第48話 雷の牙、風の翼
放課後の、屋内演習場。
ここは魔法の試射や、危険な実験を行うために、壁が特殊な防魔コンクリートで強化されている場所だ。
そこに、少し変わったメンバーが集まっていた。
僕と、お兄ちゃん。
そして、なぜか付いてきたエレノア先生。
さらに、先客として二人の先生が待っていた。
「やあカイト君、待っていたよ!」
風魔法担当の霧島先生だ。いつもニコニコしていて人当たりが良さそうだけど、実は変な先生だ。
「うむ。装置の準備は万端だ」
土魔法担当の馬郡先生だ。職人気質の厳格な先生だ。
この二人は、今回のお兄ちゃんの「レールガン」開発における共同研究者らしい。
「お兄ちゃん、あの的……いくらなんでも分厚すぎない?」
僕はセットされている標的を見て言った。
厚さ2センチの鋼鉄製の板。それが10枚、等間隔に並べられている。
合計20センチの鉄の塊。
僕の雷撃では、あれは貫通できないと思う。表面が焦げて終わりじゃないかな。
「いや、あれでいいんだ。……よし、ヒロ。イカヅチを呼んでくれ」
「うん」
僕は前に出た。
詠唱はいらない。友達を呼ぶだけだ。
「イカヅチ、来て!」
**バリバリバリッ!!**
空間が裂け、紫電が走る。
現れたのは、青白い雷光を纏った、狼のような、獅子のような四足歩行の獣。
『うむ。久しぶりだな、
その様子、学校は楽しいみたいだな』
雷の精霊、イカヅチだ。
その威圧感ある獣の姿に、事情を知っているはずの霧島先生たちも「おおっ……」と息を呑む。
「……これが雷獣……」
霧島先生が目を輝かせ、そして期待のこもった目で僕を見た。
「あ、あのさ一之瀬君。……ついでと言ってはなんだけど、風の大精霊様も見たいなぁ……なんて」
「え、ヒューイですか?」
「以前、学校見学会で一度会っただろう?
ぜひとも、あの大精霊様にもう一度お目にかかりたいんだが……」
先生にそこまで言われたら断れない。
僕は溜息をつきつつ、ちょっと悪戯心を起こした。
「仕方ないなぁ。
……ほら、大精霊様ー。呼んでるよー」
僕が適当に手招きすると。
ヒュオッ!
つむじ風と共に、小太りの少年が現れた。
『……おいヒロ。その雑な呼び方やめろ』
風の精霊、ヒューイだ。
すごく嫌そうな顔をしている。
「あはは、ごめんごめん。霧島先生が会いたいって」
『ちっ、見世物じゃねーぞ……まあいいけどよ』
ヒューイはぶっきらぼうに言いながらも、霧島先生に手を振ってあげている。
その光景を後ろで見ていたエレノア先生が、顔面蒼白になっていた。
「(……2体、同時召喚……!?)」
彼女はブツブツと呟いている。
「(私の祖国では、王族の中に一人だけ召喚魔法を使える方がいたけれど……。あの時見た、ヘビのような使い魔……あれも精霊だったのかしら? 立場上、聞くことなんてできなかったけど……)」
先生の瞳が揺れている。
「(高位かどうかは分からない。でも、あの獣も少年も、明らかに『格』が違う……。それをこんな、友達感覚で……何さらっとやってんのよ、この子は……!)」
また先生の常識を壊してしまったみたいだ。
ごめんなさい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
精霊も揃ったところで、実験開始だ。
お兄ちゃんが、馬郡先生の用意した台座に向かう。
そこには、馬郡先生が事前に監修して、お兄ちゃんが制作したという、二本の太い金属レールが伸びる無骨な「銃身」が固定されていた。
お兄ちゃんは愛おしそうに銃身を撫でた。
「本当は冷却カバーをつける予定なんだが、今回はお前たちに『中身』を見てほしかったからな。あえてむき出しのままだ」
「危なくないの?」
「それに、レールの焼き付き具合を目視で確認したいしな」
そう言ってニヤリと笑うお兄ちゃんは、マッドサイエンティストの顔をしていた。
そして、お兄ちゃんはカバンからゴソゴソと何かを取り出し、僕たちに投げ渡した。
「みんな、これを着けてくれ。
……ああ、精霊たちは要らないよな」
お兄ちゃんの言葉に、イカヅチが鼻を鳴らす。
『フン。我らを人間の尺度で測るな。雷光ごときで目が眩むものか』
「だよな。じゃあ人間だけだ」
渡されたのは、レンズが真っ黒なゴーグルだった。
「溶接用の遮光ゴーグルだ。発射の瞬間、直視すると目が焼けるぞ」
「えっ……」
目が焼けるって、そんな物騒なものを屋内で撃つの?
言われるがままに装着する。
周りを見渡すと、お兄ちゃん、霧島先生、馬郡先生、そしてエレノア先生。
全員が真っ黒なゴーグルをかけて佇んでいる。
……異様な光景だ。
まるで怪しい秘密結社の集会みたいだ。
ゴーグルの奥でお兄ちゃんが楽しそうに笑っているのが、なんとなく分かった。
お兄ちゃんは手をかざし、土魔法を発動する。
「ーー装填。」
レールの間に、鋭利な金属塊が生成される。
タングステン合金の弾丸だ。
準備ができたと、お兄ちゃんはイカヅチに向かって言った。
「イカヅチ。俺の雷が通用するか、見ていてくれ」
『ほう。人間風情が、我に雷を見せるというか。面白い』
イカヅチは喉を鳴らし、興味深そうに身を乗り出した。
ヒューイや先生たちも固唾を呑んで見守る。
お兄ちゃんは銃身を構え、的を見据えた。
「仕組みはこうだ。
静止した弾丸をいきなり雷で加速させると、熱でレールが溶着してしまう。
だから、風魔法で弾き出し、動いている弾丸を雷魔法で亜音速から超音速へ無理やり叩き込む」
お兄ちゃんの魔力が膨れ上がる。
風と雷。相反する二つの魔力が、銃身の中で唸りを上げる。
「いくぞ」
お兄ちゃんのゴーグルが、妖しく光った気がした。
「――放てッ!」
ドンッ!!
まずは風の爆発音が響いた。
弾丸が押し出される。
直後。
バチチチチチチチッ!!!
ギャァァァァァン!!!!
二段階の加速音。
そして、空気が引き裂かれるような金属的な咆哮。
まばゆい紫電の閃光が、演習場を一直線に貫いた。
「……ッ!」
あまりの衝撃音に、僕たちは思わず耳を塞いだ。
ゴーグル越しでも目がチカチカするほどの光量だ。これ、裸眼だったら本当に危なかったかも。
一瞬の静寂。
砂埃1つ舞っていない。
視界はクリアだ。
「……あれ?」
僕は的を見た。
鋼鉄の板が、立っていた。
倒れてもいない。
吹き飛んでもいない。
「失敗?」
レールガンって聞いてたから、もっとこう、ドカーンと爆発して粉々になるのかと思っていた。
「いや」
お兄ちゃんが、フッと息を吐いてゴーグルを外した。
「成功だ。……見てみろ」
僕たちもゴーグルを外して、的の近くに駆け寄った。
そして、言葉を失った。
「……うわ」
1枚目の鉄板。
そのど真ん中に、直径数センチの**「穴」**が空いていた。
まるで熱したナイフでバターを刺したように、切断面がドロドロに赤熱し、溶けている。
それだけじゃない。
覗き込むと、2枚目、3枚目……10枚目。
全ての鉄板のまったく同じ位置に、綺麗な円形の穴が貫通していた。
さらに視線を先に向けると――。
演習場の最奥。
分厚い防魔コンクリートの壁に、直径1メートルほどの大穴が穿たれ、深く抉れていた。
「す、凄い……」
「計算通り、いや、それ以上の貫通力だ……」
霧島先生と馬郡先生が、興奮した様子で穴を調べている。
自分たちで作ったのに、実際に見て改めて驚いているようだ。
「爆発させずに、鉄を液状化させながら突き抜ける……。
これが、お兄ちゃんの……」
想像していた派手な破壊とは違う。
もっと恐ろしい、静かで致命的な暴力。
『……くくっ』
低い笑い声が聞こえた。
イカヅチだ。
『我の雷のように、拡散し、焼き尽くすものかと思っていたが……。
一点に収束させ、突き抜くとはな』
雷獣は、満足そうに目を細めた。
『勝手に伸びると思っていたが、そう来たか。
人間とは、面白き技を考える』
精霊に褒められて、お兄ちゃんは少し照れくさそうに、でも誇らしげに胸を張った。
「これが、俺の『レールガン』だ」
その横顔を見て、僕は思った。
やっぱりお兄ちゃんはすごい。
精霊の力を借りている僕と違って、お兄ちゃんは自分の頭脳で、魔法を新しい次元に進化させているんだ。
……まあ、後ろでエレノア先生が「物理法則と魔法の融合……この兄弟、揃いも揃って化け物ね……」って頭を抱えていることには、気づかないフリをしておこう。




