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第41話 歩く災害、新生活を始める

 国立魔法学校、中等部男子寮。

 今日から、ここが僕の城になる。


「へぇ、結構きれいだね」


「中等部は最近改装されたばかりだからな。

 俺たちの高等部寮より設備がいいぞ」


 トランクを引くお兄ちゃんが、少し悔しそうに言う。

 今日は引越しの手伝いで、特別に寮内に入る許可をもらっていた。


 僕に割り当てられたのは、105号室。

 二人部屋だ。

 どんな子が同室なんだろう。


「たのもー」


 僕がドアを開けると、そこにはすでに先客がいた。

 黒髪に銀縁メガネ。真面目そうで、少し線の細い少年だ。

 彼はベッドの上に分厚い魔導書を取り出していた、僕の顔を見た瞬間、表情を凍りつかせた。


「……うわ」


 第一声がそれだった。


「終わった。僕の中学生活、終わった……」


「え? なにが?」


 少年は天を仰ぎ、絶望的な声で呟いた。


「よりによって同室が『歩く災害』だなんて……」


「……は?」


 あるくさいがい?

 誰のこと?


「君だろ、一之瀬ヒロ。

 実技試験で会場にクレーターを作り、火竜を召喚して試験官をパニックに陥れたっていう……新入生の間じゃ、もっぱらの噂だよ」


 ガーン。

 ショックだった。

 そんな不名誉な二つ名が定着しているなんて。


「お兄ちゃん……知ってた?」

「ぶふっ……まあ、有名人だな」


 お兄ちゃんが肩を震わせて笑いをこらえている。

 ひどい。


「はぁ……。

 僕は静かに勉強したいだけなのに。

 爆発に巻き込まれたくないなぁ」


 彼は大きなため息をつくと、足元にある段ボール箱を持ち上げようとした。

 名前はユウスケというらしい。筆記試験トップクラスの秀才だそうだ。


「ぬぐぐ……」


 ユウスケの細い腕がプルプルと震える。

 どうやら、本を詰め込みすぎたらしい。

 持ち上がらない。


「手伝おうか?」


「い、いい! 君に頼んだら、箱ごと粉砕されそうだし!」


 どんなイメージを持たれているんだ。

 僕は苦笑して、自分のトランクを開けた。


「大丈夫だよ。爆発なんてさせないから。

 ……どっちに置けばいい?」


「え? あ、あっちの棚だけど……」


 僕は指先を、指揮者のように軽く振った。


 フワッ。


 ユウスケが持て余していた重い段ボールが、重力を失ったように浮き上がった。

 それだけじゃない。

 僕のトランクからも、服や教科書、洗面用具が次々と飛び出していく。


 シュパパパパッ!


 服は空中で綺麗に折り畳まれ、タンスの引き出しへ。

 本はサイズ順に整列して本棚へ。

 歯ブラシは洗面台のコップの中へ。


 まるで透明な小人が何人も働いているかのような、超高速の整理整頓。

 十秒後には、すべての荷物が所定の位置に収まっていたんじゃないかと思うほどの手際だった。


「……はい、終わり」


「…………は?」


 ユウスケが、ポカンと口を開けて固まっていた。


「な、なに今の。

 生活魔法……? にしては、精度がおかしくないか?

 それにいま詠唱してたか?

 …複数の物体を同時に、あんな複雑な動きで……」


「ああ、こいつ赤ん坊の頃からこれやってるから」

 お兄ちゃんが笑いながら補足する。

「ハイハイするより先に、おもちゃを浮かせてたからな。呼吸と同じだよ」


「呼吸と同じ……」


 ユウスケは呆れたように僕を見たが、すぐに眼鏡の位置を直した。


「……ありがとう。助かったよ。

 『歩く災害』なんて呼んで悪かったな。

 意外と、繊細なんだね」


「でしょ? 僕、平和主義だから」


「よし、平和主義者のヒロくん。

 腹減ったから飯行こうぜ」

 お兄ちゃんが僕の背中を叩いた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 昼食時、食堂は新入生とその保護者でごった返していた。

 メニューを見た僕は、思わず歓声を上げた。


「あ! これ!」


 見学会の時に食べた、あの絶品ピザだ!


「おばちゃん! これ三枚ください!」

「あいよ!」


「さ、三枚!?」

 ユウスケが目を丸くする。


 席につき、焼きたてのピザにかぶりつく。

 とろけるチーズとトマトソース。

 これだ、この味だ。


 僕は幸せを噛み締めながら、あっという間に三枚を平らげた。


「よく食うなぁ……。魔力消費が激しいのか?」


「かもね。ユウスケも食べる?」


「いや、僕は一枚で十分……」


 そんな他愛のない会話。

 どうやら、ルームメイトとはうまくやっていけそうだ。


 午後は三人で、広大なキャンパスを探検することにした。

 この学校は、まるで一つの街だ。

 闘技場のような訓練施設もあれば、ショッピングモールのようなエリアまである。


「すげぇ、魔法具の専門店だ」


 ユウスケがショーウィンドウにへばりついた。

 中には、様々な素材で作られた杖が並んでいる。


「かっこいい……。やっぱ魔法使いといえば杖だよな」


「そうなの?」

 僕は首を傾げた。


「……カイト先輩は、杖使わないんですか?」


 お兄ちゃんは「んー」と頭をかいた。


「俺は持ってないな。

 昔の文献だと、杖は『魔力の放出口』として使われてたらしいけど、現代魔法じゃただの『イメージ補助具』だからな」


 お兄ちゃんは人差し指を立て、指先に小さな電撃を走らせた。


「『ここから魔法が出る』って強くイメージできれば、棒切れなんて必要ない。

 むしろ俺たちにとっては、道具を介す方がタイムラグになって邪魔なんだよ」


「なるほど……。杖なしこそが一流の証、か」


 ユウスケが感心してメモを取っている。


 一通り買い物を終え、僕たちは広場のベンチで炭酸ジュースを飲んでいた。


「ふぅ、広すぎて足が痛いよ」

 ユウスケが足をさする。


「なら、上から見るか?」

 お兄ちゃんがニヤリと笑った。


「え?」


「ヒロ、ユウスケを浮かせてやれ」

「いいよ」


 僕はユウスケの手を掴んだ。

 そして、フワリと浮かび上がる。



「え、ちょっ、うわぁぁぁぁ!?」


 ユウスケの体がフワリと浮き上がる。

 僕とお兄ちゃんも風を纏い、一気に上昇した。


 地上十メートル、二十メートル……五十メートル。


「高い高い高い! 死ぬぅぅぅ!!」


「目を開けてみなよ、ユウスケ」


 僕に言われ、涙目のユウスケがおそるおそる下を見る。


「……うわぁ」


 息を呑む声。

 眼下には、緑豊かなキャンパスと、その向こうに広がる東京の摩天楼。

 ミニチュアのような街並みが、夕日に照らされて輝いている。


「人間って……飛べるんだ……」


 ユウスケが呆然と呟いた。

 その顔からは、恐怖は消えていた。


「魔法があれば、どこへだって行けるさ」

 お兄ちゃんが風の中で笑う。


 僕たちはしばらくの間、鳥になった気分で空の散歩を楽しんだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 その夜。

 大講堂での入寮パーティは、華やかだった。


 上級生たちが炎や水でショーを披露し、テーブルには豪華な料理が並ぶ。

 周りの新入生たちも、みんな目を輝かせている。


 誰もが、これからの学園生活に胸を膨らませていた。

 もちろん、僕も。


 ――まさか翌日の朝、

 あの「オタク教師」との衝撃的な再会が待っているとは知らずに。

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