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第49話 日常の魔法、非日常の足音

 レールガンの実験から数日後。

 僕はエレノア先生の研究室を訪ねていた。


「先生、相談があるんですけど」


「なにかしら?」


 先生は魔導書ラノベから顔を上げた。


「最近、座学ばっかりで体がなまっちゃって。

 久しぶりにパーッと魔法を撃ちたいんです。訓練場の使用許可をください」


 家にいた頃は、毎日庭先でヒューイたちと魔法の撃ち合いをしていた。

 いわば日課のキャッチボールだ。あれをやらないと、どうも調子が出ない。


 先生は眼鏡を押し上げ、ニヤリと笑った。


「いいわよ。ただし条件があるわ」


「条件?」


「私の監督下で行うこと。そして、全データを取らせなさい」


 案外あっさり許可が下りた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 許可が下りたのは、一番広い第1屋内訓練場だった。

 ここなら多少暴れても大丈夫だ。


「みんな、出てきて!」


 僕はヒューイ、フレア、イカヅチの三体を同時に召喚した。

 久しぶりだし、みんな一緒に出しておこう。


『ウウゥーー!! 久しぶりだなヒロ! 遊ぼうぜ!』

『あら、ごきげんよう』

『うむ。腕が鳴るな』


 精霊たちも久しぶりの運動で嬉しそうだ。


「いくよ! まずはヒューイ!」


 そこからは、傍から見れば「災害」としか呼べない光景が繰り広げられた。

 飛び交うカマイタチ、炸裂する爆炎、奔る雷撃。

 それを僕が空間魔法で逸らしたり、防御したり、撃ち返したりする。


 端から見ているエレノア先生は、血走った目で猛烈な勢いでメモを取っている。

 怖い。


 ひとしきり暴れて汗をかいた後、休憩タイムに入った。


「そうだ、みんな見てよ」


 僕は呼吸を整えながら、右手を前に出した。


「僕の水魔法、進化したんだ」


『あ? お前の水魔法って、あの爆発するヤツだろ?』


 ヒューイが鼻で笑う。


「ふふん、見ててね」


 僕は空間を縮め、水球を作り、発生した熱エネルギーを足の裏から地球へ逃がす。

 

 スゥン……。


 手の中に現れたのは、プルンと震える、透き通った美しい水球だった。

 爆発の予兆は微塵もない。


「ほら! 爆発しない!」


『ちぇっ、つまんねーの。爆発したほうが派手でいいのに』


 ヒューイが不満そうに唇を尖らせる。

 君ねぇ……。


『あら』


 フレアが水球に顔を近づけた。


『すごく綺麗……。宝石みたいね』


 彼女はうっとりと見つめたかと思うと、スッと水をすくい、そのまま口に含んだ。


「あ、フレア?」


『ん……冷たくて美味しいわ』


 フレアは悪戯っぽく微笑んだ。


『ごめんなさい、あまりに綺麗だったから、つい味見したくなっちゃったの』



 すると、それまで黙って見ていたイカヅチが、水球をじっと観察して口を開いた。


『……ふむ。ヒロよ』


「なに? イカヅチ」


『さっきの打ち合いで思ったが、

 以前より、魔力のクオリティが上がっていた』


「え、そう?」


『うむ。練度というか……純度が高い。雑味が消えておる』


 イカヅチの言葉に、僕は自分の手を見つめた。

 確かに、最近魔法を使うのが楽になった気がする。


「ああ、そうか。

 水魔法を使うために、地球にエネルギーを『返す』ようになったからかな」


 今までは吸い上げる一方だった。

 でも今は、吸って、吐いて、循環させている。

 水魔法のおかげで、双方向のパスができたから、体の中の魔力回路が掃除されて綺麗になったのかもしれない。


『なるほどな。循環こそ自然のことわり。理にかなっておる』


 イカヅチが満足そうに頷いた。


 遠くで見ていたエレノア先生も、ボソッと呟く。


「(……人間が精霊魔法を模倣していると思っていたけれど、違うわね。この子、精霊と同じプロセスで世界に干渉している……?)」


 相変わらずブツブツ言ってるけど、まあいっか。

 やっと僕の日常が帰ってきた気がする。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そんなこんなで、季節は巡り――初夏。

 入学してから3ヶ月が経ち、僕たちは初めての中間テストを乗り越えた。


 放課後の教室。

 返却された答案用紙を見ながら、ユウスケが感心したように言った。


「すごいなヒロ。まさか赤点なしで切り抜けるとは」


「ギリギリだったけどね……」


 僕の成績は、学年全体で見れば「真ん中より少し下」。

 でも、このクラス内での順位は「下から3番目」だ。


「ユウスケは学年6位!? すごいね!」


「まあ、俺はもともと進学塾で先取りしてたからな」


 ユウスケはさらっと言ったけれど、すごいことだ。

 でも、それ以上に驚きなのは――。


「それにしても、うちのクラスの平均点、高すぎない?」


 そう。僕が学年平均を取れているのに、クラス順位が下から3番目なのだ。

 この1年2組だけ、異常に成績が良い。


「それは間違いなく、エレノア先生のおかげだよ」


 ユウスケが教壇の方を見た。


 エレノア先生の授業、特にホームルームでの補習は、魔法のように分かりやすいと評判だ。

 

「あの先生、理論から説明してくれるからわかりやすいんだよな。たまにこれを読みなさいってラノベ渡してくるけど」


「分かる。変わってるけど、教えるのは天才的だよね」


 変人だけど、教師としては超優秀。

 おかげでクラスのみんなはエレノア先生が大好きだ。


「もうすぐ夏休みかー」


 窓の外から入ってくる風が、少しだけ夏の匂いを運んでくる。

 このまま平和な一学期が終わるんだな、なんて思っていた。


 その時だった。


 ガラッ!


 教室の扉が勢いよく開き、エレノア先生が入ってきた。

 いつもクールな先生の顔色が、今日は死人のように真っ青だ。


「せ、先生? どうしたんですか?」


 クラス委員が声をかけると、先生は虚ろな目で教壇に立った。


「……みんな。元気でね」


「えっ」


「私、来週一週間、研究室に籠もります。

 絶対に、絶対に探さないでください。

 ここに私は『いない』ことになっていますから」


 先生は早口でまくし立てると、逃げるように教室を出ていこうとした。


 ガシッ。


 しかし、廊下に出た瞬間、待ち構えていた校長先生の太い腕に捕獲された。


「ヴァレンシュタイン先生。職務放棄は困りますな」


「い、嫌です! 放して! 私は会いたくないんです!」


「往生際が悪いですよ。ほら、戻った戻った」


 ズルズルと引きずられて戻ってくる担任教師。

 何この茶番。


「先生……一体何があったんですか?」


 僕たちが恐る恐る聞くと、先生は観念したようにガックリと項垂れた。


「……来るのよ」


「誰が?」


「私の祖国から……『聖女』が、視察に来るの」


 聖女。

 その響きには、いつもの先生の軽快さはなく、

 ただならぬ厄介ごとの気配が、ネットリと漂っていた。


 平和な日常の終わりを告げる足音が、すぐそこまで迫っていた。

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