第40話 番外編:教員会議と、魔女の隠し事
三月某日。 国立魔法学校、大会議室。
重苦しい沈黙が、部屋を支配していた。 円卓を囲むのは、この国でも指折りの魔法使いたちである本校の教師陣。 しかし、彼らの表情は一様に曇っていた。
テーブルの中央には、一人の新入生の資料が置かれている。 『一之瀬ヒロ』。
「……さて」
白髪の老紳士、校長がこめかみを揉みながら口を開いた。
「今年の新入生、一之瀬ヒロのクラス分けと担任についてだが……」
誰も目を合わせようとしない。 資料には、あまりにも極端な数値が並んでいた。
『実技試験:測定不能(会場破損のため)』
『特記事項:ドラゴン召喚、水魔法による地形変動』
これだけ見れば、即戦力級の怪物だ。
しかし、その下の項目が頭を抱えさせる。
『筆記試験:赤点ギリギリ』
「……どう扱えばいいのですか、この生徒は」 教務主任が悲鳴のような声を上げた。
「実技の破壊力は国家級。
しかし、筆記の点数は……ハッキリ言って、補習レベルです。
魔法理論の基礎についていけるかどうか…」
「彼を特別特待生として迎えることに異論はありません。
しかし、教育方針はどうしますか?
隔離して英才教育を施すべきでは?」
一人の教師の提案に、校長は首を横に振った。
「いや、彼はまだ12歳だ。
人格形成の重要な時期に、特別扱いをして隔離するのは好ましくない。
あくまで『普通の中学生』として、基礎から学ばせるべきだ」
つまり、他の生徒と同じ教室で、同じ授業を受けさせる。
クラスは「1年2組」。ごく一般的なクラスだ。
「問題は、担任です」
校長が室内を見渡した。
「普通に接しつつ、彼のデタラメな魔法を監視し、かつ壊滅的な座学のフォローもしなければならない。
……誰か、引き受ける者はいるかね?」
シーン……。 全員が視線を逸した。
普通の教師では、ドラゴンの主を叱れる自信がない。
かといって厳しくしすぎれば、校舎が吹き飛ぶかもしれない。
その時。 スッ、と一人の男が手を挙げた。
「私が担当しましょう」
眼鏡を掛けた、キザな優男。 風魔法担当の霧島教諭だ。 彼はキリッとした表情で、眼鏡を中指で押し上げた。
「彼には風の精霊がついています。風の理を教え、導くことができるのは、風使いである私をおいて他にいないでしょう」
キリッとした表情で、彼は言った。
その言葉には、教育者としての確固たる信念と、覚悟が滲んでいる。
彼なら任せられるかもしれない。
周囲の教師が安堵しかけた、その時。
「却下だ」 校長が即答した。
「なぜです!」
「君は中等部と高等部の風魔法実技を兼任しているだろう。さらに特進クラスの担任など持てば、過労で倒れるぞ。君を潰すわけにはいかん」
「し、しかし! 私は彼を……あの大精霊様の契約者を……!」
「ダメだ。君は優秀すぎるがゆえに、代わりがいないのだ。諦めなさい」
霧島はがっくりと肩を落とし、ハンカチで眼鏡を拭いながら席についた。
無念さが背中に漂っている。
再び、会議室に沈黙が戻った。
このままでは、くじ引きになりかねない空気の中。
――ガタッ。
部屋の末席で、椅子を引く音がした。
「……では、私が受け持ちましょう」
凛とした、冷ややかな声。
立ち上がったのは、数年前に研究員としてこの学校に赴任し、教員としての実績はない。
流れるような金髪。
宝石のような青い瞳。
陶器のように白い肌を持つ美女。
エレノア・ヴァレンシュタイン。
祖国での魔法研究に行き詰まり、
自由な研究環境を求めて亡命してきた天才だ。
「ヴァレンシュタイン君か……」
教頭が少し心配そうにする。
「君は優秀だが、まだ若手だ。
それに、日本の義務教育課程の指導経験はないだろう?
彼には、魔法だけでなく一般的な生活指導も必要なのだが」
「問題ありません」
エレノアは、涼しい顔で答えた。
「生活指導や基礎科目はマニュアル通りに行います。
ですが、彼の『魔法』に関するフォローは……
既存の教科書しか知らない先生方には不可能でしょう」
「なっ……」
ベテラン教師たちが色めき立つ。
だが、エレノアは怯まない。
彼女はヒロの資料を手に取り、
淡々と言い放った。
「私の『眼』には見えます。
彼の魔法は、既存の理論からは外れている。
……ですが、未だかつて見たことがないほど、独創的な論理で記述されています」
彼女の瞳が、青く輝く。
共感覚。
魔力を、視覚的な情報として捉える特異体質。
「あれを解析し、定義し、危険な部分を取り除いて導けるのは、
……あらゆる術式を分解してきた、この私だけです」
圧倒的な自信。
そして、わずかに滲む魔法への執着。
校長は、ふぅと息を吐き、重々しく頷いた。
「……よかろう。1年2組担任は、エレノア・ヴァレンシュタイン教諭に一任する。
彼を、頼んだぞ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
会議が終わり、放課後の校舎。
エレノアは、特別研究棟にある自室へと戻った。
重厚な扉を開け、中に入ると、すぐに鍵をかける。
防音対策はしっかりしてある。
外部からの干渉を完全に遮断する。
「……ふぅ」
さきほどまでの冷徹な「氷の才女」の仮面が剥がれ落ちる。
彼女は眼鏡を取り出し、少し緩んだ表情で部屋の奥へと進んだ。
そこは、図書館のようだった。
壁一面の本棚。
しかし、並んでいるのは難解な魔導書ではない。
カラフルな背表紙。
デフォルメされたキャラクターの絵。
『異世界転生』『魔法学園』『能力バトル』……。
それらは全て、魔法が現れる以前の旧時代に、極東の島国で創作された「物語」――漫画やライトノベルと呼ばれる書物だった。
「……ふふっ、やったわ! あの子の担任になれた!」
エレノアは、大事そうに一冊の本を手に取った。
タイトルは『無詠唱の極意〜魔術師の弟子〜』。
魔法が顕現した現代において、かつての創作物は廃れてしまった。
「魔法は実在する技術」になったからだ。
しかし、エレノアは知っていた。
魔法の本質は「イメージ」にある。
そして、かつて魔法が存在しなかった時代の人々が、脳内だけで組み上げた「最強の魔法理論(妄想)」こそが、現代における至高の魔導書になり得ることを。
「あの子の魔法構成……第3巻の主人公が覚醒した時の描写にそっくりだわ」
彼女はうっとりと本を撫でる。
彼女が日本のアニメや漫画にのめり込んだのは、当初は「イメージトレーニング」のためだった。
神の奇跡ではなく、論理的な魔法を求めていた彼女にとって、日本のオタク文化は宝の山だったのだ。
日本語を必死に覚えたのも、原書を読み、アニメを字幕なしで理解するため。
結果、彼女は誰よりも流暢な日本語(と、少し偏った知識)を手に入れた。
「一之瀬ヒロ……。あなたは私の研究対象であり、最高の『生きた教材』よ」
彼女は本棚からDVDボックスを取り出し、プレーヤーにセットした。
「さあ、予習の時間ね。
初めてのホームルームに向けて、完璧な『クールでミステリアスな女教師』を演じきってみせるわ」
モニターの光に照らされながら、
魔女エレノアは、恍惚とした表情で笑った。




