第49話 日常の魔法、非日常の足音
レールガンの実験から数日後。
僕はエレノア先生の研究室を訪ねていた。
「先生、相談があるんですけど」
「なにかしら?」
先生は魔導書から顔を上げた。
「最近、座学ばっかりで体がなまっちゃって。
久しぶりにパーッと魔法を撃ちたいんです。訓練場の使用許可をください」
家にいた頃は、毎日庭先でヒューイたちと魔法の撃ち合いをしていた。
いわば日課のキャッチボールだ。あれをやらないと、どうも調子が出ない。
先生は眼鏡を押し上げ、ニヤリと笑った。
「いいわよ。ただし条件があるわ」
「条件?」
「私の監督下で行うこと。そして、全データを取らせなさい」
案外あっさり許可が下りた。
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許可が下りたのは、一番広い第1屋内訓練場だった。
ここなら多少暴れても大丈夫だ。
「みんな、出てきて!」
僕はヒューイ、フレア、イカヅチの三体を同時に召喚した。
久しぶりだし、みんな一緒に出しておこう。
『ウウゥーー!! 久しぶりだなヒロ! 遊ぼうぜ!』
『あら、ごきげんよう』
『うむ。腕が鳴るな』
精霊たちも久しぶりの運動で嬉しそうだ。
「いくよ! まずはヒューイ!」
そこからは、傍から見れば「災害」としか呼べない光景が繰り広げられた。
飛び交うカマイタチ、炸裂する爆炎、奔る雷撃。
それを僕が空間魔法で逸らしたり、防御したり、撃ち返したりする。
端から見ているエレノア先生は、血走った目で猛烈な勢いでメモを取っている。
怖い。
ひとしきり暴れて汗をかいた後、休憩タイムに入った。
「そうだ、みんな見てよ」
僕は呼吸を整えながら、右手を前に出した。
「僕の水魔法、進化したんだ」
『あ? お前の水魔法って、あの爆発するヤツだろ?』
ヒューイが鼻で笑う。
「ふふん、見ててね」
僕は空間を縮め、水球を作り、発生した熱エネルギーを足の裏から地球へ逃がす。
スゥン……。
手の中に現れたのは、プルンと震える、透き通った美しい水球だった。
爆発の予兆は微塵もない。
「ほら! 爆発しない!」
『ちぇっ、つまんねーの。爆発したほうが派手でいいのに』
ヒューイが不満そうに唇を尖らせる。
君ねぇ……。
『あら』
フレアが水球に顔を近づけた。
『すごく綺麗……。宝石みたいね』
彼女はうっとりと見つめたかと思うと、スッと水をすくい、そのまま口に含んだ。
「あ、フレア?」
『ん……冷たくて美味しいわ』
フレアは悪戯っぽく微笑んだ。
『ごめんなさい、あまりに綺麗だったから、つい味見したくなっちゃったの』
すると、それまで黙って見ていたイカヅチが、水球をじっと観察して口を開いた。
『……ふむ。ヒロよ』
「なに? イカヅチ」
『さっきの打ち合いで思ったが、
以前より、魔力の質が上がっていた』
「え、そう?」
『うむ。練度というか……純度が高い。雑味が消えておる』
イカヅチの言葉に、僕は自分の手を見つめた。
確かに、最近魔法を使うのが楽になった気がする。
「ああ、そうか。
水魔法を使うために、地球にエネルギーを『返す』ようになったからかな」
今までは吸い上げる一方だった。
でも今は、吸って、吐いて、循環させている。
水魔法のおかげで、双方向のパスができたから、体の中の魔力回路が掃除されて綺麗になったのかもしれない。
『なるほどな。循環こそ自然の理。理にかなっておる』
イカヅチが満足そうに頷いた。
遠くで見ていたエレノア先生も、ボソッと呟く。
「(……人間が精霊魔法を模倣していると思っていたけれど、違うわね。この子、精霊と同じプロセスで世界に干渉している……?)」
相変わらずブツブツ言ってるけど、まあいっか。
やっと僕の日常が帰ってきた気がする。
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そんなこんなで、季節は巡り――初夏。
入学してから3ヶ月が経ち、僕たちは初めての中間テストを乗り越えた。
放課後の教室。
返却された答案用紙を見ながら、ユウスケが感心したように言った。
「すごいなヒロ。まさか赤点なしで切り抜けるとは」
「ギリギリだったけどね……」
僕の成績は、学年全体で見れば「真ん中より少し下」。
でも、このクラス内での順位は「下から3番目」だ。
「ユウスケは学年6位!? すごいね!」
「まあ、俺はもともと進学塾で先取りしてたからな」
ユウスケはさらっと言ったけれど、すごいことだ。
でも、それ以上に驚きなのは――。
「それにしても、うちのクラスの平均点、高すぎない?」
そう。僕が学年平均を取れているのに、クラス順位が下から3番目なのだ。
この1年2組だけ、異常に成績が良い。
「それは間違いなく、エレノア先生のおかげだよ」
ユウスケが教壇の方を見た。
エレノア先生の授業、特にホームルームでの補習は、魔法のように分かりやすいと評判だ。
「あの先生、理論から説明してくれるからわかりやすいんだよな。たまにこれを読みなさいってラノベ渡してくるけど」
「分かる。変わってるけど、教えるのは天才的だよね」
変人だけど、教師としては超優秀。
おかげでクラスのみんなはエレノア先生が大好きだ。
「もうすぐ夏休みかー」
窓の外から入ってくる風が、少しだけ夏の匂いを運んでくる。
このまま平和な一学期が終わるんだな、なんて思っていた。
その時だった。
ガラッ!
教室の扉が勢いよく開き、エレノア先生が入ってきた。
いつもクールな先生の顔色が、今日は死人のように真っ青だ。
「せ、先生? どうしたんですか?」
クラス委員が声をかけると、先生は虚ろな目で教壇に立った。
「……みんな。元気でね」
「えっ」
「私、来週一週間、研究室に籠もります。
絶対に、絶対に探さないでください。
ここに私は『いない』ことになっていますから」
先生は早口でまくし立てると、逃げるように教室を出ていこうとした。
ガシッ。
しかし、廊下に出た瞬間、待ち構えていた校長先生の太い腕に捕獲された。
「ヴァレンシュタイン先生。職務放棄は困りますな」
「い、嫌です! 放して! 私は会いたくないんです!」
「往生際が悪いですよ。ほら、戻った戻った」
ズルズルと引きずられて戻ってくる担任教師。
何この茶番。
「先生……一体何があったんですか?」
僕たちが恐る恐る聞くと、先生は観念したようにガックリと項垂れた。
「……来るのよ」
「誰が?」
「私の祖国から……『聖女』が、視察に来るの」
聖女。
その響きには、いつもの先生の軽快さはなく、
ただならぬ厄介ごとの気配が、ネットリと漂っていた。
平和な日常の終わりを告げる足音が、すぐそこまで迫っていた。




