表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/61

第40話 番外編:教員会議と、魔女の隠し事

 三月某日。  国立魔法学校、大会議室。


 重苦しい沈黙が、部屋を支配していた。  円卓を囲むのは、この国でも指折りの魔法使いたちである本校の教師陣。  しかし、彼らの表情は一様に曇っていた。


 テーブルの中央には、一人の新入生の資料が置かれている。  『一之瀬ヒロ』。


「……さて」


 白髪の老紳士、校長がこめかみを揉みながら口を開いた。


「今年の新入生、一之瀬ヒロのクラス分けと担任についてだが……」


 誰も目を合わせようとしない。  資料には、あまりにも極端な数値が並んでいた。


 『実技試験:測定不能(会場破損のため)』  

 『特記事項:ドラゴン召喚、水魔法による地形変動』


 これだけ見れば、即戦力級の怪物だ。  

 しかし、その下の項目が頭を抱えさせる。


 『筆記試験:赤点ギリギリ』


「……どう扱えばいいのですか、この生徒は」  教務主任が悲鳴のような声を上げた。


「実技の破壊力は国家級。

 しかし、筆記の点数は……ハッキリ言って、補習レベルです。

 魔法理論の基礎についていけるかどうか…」


「彼を特別特待生として迎えることに異論はありません。

 しかし、教育方針はどうしますか? 

 隔離して英才教育を施すべきでは?」


 一人の教師の提案に、校長は首を横に振った。


「いや、彼はまだ12歳だ。

 人格形成の重要な時期に、特別扱いをして隔離するのは好ましくない。

 あくまで『普通の中学生』として、基礎から学ばせるべきだ」


 つまり、他の生徒と同じ教室で、同じ授業を受けさせる。  

 クラスは「1年2組」。ごく一般的なクラスだ。


「問題は、担任です」  

校長が室内を見渡した。


「普通に接しつつ、彼のデタラメな魔法を監視し、かつ壊滅的な座学のフォローもしなければならない。

……誰か、引き受ける者はいるかね?」


 シーン……。  全員が視線を逸した。

 普通の教師では、ドラゴンの主を叱れる自信がない。  

 かといって厳しくしすぎれば、校舎が吹き飛ぶかもしれない。


 その時。  スッ、と一人の男が手を挙げた。


「私が担当しましょう」


 眼鏡を掛けた、キザな優男。  風魔法担当の霧島教諭だ。  彼はキリッとした表情で、眼鏡を中指で押し上げた。


「彼には風の精霊がついています。風のことわりを教え、導くことができるのは、風使いである私をおいて他にいないでしょう」


 キリッとした表情で、彼は言った。  

 その言葉には、教育者としての確固たる信念と、覚悟が滲んでいる。  

 彼なら任せられるかもしれない。

 周囲の教師が安堵しかけた、その時。


「却下だ」  校長が即答した。


「なぜです!」


「君は中等部と高等部の風魔法実技を兼任しているだろう。さらに特進クラスの担任など持てば、過労で倒れるぞ。君を潰すわけにはいかん」


「し、しかし! 私は彼を……あの大精霊様の契約者を……!」


「ダメだ。君は優秀すぎるがゆえに、代わりがいないのだ。諦めなさい」


 霧島はがっくりと肩を落とし、ハンカチで眼鏡を拭いながら席についた。  

 無念さが背中に漂っている。


 再び、会議室に沈黙が戻った。  

 このままでは、くじ引きになりかねない空気の中。


 ――ガタッ。


 部屋の末席で、椅子を引く音がした。


「……では、私が受け持ちましょう」


 凛とした、冷ややかな声。  

 立ち上がったのは、数年前に研究員としてこの学校に赴任し、教員としての実績はない。


 流れるような金髪。  

 宝石のような青い瞳。  

 陶器のように白い肌を持つ美女。


 エレノア・ヴァレンシュタイン。  

 祖国での魔法研究に行き詰まり、

 自由な研究環境を求めて亡命してきた天才だ。


「ヴァレンシュタイン君か……」  

 教頭が少し心配そうにする。


「君は優秀だが、まだ若手だ。

 それに、日本の義務教育課程の指導経験はないだろう? 

彼には、魔法だけでなく一般的な生活指導も必要なのだが」


「問題ありません」


 エレノアは、涼しい顔で答えた。


「生活指導や基礎科目はマニュアル通りに行います。

ですが、彼の『魔法』に関するフォローは……

既存の教科書しか知らない先生方には不可能でしょう」


「なっ……」  

ベテラン教師たちが色めき立つ。


 だが、エレノアは怯まない。  

 彼女はヒロの資料を手に取り、

 淡々と言い放った。


「私の『眼』には見えます。

 彼の魔法は、既存の理論からは外れている。

 ……ですが、未だかつて見たことがないほど、独創的な論理コードで記述されています」


 彼女の瞳が、青く輝く。  

 共感覚。  

 魔力を、視覚的な情報として捉える特異体質。


「あれを解析し、定義し、危険な部分を取り除いて導けるのは、

 ……あらゆる術式を分解してきた、この私だけです」


 圧倒的な自信。  

 そして、わずかに滲む魔法への執着。


 校長は、ふぅと息を吐き、重々しく頷いた。


「……よかろう。1年2組担任は、エレノア・ヴァレンシュタイン教諭に一任する。

 彼を、頼んだぞ」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 会議が終わり、放課後の校舎。  

 エレノアは、特別研究棟にある自室へと戻った。


 重厚な扉を開け、中に入ると、すぐに鍵をかける。  

 防音対策はしっかりしてある。  

 外部からの干渉を完全に遮断する。


「……ふぅ」


 さきほどまでの冷徹な「氷の才女」の仮面が剥がれ落ちる。  

 彼女は眼鏡を取り出し、少し緩んだ表情で部屋の奥へと進んだ。


 そこは、図書館のようだった。  

 壁一面の本棚。  

 しかし、並んでいるのは難解な魔導書ではない。


 カラフルな背表紙。  

 デフォルメされたキャラクターの絵。  

 『異世界転生』『魔法学園』『能力バトル』……。


 それらは全て、魔法が現れる以前の旧時代に、極東の島国で創作された「物語フィクション」――漫画やライトノベルと呼ばれる書物だった。


「……ふふっ、やったわ! あの子の担任になれた!」


 エレノアは、大事そうに一冊の本を手に取った。  

 タイトルは『無詠唱の極意〜魔術師の弟子〜』。


 魔法が顕現した現代において、かつての創作物は廃れてしまった。  

 「魔法は実在する技術」になったからだ。

 しかし、エレノアは知っていた。  

 魔法の本質は「イメージ」にある。  

 

 そして、かつて魔法が存在しなかった時代の人々が、脳内だけで組み上げた「最強の魔法理論(妄想)」こそが、現代における至高の魔導書グリモワールになり得ることを。


「あの子の魔法構成……第3巻の主人公が覚醒した時の描写にそっくりだわ」


 彼女はうっとりと本を撫でる。


 彼女が日本のアニメや漫画にのめり込んだのは、当初は「イメージトレーニング」のためだった。  

 神の奇跡ではなく、論理的な魔法を求めていた彼女にとって、日本のオタク文化は宝の山だったのだ。


 日本語を必死に覚えたのも、原書を読み、アニメを字幕なしで理解するため。  

 結果、彼女は誰よりも流暢な日本語(と、少し偏った知識)を手に入れた。


「一之瀬ヒロ……。あなたは私の研究対象であり、最高の『生きた教材』よ」


 彼女は本棚からDVDボックスを取り出し、プレーヤーにセットした。


「さあ、予習の時間ね。

 初めてのホームルームに向けて、完璧な『クールでミステリアスな女教師』を演じきってみせるわ」


 モニターの光に照らされながら、  

 魔女エレノアは、恍惚とした表情で笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ