教えられていたわ」
先生の瞳が、遠い過去を見るように細められる。
「でも、私には違って見えた。
生まれつきの『眼』のせいで、私には魔法が神の光なんかじゃなく、ロジカルな術式と……不可解なノイズの塊に見えていたの」
ノイズ。
それはきっと、微精霊のことだ。
「周りのみんなが神に祈りを捧げている間、私だけは冷めていた。
神なんてどこにもいない。そこにあるのは物理法則だけじゃないかって」
先生は自嘲気味に笑った。
「そんな私が日本に憧れたのは、学生時代の『聖地巡礼』がきっかけだったわ」
「聖地巡礼って、アニメの?」
ユウスケが突っ込むと、先生は真顔で頷いた。
「ええ。でも、そこで見たのは衝撃的な光景だった。
日本人は初詣には行くけれど、自分がどの神様に祈っているかも曖昧。信仰心なんて無いに等しい。
それなのに、魔法技術は祖国より遥かに進んでいた」
魔道具や、生活に溶け込んだ魔法技術。
それは「神がいなくても魔法は使える」という何よりの証明だった。
「私は確信したわ。魔法に必要なのは信仰じゃない、理論だと。
帰国してから、私は必死に研究した。感覚で魔法を使う人々のプロセスを言語化し、誰でも使える『技術』にしてきた。
……でも」
先生の声が震える。
「数年前。世界各地に『聖女』が現れ、『神託』が下された」
教室の空気が張り詰める。
「『魔法は神の贈り物である。
神を信仰し、信仰なき者は悔い改めよ』
……その言葉で、全てが変わったわ」
過激化する信仰。
理論を唱える者は「奇跡を冒涜する異端者」として弾圧された。
「彼らは私に聞いたわ。『神を信じるか』と。
私は嘘がつけなかった。『いてもいいけど、魔法は科学よ』って答えた。
その日から、私は異端者になった」
家族からは絶縁され、研究室には何度も火を放たれたという。
「身の危険を感じた私は、一番大切なもの――書き溜めた研究データと、収集した『聖典』を抱えて、この国に亡命したの。
ここの校長先生が私を拾ってくれた時は、本当に救われたわ……」
そこまで話して、先生は顔を上げた。
その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「ずっと不安だった。私の理論は本当に正しいのか。神は本当にいないのか。
でも……この間、ヒロ君が証明してくれた」
先生が僕を見る。
「私の目に映っていた『ノイズ』は、神の光なんかじゃなかった。
小さな『微精霊』たちの意思だった。
……私は、間違っていなかったのよ」
先生の声には、長い長い孤独な戦いを終えた安堵が滲んでいた。
クラスの女子たちが、もらい泣きしている。
しんみりとした空気が流れる中、先生はふと真剣な顔つきになった。
「一応聞いておくけれど。
このクラスの中に……神からの『神託』を受けたことがある、なんて言う子はいないわよね?」
もし敬虔な信徒がいれば、先生の話は冒涜に聞こえたかもしれない。
でも、クラスのみんなは首を横に振った。
ただ一人、僕を除いて。
「……んー」
僕は腕組みをして考え込んだ。
「一之瀬?」
先生が怪訝な顔をする。
「神託じゃないんですけど……」
「けど?」
「神に襲われて、殺されかけたことならあります」
シーン……。
教室の時が止まった。
「「「はぁぁぁぁぁ!?」」」
全員の声がハモった。
「い、一之瀬君? 今なんて?」
「いや、七歳の頃の話なんですけどね。
あと、神について、精霊たちに聞いたけど、人間を見下している存在なんだって思った。
だから僕、神様にはあんまりいい印象ないんですよね」
僕があっけらかんと言うと、教室の静寂は――爆笑に変わった。
「ぶっ、あはははは!」
「さすが災害! スケールが違うわ!」
「神に襲われるって何したんだよお前!」
重苦しかった空気が、一瞬で吹き飛んだ。
エレノア先生も、呆気にとられた顔をしていたけれど、やがてプッと吹き出し、お腹を抱えて笑い出した。
「あはは! 最高ね!
私が悩んでいたのが馬鹿みたいだわ。
まさか私の生徒(主人公)が、神に喧嘩を売るレベルだったなんて!」
ひとしきり笑った後、先生は涙を拭って僕を見た。
「じゃあ、ヒロ君は?」
僕は即答した。
「もちろん、先生の味方ですよ。
神なんかより、先生のほうが大切です」
僕の言葉に、クラスのみんなも立ち上がった。
「俺も! 先生の授業分かりやすいし!」
「私も! 聖女だか何だか知らないけど、ウチの担任をいじめる奴は許さない!」
「追い返しましょう、先生!」
クラス中が拳を突き上げる。
その光景を見て、先生はまた少し泣きそうになり、でも最後には不敵な笑みを浮かべた。
「ありがとう。
……よろしい。ならば戦争よ」
先生は眼鏡をくいっと押し上げた。
いつもの、自信に満ちた魔女の顔だ。
「我々1年2組は、来たるべき聖女に対し、全力で『科学』と『自由』を見せつけてやるわ!
迎撃準備開始!」
「「「オーーーッ!!」」」
こうして、僕たちと「聖女」との戦いが幕を開けることになった。
まだ見ぬ聖女様。
悪いけど、ここは神様の庭じゃなくて、僕たちの学校なんだ。
好き勝手にはさせないよ。




