第47話 うどんと兄とレールガン
翌日の昼休み。
僕とユウスケは学食に来ていた。
広い食堂は生徒たちで賑わっているけれど、なんだか今日は視線が痛い。
「……おい、あれだろ? 一之瀬」
「昨日の教室の美女、誰なんだ?」
「隠し妻だって聞いたぞ」
「いや、政略結婚の相手らしい」
「キスしてたってマジ?」
ヒソヒソ話が聞こえてくる。
噂に尾ひれどころか、背ひれも胸ビレもついて、深海魚みたいに進化している。
「……はぁ」
僕は深いため息をついた。
昨日のフレアの「ご挨拶」のせいで、とんでもないことになっている。
「有名人は辛いねぇ、ヒロ」
隣でユウスケがニヤニヤしながら、からかってくる。
「他人事だと思って……。
それよりお腹すいた。今日は何にしよう」
食券機の前に立つ。
今日の体育はハードだったから、体が熱い。
サッパリしたものが食べたい気分だ。
でも。
無情にも『冷やしうどん』のボタンには【売切】のランプが灯っていた。
残っているのは『スタミナ熱々天ぷらうどん』のみ。
「……これしかないか」
僕はしぶしぶボタンを押した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
テーブルに運ばれてきたのは、湯気がもうもうと立つ、揚げたての天ぷらが乗ったうどんだった。
見るだけで汗が出そうだ。
「あっつそー……」
ユウスケは定食を食べている。
僕も早く食べたいけど、こんな暑い中、なかなか手が出ない。
「……そうだ」
僕は箸を割りながら閃いた。
「熱はエネルギーなんだ、冷ませばいいんだよ」
「冷ますって、フーフーするのか?」
「ううん。もっと効率的に」
僕はうどんの器に手をかざした。
イメージするのは、水魔法の特訓。
熱はエネルギーだ。
このうどんが持っている過剰な熱エネルギーを、魔力として認識して――吸い出す!
スゥン……。
一瞬で、器から湯気が消えた。
「はい、完成」
僕はうどんを一本すする。
うん、キンキンに冷えて麺が締まっている。コシが強い…。固いな…。
思ってたうどんとは随分ちがう…。
「……お前さぁ」
ユウスケが呆れた顔をしている。
「エレノア先生との努力の結晶を、うどんを冷ますのに使うなよ。便利かよ」
「え? 別にただのエネルギー変換だし、コツさえ掴めばユウスケだってできるよ」
「マジで? 今度教えてくれよ」
そんな平和な会話をしながら、ズルズルとうどんをすすっていると。
「ヒロ!!」
食堂の入り口から、切羽詰まった声が聞こえた。
お兄ちゃんだ。
息を切らして、僕の席まで一直線に歩いてくる。
「あ、お兄ちゃん。奇遇だね」
「奇遇じゃない! お前、とんでもない噂が流れてるぞ!
教室に女性を連れ込んで、キスしていただのなんだのって……!」
お兄ちゃんは僕の肩を掴んで揺さぶった。
周りの生徒たちが「うわ、高等部のカイト先輩だ」「ブラコンって本当だったんだ」と囁いているのが聞こえる。
「落ち着いてよ。相手はフレアだよ」
「……フレア?」
お兄ちゃんの手が止まった。
「ああ……あの火の精霊か」
あまり喋っているところは見なかったが、
春休みに実家で会ってるから、お兄ちゃんも面識がある。
「あの方か……。
まあ、確かにあの美貌だ。初めて見た生徒が騒ぐのも無理はないか……」
お兄ちゃんは納得したように頷き、隣の椅子にドカッと座った。
「変な女にたぶらかされたわけじゃないなら、いいんだ。
……で? キスしたっていうのは?」
「えっと……不意打ちで、ほっぺにチュッてされただけだよ」
「挨拶みたいな感じか……。
まあ、あの方ならやりかねないな」
お兄ちゃんは額の汗を拭った。
ここに来るまで走ってきたんだろうか。
ふと、僕の手元を見て目が止まる。
「ん? なんだそのうどん。湯気が出てないが…… 冷やし天ぷらうどんなんかここの食堂にあったか?」
「ああ、これ? 普通のうどんを魔法で冷やしたんだよ。
でも冷やしすぎたみたい、麺が硬いんだ」
「硬い?」
お兄ちゃんは訝しげに僕のうどんを覗き込み、
ーーズルズルッ。
あ、勝手に食べた。
「……ふむ。これは冷やし過ぎでも、茹で不足でもない。
この硬さが『こっち』のうどんだ」
「えっ」
「郷に入っては郷に従えだ、ヒロ」
お兄ちゃんはドヤ顔で言った。
こんなところで、関東の洗礼を受けることになるとは。
お兄ちゃんの手元には、僕と同じ『スタミナ熱々天ぷらうどん』があった。
兄弟揃って売り切れに負けたらしい。
「魔法でやったのか?
俺のも、頼めるか。俺も猫舌なんだ」
「はいよ」
気を取り直して、僕は再び手をかざし、お兄ちゃんのうどんから熱を奪って、地面に逃がした。
ーースゥン
「……ほう」
お兄ちゃんは冷えたうどんを一口食べ、目を丸くした。
「すごいな。表面だけでなく、芯まで均一に冷えている。
麺の弾力が完璧だ」
「でもちょっと硬いよ」
「そのうち慣れるさ、
これなら夏場の夜食に最高だな」
僕たちは並んで、冷やしうどんをズズズとすすった。
うどんのコシに違和感はあるものの、
味は美味しい。
一息ついたところで、お兄ちゃんが思い出したように言った。
「そうだヒロ。
今日、放課後は空いてるか?」
「うん、空いてるけど」
「実は、そろそろイカヅチに、俺の研究を見てもらいたいんだ」
「研究って……前言ってたレールガン?」
「ああ」
お兄ちゃんの目が、キリッと真剣なものに変わった。
さっきまでうどんをすすっていた人とは思えない。
「理論上の設計は完成した。
あとは、実際の雷の精霊の意見を聞いて、微調整を行いたい。
……協力してくれるか?」
お兄ちゃんの頼みだ。断る理由なんてない。
それに、久しぶりにイカヅチにも会いたいし。
「もちろん!
じゃあ放課後、また訓練場に集合ね」
「助かる。
……よし、今のうちにうどんを完食するぞ」
僕たちは顔を見合わせて笑い、残りのうどんを勢いよくすすり込んだ。




