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第5話 回想Ⅰ 六歳の魔法(後編)

 お兄ちゃんの受験勉強は、だんだん本気になってきた。

 机のうえには、分厚くて文字がぎっしり書かれた魔法の本が積まれていて、

 お兄ちゃんは毎日、眉間にしわを寄せながら読んでいる。


 お父さんもお母さんも、内容はさっぱりわからないみたい。

 僕にも、もちろんわからない。


「魔法って、感覚でできるからさ。理論で説明されるとむずいんだよなぁ」


 そんなことをつぶやきながら、ページをめくっている。


 お兄ちゃんは火・水・風・土の四つの魔法を使える。

 誰かに習ったわけじゃなく、自分で“感覚”でできるようになったらしい。


 でも、魔法学校の試験では

 詠唱を使って魔法を発動できるか

 という課題があるみたいだ。


 お兄ちゃんは、その詠唱がどうにも自分の魔法と違うらしく、頭を悩ませていた。


「ヒロ、ちょっと手伝ってくれない?」


「うん! いいよ!」


 僕は嬉しくて走っていく。



「魔法ってさ、例えばこの火球なんかもそうなんだけど……」


 お兄ちゃんは手のひらに小さな火の玉を出した。


「詠唱で発動するより、“出したくて出した火”のほうが温度とか大きさとか……うーん、強い? 強い気がするんだよ」


「えいしょう?」


「うん。詠唱っていうのを使えば、適性がなくても魔法を発動できるんだって。

 前にロウソクに火をつけようとして、あまりうまくいかなかったろ?」


「うん、あったね。僕には火魔法は難しかったよ?」


「だからヒロで試したい。初級火魔法の詠唱、やってみないか?」


「うん! やってみたい!」


 お兄ちゃんはノートを見せてくれた。


---

「灯れ、温かな火よ。

 火の精霊よ、我が願いに応え、

 小さき炎をここに示せ。」


---


「これを言ったら、ほら。ちっさい火ができるんだよ」


「いつも出してるのとは違うの?」


「たぶんな。俺はこんなこと言わなくても、このくらいの火を出すのなんて朝飯前だよ」


「なるほど?」


「じゃあヒロ、やってみて」


「うん!」


 僕はろうそくを見つめて、詠唱を口にした。


「ともれ、あたたかなひよ。

 ひのせいれいよ、わがねがいにこたえ、

 ちいさきほのおを、ここにしめせ」


 その瞬間――。


 僕の指先に、赤っぽい光の子がくるくると回りながら寄ってきた。


 次の瞬間。


 ――ボッ!!


 ろうそくは一瞬で消し炭になった。


「……え?」


「……今の、ヒロだよな……」


 僕とお兄ちゃんはしばらく黙って、黒焦げのろうそくを見つめた。


「……燃えた跡はあるな」


「うん……」


「ってことは、成功だよな」


「たぶん?」


「でも火力が強すぎるな。

 詠唱しながら“弱い火”をイメージしてみよう! 魔法はイメージが大事だからな」


「うん!」


---


 僕たちは何度も挑戦した。


 2本目、黒焦げ。

 3本目、黒焦げ。

 4本目、黒焦げ。


 何度やっても火が強くなってしまう。

 相変わらず僕の指先では、赤い光の子がぴょんぴょん跳ねている。


「お願い……小さい火でいいんだよ」


 そして――。


 13本目のろうそく。


「ともれ、あたたかなひよ。

 ひのせいれいよ、わがねがいにこたえ、

 ちいさきほのおを、ここにしめせ」


 ぽっ。


 しばらく、誰も声を出さなかった。


 ろうそくの先で、小さな火が揺れていた。


「……ついた!」


「やったなヒロ!!」


 お兄ちゃんは僕を抱きしめて、ぐしゃぐしゃに頭を撫でた。



「ヒロ……お前の魔法、なんか変だよな。何か変わったことなかった?」


「えっとね、赤い光の子がぴょんぴょんしてたんだ」


「またそれか……」


 お兄ちゃんは少し呆れた顔をした。


 でもすぐに真剣な表情になる。


「いや……もしかして、その光の子ってやつが……

 魔力とか原理原則以外の“何か”なんだろうか……」


 お兄ちゃんは空を見上げた。


「俺には見えないけど……

 きっとヒロには、何かが寄り添ってくれてるんだろうな。そんな感じがする」


 僕のまわりの光の子たちは、嬉しそうに飛び回っていた。



 そして数週間後。


「受かった!!」


「ほんと!? おめでとーー!!」


「どれどれ、結果を見てもいいか? なになに……

 実技満点じゃないか! さすがカイトだ!!」


 お父さんもお母さんも、お兄ちゃんも、みんな嬉しそうに笑った。


「入学までの間は、いっぱい魔法の練習しような」


「うん!」


 僕は全力でうなずいた。


 お兄ちゃんがいなくなるのは寂しいけれど、

 今はまだ一緒にいられる。


 それだけで十分だった。

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