第45話 静寂の水
翌日の放課後。
僕は再び、エレノア先生と訓練場の片隅にいた。
「いい、一之瀬君。理論は昨日話した通りよ」
先生は腕組みをして、僕を見据える。
「空間圧縮によって発生する膨大な熱エネルギー。
それを放出するのではなく、一度『魔力』として回収しなさい」
「はい。でも、回収した魔力をどうすれば?」
「貴方は普段、地球のエネルギーを吸い上げていると言ったわよね?」
「あ、はい」
「なら、話は早いわ。
逆に、地球に返してあげなさい」
先生は地面を指差した。
「借りたものを返す。ギブアンドテイクよ。
貴方の体を通して、余剰エネルギーを大地へ逃がすの」
「なるほど」
それならイメージしやすい。
いつも足の裏から吸い上げている流れを、逆流させるだけだ。
「やってみます」
僕はスゥッと息を吸い、目の前の空間を意識する。
空間をただ小さくするだけ
空気が凝縮される。
手のひらの上に、サッカーボール大の「水球」が生まれる。
それは、不気味なほど静かなだ。
けれど、中身は違うとのこと。
無理やり押し込められた空気が、逃げ場を失っているのか。
なんかそれを考えると、ちょっとかわいそうだな。
解放すれば、即座に弾け飛ぶ、破裂寸前の高エネルギーの塊。
(ここだ)
僕はその塊が持つ「熱」を、魔力として認識し直す。
そして、掴み取るようにして吸い上げ――足の裏から、地球に渡す感覚。
(いつもありがとうね…)
ドクン。
大地が脈打ったような気がした。
膨大なエネルギーが、抵抗なく地面の奥深くへと吸い込まれていく。
すると。
目の前の「不気味な塊」から、張り詰めた殺気が消えた。
あとに残ったのは――。
「……できた」
プルン、と。
空中で弾むような、柔らかな水の球。
さっきまでの、あの張り詰めた空気は嘘のようだ。
夕日を浴びてキラキラと輝くそれは、まるで宝石のように美しかった。
「完璧ね」
先生が満足そうに頷いた。
「さあ、明日の授業で、あの子達の度肝を抜いてやりなさい」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして数日後。
いよいよ水魔法の実技授業の日がやってきた。
担当は、眼鏡をかけた真面目そうな中年の先生だ。
「えー、では次は……一之瀬」
出席簿を見ながら先生が名前を呼ぶと、訓練場の空気が一瞬で凍りついた。
「……うわ、来たぞ」
「離れろ!」
クラスメイトたちが、露骨に距離を取る。
みんな、先日の火魔法の時はホッとしていたけれど、僕が本来「歩く災害」であることを忘れていない。
特に水魔法は制御が難しいことで有名だ。
先生は僕を見て、少し困ったように眉を下げた。
「一之瀬。……君は、いい」
「え?」
「君の魔法威力は把握している。ここで暴発されると他の生徒に危険が及ぶ。
今回は見学していなさい。他の者の魔法を見て学ぶのも勉強だ」
完全に戦力外通告だった。
まあ、入試であんな爆発を見せたらそうなるのも無理はない。
でも。
「先生、ちょっと待ってください」
僕は一歩前に出た。
「爆発させませんから。ちゃんと練習してきましたから!」
「いや、しかし……」
「お願いします。すぐ終わらせます!」
先生は渋い顔をしていたけれど、僕があまりに食い下がるので、しぶしぶ許可を出した。
「……分かった。ただし、爆破させてみろ、二度と私の前で魔法の使用を許可しない」
「はい!」
僕は指定された位置に立つ。
周囲からは「おいマジかよ」「机の下に隠れとけ」なんて声が聞こえる。
失礼だなあ。
僕は右手を前に出した。
最初はいつも通り、空間を小さく。
音もなく、空間が歪む。
僕の手のひらに、凝縮された水の塊が出現する。
それは、不気味な静けさを纏っていた。
一見すると透明な球体。
けれど、その周囲の空気は猛烈な熱でユラユラと歪み、陽炎が立っていた。
見ていた生徒の誰かが、「ヒッ……」と息を呑んだのが分かった。
本能的に「ヤバい」と感じる気配だ。
でも、ここからが本番だ。
(返すよ、地球)
僕は塊の中で、今にも爆発しそうな熱エネルギーを、一瞬で吸い上げ、地面へと逃がした。
足元の草が少しだけ熱風に吹かれたように揺れる。
スッ……。
徐々に、
張り詰めていた「不気味さ」が、霧散した。
あとに残ったのは――。
プルン。
ゼリーのように揺れる、直径20センチほどの真ん丸な水球。
あまりにも透明度が高すぎて、向こう側の景色が透けて見える。
太陽の光を反射して、七色に輝くその姿は、さっきまでの「爆弾」とは似ても似つかない。
ただただ、美しい「水」だった。
「…………え?」
誰かが、間の抜けた声を上げた。
爆発も、熱風も来ない。
ただ静かに、宝石のような水が浮いているだけ。
「……き、綺麗……」
女子生徒の一人が呟いた。
その言葉を合図にしたように、ざわめきが変わる。
「なんだあれ……すげぇ透き通ってるぞ」
「あいつの水魔法、あんなに綺麗だったか……?」
担当の先生も、眼鏡の位置を直しながらまじまじと見つめている。
「こ、これは……見事な制御だ……」
よし、成功だ。
僕は心の中でガッツポーズをした。
これでやっと、「普通」になれた。
水球をパシャリと弾けさせて消し、列に戻る。
すると、ユウスケが信じられないものを見るような目で迎えてくれた。
「ヒロ……あんな風に水魔法を使えるなら、なんで試験であんな爆破を披露したんだ…」
「最近できるようになったんだよ(笑)」
「僕、あんなに『綺麗な水』初めて見た……。まるで宝石みたいだった」
ユウスケの言葉に、僕は少しだけ胸を張った。
遠くの校舎の窓から、誰かが見ているような気がした。
きっと、あの魔女先生が「やってやったわね」とニヤニヤしているに違いない。
とりあえず、退学の危機は去った。
僕の学園生活は、まだなんとか続きそうだ。




